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3分で読めるホラー小説【迷い込んだドライブイン】

 月の明かりが雲に覆われ、森に続く一本道は真っ暗闇に包まれていた。車を運転するタカシは、助手席でうたた寝する彼女のミカをちらりと見た。彼らは週末のドライブデートに出かけていたが、途中で道を間違えてしまったのだ。


「こんな田舎にドライブインなんてあるのか?」タカシは地図アプリを見てもよくわからず、仕方なく道沿いにあった古びた看板に従って進んでみることにした。


 しばらく走ると、ぼんやりとした灯りが見えてきた。そこには薄暗いドライブインがぽつんと建っていた。看板には「オアシス・レストラン」と書かれているが、年季が入りすぎて文字がかすれて読みにくい。建物もどこかくたびれていて、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


「ミカ、着いたよ」と、タカシが声をかけると彼女が目を覚ました。眠そうに周囲を見回し、首をかしげる。


「ここ、営業してるの?」



タカシが頷き、「少し腹ごしらえしてから帰ろう」と提案すると、二人は車を降りてドアのほうへ向かった。ドアを開けると、店内には奇妙な静けさが漂っていた。おかしなくらい古びた装飾と埃っぽい空気が、店の歴史の長さを物語っている。


 店内の奥から、店主らしき中年の男が無言で現れ、無表情で二人を見つめてきた。


「いらっしゃい」と、低くかすれた声が響く。笑顔もなく、彼の目はどこか空虚だ。タカシがぎこちなく挨拶を返し、席に着くと、店主が無言でメニューを置いていった。奇妙なことに、メニューには料理名がまるで書かれておらず、ただ値段だけが記されている。


「タカシ……帰ろうよ。なんか変だよ」と、ミカがささやくように言ったが、タカシは半笑いで気をほぐすように「まあまあ、ただの田舎の古い店だよ」と、あまり気にしていない様子だった。


 やがて、何も注文していないのに、突然料理が運ばれてきた。それは真っ黒なステーキのような肉塊だった。表面は焦げているが、奇妙なほど湿っぽく、生臭さが立ち上ってくる。


「なあ、やっぱりこれ食べなくていいんじゃない?」と、タカシが言うと、店主はじっと二人を見つめ、まるで何かを待っているかのように立ち続けた。その視線は異様に強く、まるで「食べろ」と命じているかのようだった。


 意を決したタカシが一口をかじると、異様な苦みが口に広がり、吐き気をこらえるのがやっとだった。彼は一瞬で悟った…これは「普通の肉」ではない。


「ミカ、出よう!」


 二人は急いで席を立とうとしたが、足が重くて動かない。まるで店の床が彼らの足を吸い込んでいるようだ。恐怖が全身を駆け巡り、二人は必死に逃げ出そうとするが、もがくほどに体が引き留められる。


 その時、ふと見ると、周囲の椅子やテーブルにかすかな人影が浮かび上がっていた。それはかつてここを訪れ、二度と戻れなかった人々の影だったのかもしれない。


 タカシとミカが最後に見たのは、店主の無表情な笑みだった。その笑みが彼らを飲み込み、暗闇が視界を包み込む中、二人の意識は闇に吸い込まれていった。


 彼らの車は、次の朝、森の中で見つかった。しかし、タカシとミカの姿は二度と見つからなかった。

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