肩こり持ちの14歳が28歳で整体師になって開業するまでの話。#9
指が痛い。指が痛い。指が痛い。
朝目が覚めて知らない天井を見た後、親指の鈍痛に叩き起こされます。
なんて素敵な目覚まし。
でも実践で使える体が作られていくと思えば、耐えられました。
それよりも辛かったのは、喋れないことでした。
今回の研修の目的は、店舗で提供しているサービスのおよそ半分を、1人で行えるようになることです。が、それはつまり
『患者さんに問診をして、メニューの説明をしつつ手技を行い、更にそれを受けることでどんな利点があるか患者さんに理解してもらって満足度を高め、次回予約をとる』
までを、完璧に1人でできるようになるということでした。
ーーいや不可能じゃね?
例えるなら、オリンピックのハーフパイプ選手の技を見たスノボ初心者が「よーしやってみよう!」と雪山に行って板とブーツをレンタルするようなもの。
無理!!絶対無理!!!!
ハードル高すぎ!!!!
何を喋らないといけないのか、どんな説明をしたらいいのか、一応のマニュアルはあります。
でもそれはヘンゼルがグレーテルと手を繋ぎながらせっせと巻いたパンくずのようなもので、追おうとしたときには頭からすっぽ抜けているのです。
自分の脳の不器用さが身に染みました。
……これって、喋っていれば、いつかできるようになるのかしら。
とてもそうとは思えませんでした。
T先生とS先生、お2人とも時にはお休みを返上して指導にあたってくれましたが、何度やってもロープレで言葉が詰まります。
たまりかねて、S先生に尋ねてみたことがあります。
「どうやったら上手に喋れるようになるでしょうか?」
すると先生は
「患者さんを、家族のように思うこと。」
と答えてくれました。
「本当に“この人のために、できることをしてあげたい!”と思ったら、自然と言葉が出てくるのよ。」
いや、出てこねぇよ。
そんな純粋な心は多分、母親のおなかの中に置いてきちゃったよ先生。
口が裂けてもそんなことは口に出せないので、ただ何とも言えない表情で頷くことしかできませんでした。
一緒に聞いていたYちゃんをチラ見したら、同じように何とも言えない表情をしていたので、恐らく同じ気持ちだったのだと思います。
S先生の言葉を聞いた翌日。
とにかく手が勝手に動いてくれるようになれば、少しは喋ることに集中できるかもしれない。
そう思って、いつもより1時間以上前にお店に行ったら、そこには同じように早く来たYちゃんがいました。
「考えてること、おんなじやんなぁ。」
お互いの顔を見て笑って、痛い親指のことをネタにしながら倉庫へと向かうのでした。
「サービス」はできて当然!その先の「ホスピタリティ」が重要。
当時の研修資料に書いてあった言葉です。
「サービス」とは施術の手技のこと。
そして「ホスピタリティ」とはおそらく、S先生の言う『患者さんを、家族のように思うこと』なのでしょう。
今目の前にいる人に、真剣になること。
それが出来なければ、お店に立つ資格はない。
でも、これがいつになっても出来ませんでした。
上手くできなかったらどうしよう
言葉に詰まったら恥をかいてしまう
教わったことと違うことを喋ったら怒られる
誰に脅されたわけでもないのに、そんなことばかり頭に浮かんで、いざという時には頭が真っ白になってしまうのでした。
実際の患者さんと相対しているときは、そんなことないのに。
先生の前でのロープレになると、焦って言葉が出てこなくなって、苦し紛れに笑ってばかり。
そうだ、できない時こそ笑え。
楽しいから笑うんじゃない。
笑うから、楽しくなるんだ。
そう言い聞かせて、できなくても言葉が出てこなくても笑い続けました。
ここは、今までいた職場に比べたら、天国だ。
だってここには、前の職場みたいに、自分の失敗を部下のせいにして怒鳴り散らす上司もいなければ、私の行動を逐一粗捜しをするようなお局さんもいない。
失敗したことで人格まで否定されることもない。
わからないことはわかるまで教えてくれて、失敗したら、次に気を付けるべきポイントを気づかせてくれる。
おそらく、そこそこ名の知れた大企業に務めていたとしたら、これは当たり前のことなのかもしれません。でも、一度前の職場で染みついた境遇からしてみれば、奇跡のようなありがたい職場でした。
だからこそ、きちんとできるようにならなくては。
先生にも、高崎で待っている社長たちにも、申し訳がなさすぎる。
焦る気持ちと裏腹に、刻一刻と残り日数が少なくなっていきました。
そしてそれは、お店に立てるかどうかを決めるテストの日が、すぐそこまで来ていることを意味しているのでした。
次回に続きます。
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