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愛しいななの匂い

パソコンの中に眠っている古いエッセイを、時々引っ張り出してみます。
10年以上も前に書いたものを読み返してみると、まだまだだなぁ、若いなぁと恥ずかしくなりますが、たまには陽に当てるのもいいかなと。
お読みいただけたら嬉しいです。



休日の朝、庭の芝生に水をまいていると、小さなトカゲが顔を出した。
突然のシャワーに驚いたのか、ガニ股で走って逃げていく。
「そんな慌てんでいいよ。もう誰も取って食わんから」と話しかけると、急に涙がこぼれそうになった。

暑い暑いと言っている間はよかったが、秋の気配にふと寂しい気持ちになる。
この夏の初め、可愛がっていた8歳のラブラドール犬「なな」が、病気で死んだ。
わが子同様のなながいなくなった寂しさは、まだ日々の生活のあちこちに忘れ物のように落ちている。

子どもにねだられ、子犬のななが家に来たのは8年前の春のことだ。
みるみるうちに大きくなり、半年経つ頃には25キロを超えた。

大型犬が自由に走り回れるよう、家庭菜園を芝生の庭にした。
予想以上の大工事になったが、可愛い犬のためならと、大枚をはたいたのだった。

わずか十数坪の庭が、家族と犬の格好の遊び場になった。
ななはボール遊びが大好きで、何回投げても拾って持ってきた。
そしてもっと夢中になったのが、トカゲを追いかけることだった。
野生動物のような勢いで走り、満足げにトカゲをくわえてくるのには驚かされたものだ。

身体が大きく、ペットというより相棒のようなヤツだった。
夏にはブルーシートで作った簡易プールで、冬には雪玉を投げて遊んだ。
天気のいい日は庭先で肩を並べて座ると、ずっと寄り添っていてくれた。

そんな相棒だが、ちょっと困ることがあった。
匂いだ。
まだうちに犬がいなかったころ、大型犬のいるお宅に行ったことがある。
玄関にいた犬の匂いに、あまり洗ってもらえないのかなと思っていた。

ところが実際飼ってみると、ななも相当だった。
洗って十日もする頃には、匂い始める。
うちのドアを開ける人はどう思っただろうか。

しかし愛の力は大きい。
どんなに匂っても、「ななちゃん、大好きだよ」と言いながら、首のあたりに顔をうずめて抱きしめた。

いなくなってから3か月が経つ。
あの愛しい匂いが懐かしい。

先日、近所の犬Jちゃんを連れた飼い主さんが通りかかった。
うちと同じ黒のラブラドールで、一緒にいるとよく姉妹かと尋ねられたものだ。
私に気を遣って、しばらく来ないでいてくれたのだろう。

久しぶりにうちの庭にやって来たJちゃんは、あちこち様子を窺っていたが、すぐに遊び始めた。
ガランとしていた庭に、犬が遊ぶ光景を見るのは嬉しかった。

「Jちゃん、おいで!」と呼ぶと、まっしぐらに走ってくる。
体当たりする力は、ななと同じだ。

私がギュッと抱きしめると、荒っぽく頬ずりを返してくれた。

今朝洗ったばかりだというJちゃんは、やわらかなシャンプーの匂いがした。


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