3分で読めるホラー小説【牛の首】
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ある日、私はその話を耳にした。
「牛の首」という名の怪談は、話の中で最も恐ろしく、聞いた者は呪われて死ぬと伝えられていた。多くの怪談好きや研究者がその話の詳細を求めたが、詳細はおろか、物語の断片すら誰も明かそうとはしなかった。それほどに恐ろしい話だと言うのだ。
だが、怪談研究者として名を上げたくて仕方なかった私は、その呪われた「牛の首」にどうしても触れたくなってしまったのだ。
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手掛かりはわずかだった。書物もネットも頼りにならない。だが、古くから伝わる噂話の中に、ある男がその話を知っているということを聞きつけた。男の名は「笠原」。彼は田舎の小さな集落でひっそりと暮らし、極度に人付き合いを避けているらしい。
私は好奇心と不安を抱えながら、笠原を訪ねることにした。
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笠原は、頑なに私の訪問を拒絶した。「やめておけ……聞くな...…」と彼はつぶやき、目を逸らす。
だが、どうしても引き下がれなかった私は、何度も彼を説得した。やがて彼は重い口を開いた。
「……覚悟はあるか?」
私は黙って頷いた。
「そうか。なら、話してやるう...…」
笠原は沈痛な面持ちで語り始めた。
「それは、ある貧しい村での話だ……。村人たちは飢饉に苦しみ、餓えに狂い始めていた。そんな時、ひとりの村人が突然、異様な発案をしたんだ。『牛の首』を奉納しようと…...」
私は笠原の言葉に息を呑んだ。
その「牛の首」とは一体何なのか?
「それは、生け贄の儀式だった。
しかし、ただの生け贄ではない。
牛ではなく、人間を『牛の首』と見立て、首を切り落として祀り上げるという、忌まわしい儀式だ...…。その犠牲になった者の怨念が、今も人の魂を蝕み、狂わせるという…...」
笠原は急に声を絞り、震え始めた。彼の顔は蒼白で、冷や汗が滲んでいる。
「それだけではない...…。その『牛の首』の話を耳にした者は、夜中に奇妙な囁き声を聞く。気付けば、家の周りに血で汚れた足跡が残り、寝ている間に首が重くなる感覚が...…」と笠原は続けた。
私がそれを聞いた瞬間、背筋が凍りついた。ふと、後ろに何かが立っているような気配を感じたのだ。振り返っても誰もいない。だが、確かにそこには「何か」がいた。
「もう、これ以上は話さない。お前も早く忘れろ」
そう言うと、笠原は部屋を去り、私をその場に取り残した。
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帰宅してから数日後、私は夜な夜な不思議な体験に悩まされるようになった。寝静まった頃、部屋の中にかすかな囁き声が聞こえるのだ。「牛の首を…...牛の首を……」と、低くかすれた声で繰り返される。声の主を探そうと部屋を見渡すが、誰もいない。
そして、ある晩、私は夢を見た。
夢の中で私は暗い洞窟にいた。
その洞窟の奥に、古びた祭壇があり、そこには血まみれの「牛の首」が祀られていた。首の形をしたそれは、しかし明らかに「人間のもの」だった。
目が覚めた時、私は額から汗をびっしりとかいていた。体は震え、心臓の鼓動が速まっているのが分かる。だが、奇妙なことに、なぜか私は再びその話を確かめたくなってしまった。
そして気付けば、笠原の家に向かっていたのだ。
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その夜、笠原の家に着くと、辺りは不気味に静まり返っていた。
家の扉は開け放たれていた。中に入ると、薄暗い室内に笠原が一人、椅子に腰掛けていた。彼の目は虚るで、何かを見つめるように焦点が合っていなかった。
「聞きたがっていたのは...…お前
か?」
笠原はそう言うと、私にゆっくりと顔を向けた。だが、そこには「人間」の目とは思えない、何か別のものが宿っていた。
「……牛の首を知りたいなら、お前が次の牛になるんだ」
そう呟いた瞬間、私は背後に冷たい気配を感じた。振り返ると、そこには牛の頭を持った巨大な影が佇んでいた。
その「牛」は、ゆっくりと私の方に歩み寄ってくる。口からは涎が垂れ、目は血走っている。そして一一気が遠くなり、意識が途切れる直前、「牛の首」の話を知りたいという自らの愚かな欲望を、初めて心底から後悔した。
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翌日、笠原の家には誰の姿もなかった。