朝起きて鏡を見たら、眉と髭が「《羊》になってる!」 (エッセイ)
「(アフガニスタンとの)密輸はやめよう」
カシュガルの大通り上空に翻るスローガンについて、35年前のウイグルの旅の想い出を書きました。
同じその旅の中に、今も想う《悪夢》があります。
ラム肉を食べながら生ビールを飲む時は、「つまみ話」に語りますが、なかなか信じてもらえません。
ウイグルでは、どの町でも、四角いイスラムの帽子をかぶったオジサンが道端で炭火を熾し、羊肉の串焼きを売っていました。気の利いた《店》には瓶ビールも置いてある。
ツアー一行の中で気のあった何人かとでかけては、ホテルに帰る途中で立ち寄り、立ち食い&立ち飲みをしていました。
といっても、今の日本で考えるイメージとはかなり異なります。
まず、ウイグルではもちろん、当時の中国のほとんどで、ビールを冷やす、という習慣はありません。生ぬるいその味に、最初はウッと顔をしかめますが、酒飲みの常として、やがて慣れていく。
そして、羊肉は、若いラム肉などではなく、おそらくは老いさらばえて羊毛を生産する役目を終えた連中の肉、固いマトンでした。オジサンたちは、そのままでは美味しくないマトンの赤身コマ切れを、羊の脂肪と交互に串に刺して焙ります。この《作戦》は見事成功し、両者が一緒に口に入ると、《霜降り》とまではいきませんが、これがうまい!
たぶん、トルファンだったと思います。
調子に乗ってこの《霜降りもどき》を食べ続け、《ぬるいビール》を飲み続けました。
その翌朝のこと。
ホテルで目が覚めた私は、洗面所に立った。
そして、鏡を見て、驚きました。
「顔が白い!」
よくよく見ると、眉毛が白くなっている。口の周りも白い。顎も白い。
状況は把握できないものの、この《白い何か》を除去せねば、と固形石鹸で洗顔を試みました。
断っておきますが、当時のウイグルのホテルでは、洗面台でお湯は出ません。シャワーでも水しか出ないホテルがあったくらいです。
しかし、この石鹸がまったく役に立たない。なんだか顔の表面にバリアがあるようでした。
──そして、ようやく事態が呑み込めてきました。
昨夜の串焼きにひとつおきに挟まれた羊の脂肪が、寝ている間に腸から顔まで、はるばる運ばれてきて、毛穴から噴き出したのです。
噴き出した後、白く《固化》した脂肪は手ごわく、水と石鹸というコンビでは太刀打ちできないのです。
「顔が《羊》になってる!」
思わず叫びました。
仕方なく、ヒゲソリを使って、この「羊の脂」を、髭ごと《削り》落としました。刃の部分は、白い脂が詰まりました。
問題は《白い眉毛》です。
眉毛を剃り落とすわけにはいかないので、ゴワゴワしたトイレットペーパーで、可能なかぎり擦り落としました。
その後の人生でもラム肉は好物であり続けるけれど、あのような「人為的霜降り」を食べないせいか、ジジイになって代謝能力が低下しているせいなのか、《顔が羊になる悪夢》を、あれ以来、見ることはありません。
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