厳かな場だからこその失敗
「それでは、喪主様よりご挨拶をいただきます」
すると夫がスックと立ち上がり、スタンドマイクの前へ進んだ。
通夜の挨拶の原稿は、葬儀屋さんの用意したものがあった。
でも、少しはオリジナリティがほしい。
会葬御礼のあとすぐに、明日の葬儀の案内なんて、あまりに素気ない。
夫に相談され、生前の義父の様子を少し盛り込み、いい感じだね〜という内容に仕上がった。
短い挨拶なので、メモは要らないと思ったが、夫は念のため手に持っていた。
滑り出しは好調だった。
メモがなくても、何の問題もなくスラスラと進んでいった。
そして訪問看護や近所の人への感謝を述べるところにきた。
「温かく見守られて」のところ。
あれ?今「あたたたかく」って、「た」が1つ多くなかった?と思った次の瞬間、
「みまめもられ」
「みままめもれ」
「みみゃもられ」
3回トライしたにもかかわらず、すべてゴールをはずれてしまった。
その後に、いいことを言ったはずなのだが、私の耳にはもう何も聞こえなかった。
それどころか笑いをこらえたために、肩が小刻みに震え、必死で抑えようとするほど振り幅が大きくなって焦った。
隣の席の息子が、肘でグイ〜〜と押してくる。
耳打ちしたかったが、それはやめた。
いくら家族葬と言っても、叔父叔母に義父母の従弟妹など50人ほどの席だ。
喪主の、長男の嫁が笑ってるなんて、以ての外だ。
マスクがあって、本当によかった。
義父の介護は、精神的な面でキツいことが多かった。
手を握ると一瞬笑う義父に「お父さんが笑うと私も嬉しいよ」と言ったが、義父の言葉はいつも暗かった。
大事なところで笑っていたの、義父にバレちゃったかな。
でも私達夫婦は、いつもこうして笑って生きていくよ。
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