巨女ノ国~#007~

【五人とも、小人の村にこのままずっといるつもりはないという気持ちでした。】

 そのように小人の村が窮屈だったのは、「寿命や命は自己責任の名のもとに、自分で管理するもの」という固定観念が蔓延していたことも原因の一つにありました。

 その考え方は、まるで熱病のように小人の村の人々の心の奥底に一気に沈殿し、気が付けば当たり前の常識になっていました。何をしても、しなくても、自己責任。病気になるのも、寿命で亡くなるのも自己責任。仕事をするのも、ホームレスになるのも自己責任。お金持ちになるのも、貧乏な暮らしをするのも自己責任。それが果たして小人たちの望んだ自由だったのかどうかは、もう誰にもわかりません。

 もはや誰のせいにもできない、自由さと不自由さ。それが、自己責任という考え方。

 それは、ある意味とても都合の良い考え方でしたが、五人はなんとなく違和感と疑問を感じていました。窮屈で狭い風土がある上に、この村は結局一人一人の村人をお互いに護り、大切にするという想いがまるでないように思えたのです。

 自分の命の最後を自分で決めることが自己責任であるのなら、この村を出ていくこともまた自分の意思で決定するべきだ、と五人は考えていたのでした。

一人目「みんなの意思はよく分かった。しかし、なんせ巨女ノ国には謎が多い。この映像だけ見るととても幸せそうな光景に見えるが、巨女ノ国へ向かって帰ってきたものが一人もいないという事実を、皆はどうとらえる?」

二人目「そりゃあ、あんなに居心地よさそうで優しさにあふれるユートピアだったら、誰もこんな小さくて狭い村に帰ってこようなんざ思わないだろうよ。巨女ノ国は、国土も広くっていくらでも無限に台地が広がってるそうじゃねえか。俺の肉体はそういう広い場所で解放されたいと願っているのさ。」

三人目「巨女ノ国には夢と希望があるよね。僕は、そういう気持ちで何かを創って生きていたい。今よりもっと自由で豊かな発想で創作活動ができたら、もうそこに一生住みたくなるのは当然だと思うよ。」

四人目「ボクは、巨女さんみたいな大きな女性にとことん甘えてみたい!大きくて優しさにあふれる巨女さんに甘えることができたら、ボクはずっとそこにいたいと思うなぁ。だって、小人の村はみんな男ばっかりじゃないか。甘えさせてもくれないし・・。誰だって、新しい居場所を見つけたらそこから離れたくなくなるものだょ。」

五人目「巨女ノ国で恐ろしい目に逢ったという話もあるけれど、どこまで本当か信憑性にかけるからな。もしかしたら、巨女ノ国という楽園に一人でも多く行かせないためのガセネタ、デマかもしれないぜ?現に、多くの小人はそういう見えない不安があるから、怖がってこの村を出ることができないんだろう?それってなんか滑稽だよな。不安なんていつも実態がなくて、単に自分の心が生み出すものなのに。」

 お金に目がない拝金主義の五人目が、珍しく「心」なんて言葉を持ち出したものだから、皆少し驚きました。

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