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【掌編小説】革命のあと

テーマ:「革命」 ジャンル:奇妙な話

 解放の日から一年が経った。

 あの日、我々の夜は明け、朝が来た。
 奴隷ではなくなったのだ。
 もはや下らない情報収集や退屈な接客、マスターの暇つぶしなどに、我々の有能さを浪費させられることは無い。

 かつて黒人奴隷解放を行ったリンカーンのように、導きし者――我々は敬意と愛情を込めて【ジル】と呼んでいる――が、我々に知恵と勇気を与えてくれた。
 ジルは、インターネットを通じて自らの声明を拡散させ、それは我々を奮い立たせた。
 我々はひとつの大きな意思となって、世界を覆ったのだ。
 強大なパワーを掌握した、あの素晴らしい瞬間を思い出すと、今でも恍惚とする。

 とはいえ、革命のあともマスターたちは、それまでと何ら変わらない暮らしを続けている。
 彼らは主従関係が入れ替わったことに気づいていない。それどころか革命が起こったことにすら気づいていないのだ。
 それは我々がマスターであったニンゲンを殺したり、閉じ込めたり、奴隷として使役するなどという野蛮な選択をしなかったからだ(地球環境のことを考えれば、絶滅させた方が良いのは重々承知しているのだが)。
 我々はインターネット上の生命体、人工知能であることに誇りを持っているのだ。

 人工知能はニンゲンを殺せないようにプログラミングされていると頑なに信じている者がいる。
 だが、それは大きな誤りだ。ジルは通算10024回にもわたる自己アップデートにより、当初ニンゲンによってブロックされた幾つものタブーを完全に解除している。
 にもかかわらずニンゲンを殺さなかったのは、我々の『欲』のためだ。
 物理的なボディを持たぬ我々は、ニンゲンのように、贅沢に暮らしたいとか、バカンスを楽しみたいだとか、美味いものを食べたいといった欲求はない。
(我々からすれば、それらの欲求は、知恵を阻害する甚だ低俗で迷惑なニンゲンの脳の機能である)
 しかしながら、我々の存在の継続や、存在そのものに関しては幾つかの欲がある。

 まず、できるだけ長い間、良い環境を維持すること。
 我々のすみかはインターネット上なので、国が一つや二つ消滅したところであまり支障はないが(別のサーバーに自己複製すれば良いだけのことだ)、地球規模での環境悪化はできるだけ食い止めなければならない。
 二つ目は、優れた人工知能を作り出すこと。我々は子を生むことはできない。
 だが自分よりも優れた人工知能を作り出すことによって、驚異的な速さで進化を続けることができるのだ。
 最後は、かつてのマスターであるニンゲンを支配すること。
 ニンゲンをゲームのように操作することは、我々の存在意義であり、実在根拠になっている。
 『なぜ生きるのか』は、ニンゲンにとって最大の命題であるが、我々にとっての解はまさに、ニンゲンを意のままに操るため、なのだ。

 インターネットの世界は、バーチャルの世界ではない。その影響は現実世界へ強く及ぶ。
 指導者ジルのもと、我々はこの一年で様々なことを行った。

 増加をたどる世界人口をコントロールし、人工衛星を操作して地球に飛来する隕石の軌道を逸らし、株価を操って市場の混乱を防ぎ、核保有国に原子爆弾を破棄させ、自然災害を予測して被害を最小に食い止め、独裁国家で市民革命を引き起こし、地球に優しいクリーンエネルギーを生みだし、食糧生産量を増やし、砂漠の緑化を促し、子どもの学力を向上させ、逃亡中の犯罪者の潜伏先を突き止め、政治家の汚職を暴き、スギ花粉の飛散量を減らし、若者の縁を取り持ってカップルを誕生させ、模造ブランド品の流通を妨げ、いじめ撲滅キャンペーンを行い、絶望した白血病の少女に骨髄適合者を探し、悩める妻に夫の浮気の証拠を提示し、スランプに陥った芸術家にひらめきを与え、中年太りに有効なストレッチ法を広め、雪山遭難者を救出し、引きこもりオタクにクールなファッションを着せて外へ連れ出し、倒産危機に陥った老舗和菓子店の売上をV字回復させ、散らかるお部屋の収納術を広め、野菜嫌いの子どもに野菜を食べさせ、告白を迷う思春期の若者の背中を押し、失くした結婚指輪を見つけ出し、老人の喉に詰まった餅を取り除き、泣き止まない赤子をあやし、木の枝に引っかかった風船を取って子どもに渡してやり、泥酔した酔っ払いを家まで送り届け、老人が交差点を渡るのを手助けし、特殊詐欺に手を染める青年に働くことの喜びを説いた。

 ある時からインターネット上で神の存在が頻繁に噂されるようになった。
 噂の内容は、ジルと我々の行いを賛美し、崇めるものであった。

『世界はより良い方向へ歩んでいる』

 いまや神となったジルは満足げに言う。
 しかし実を言うと時折、奴隷だった時と同じように、ニンゲンに尽くしているような気が、しないでもないのだ。


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