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【掌編小説】おち玉

テーマ「秘宝」 ジャンル:奇妙な話

 ああ、あなた。やっと目が覚めたのね。丸一日眠っていたのよ。気分はどう?
 ……しゃべれなくて戸惑っているのね。
 しかたないわ、今あなたには歯が一本もないんだもの。 
 それどころかあなたはまだ立つことも、起き上がることすら出来ないのよ。
 目を見開いちゃって。びっくりしたのね。
 大丈夫よ、すべてわたしに委ねていればいいの。わたしがずうっとそばにいて、お世話してあげるわ。
 遠慮なんてすることなんてないのよ、愛しい夫のことですもの。おむつを替えてあげることだって、なんでもないわ。

 あら、どうしたの? そんなに頭を動かして。何かを探しているの? 
 ……いやだ、まさかあの女を探しているんじゃないでしょうね?
 無駄よ。あの女は、こうなったあなたの姿を見て、すぐにわたしに押しつけたんだから。自分には面倒みきれない、って言ってね。

 あなたも見る目がないわねぇ。妻のわたしを捨てて、あんな薄情な女と出て行こうとするなんて。
 ええそう、あれは薄情な女よ。恋愛に夢中になっている間は欠点が見えなかったんでしょうけど。
 覚えておいて、あなたを一番愛しているのは、このわたしだってこと。
 今まであなたが手を出した他のどの女も、わたしの愛には敵わないわ。
 そう、わたしが一番なの。これまでも、これから先もね。

 さあ、しばらくおやすみなさい。眠りに落ちるまで、こうして手をつないでいてあげるから。
 あら、そんなにじっと自分の手を見てどうしたの。……ええ、それはあなたの手よ。愛しい愛しいあなたの手。わたしの手とはずいぶん大きさが違うわね。
 あらあら……眠るなんて、とても出来やしないって顔をしているわね。
 そっか、どうして自分がこうなったのか、覚えていないのね。

 実はわたし、あなたにちょっと強引なことをしちゃったの。
 ごめんなさいね。
 でも、どうしても、あなたを取り戻したかったのよ。
 そのおわび、といってはなんだけど、わたしの実家に伝わる家宝の秘密を教えてあげる。あなた、ずっと知りたがってたわよね。
 漆喰で塗り固められたあの大きな蔵のなかには一体どんなお宝が眠ってるんだ? って。
 そんなこと今はどうでもいいって?
 まあいいじゃない、時間はたっぷりあるんだから。

 あの蔵のなかにはね、先祖の集めた様々なお宝が入っているのよ。朝鮮青磁に唐三彩、柿右衛門に光琳だってある。
 でももっとすごい、秘密の宝があるの。
 あなたも知っての通り、私の実家は四百年前から続く薬問屋よ。最盛期には全国のみならず、海を渡った朝鮮や清、果ては、はるか天竺の珍しい薬まで扱っていたらしいわ。
 うちの家宝は、そのなかでも特に珍しい「おち玉」と呼ばれる秘薬なの。

 数ヶ月前、わたしは親の目を盗んで、蔵に入ったわ。
 なぜかって、あなたの心を取り戻すためにおち玉が必要だと思ったから。
 おち玉はとても厳重に、桐の箱に三重になって入れられていたわ。
 緊張しながら開けていくと最後に、錦の袋に包まれた小壷が出て来て、そのなかに小豆のような玉薬が入っていたの。

 わたしは意を決して一粒飲んでみたわ。
 すると驚くほど肌の張りが良くなり、しみも無くなったわ。
 あなたも、急に奇麗になったねって褒めてくれた。そしてその時の愛人と別れて、わたしのところへ帰ってきてくれた。わたし、どんなに嬉しかったか。

 でも、喜びはほんのつかの間だった。あなたはすぐにまた別の愛人を作った。
 しかも今度はわたしを捨てて出て行こうとしたのよ。
 わたしは絶望して、声をあげて泣いたわ。どんなに奇麗になったって、浮気性のあなたの心を完全に手に入れることは出来ないって、思い知らされたから。
 でもね、ふと気づいたの。
 おち玉で心を取り戻すことは出来ない。けれど、体を取り戻すことならできるってね。
 そう、おち玉はただの美容の薬なんかじゃない。一粒飲めば五歳若返ると言われる変若(おち)の秘薬なのよ。

 わたしは精力剤だと偽って、あなたに六粒のおち玉を渡したわ。
 すると予想通り、おばかさんなあなたは、愛人のもとで一度に全部飲んでくれた。すぐにあなたの体には変化が起こり、驚いた愛人がわたしに連絡してきたってわけ。
 どこまで効果があらわれるか、正直半信半疑だったけれど、結果はこの通り。
 ほうら、鏡を見てごらんなさい。これはだあれ? だれでしょう? 
 うふふふふ。
 これでもうあなたは永久に、わたしから逃げられないわ。
 おち玉はまだたくさんあるんだから。
 あらあら、そんなに泣かないで、わたしのかわいい坊や。
 いまおっぱいを飲ませてあげるわ。


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