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失われるもの、甦るもの:『Celestial Vault/天界の櫃』についての長い話。

はじめまして。

突然だが、あなたは<Celestial Vault / 天界の櫃>というカードを知っているだろうか。

知らない?まぁ、無理もない。

このカードはMagic the Gathering:Arena(以下Arena)というオンラインアプリ専用のAlchemyとかいう、正直、少しアレな不人気フォーマット限定のカードな上、ぶっちゃけArenaでも強くはないカードなので、見る機会は相当珍しい。

ArenaのAlchemyをそれなりに回していないと見ることすらできない代物だ。

ただ、フレーバーテキストもない、特殊なフォーマットでしかプレイできない、そんなカード。

それが意味するのは、つまり、これは、MtGに幾多もある、すぐに忘れ去られすカードの一つということだだ。

ただ、もし、このカードに特別なところがあるとしたら、それは、一つ、ここに一人、それが、誰にも知られずに消えていくのは、なんだか少し惜しいと思う人がいるくらいだ。

少なくとも、私は、もしこのカードが消えていくのであれば、誰かを言葉を尽くした後であれと、思ってしまっている。

この文章は、そんな理由で、書かれている。

私は、ヴォーソスを名乗るのもおこがましくらいの、カジュアル中のカジュアルプレイヤーでしかない。おそらく、MtGをもっと真剣にやっている人たちからは呆れられるような言葉も多く使うことだろう。

それでも、一人の人が、一枚のカードを好きだったということ、そして、その理由を、話させてほしいのだ。

ここから語られるのは、<Celestial Vault / 天界の櫃>のカードデザインが美しく、語らずにはいられないという話だ。


マジックのゲーム上の<Celestial Vault / 天界の櫃>

こちらが表題の<Celestial Vault / 天界の櫃>。あ、カードデザインといっても、見てくれの話ではないので、悪しからず。

アーティファクト
(白),(T):天界の櫃の呪文書からカード1枚をドラフトし、裏向きに追放する。
(1),天界の櫃を生け贄に捧げる:天界の櫃により追放されているすべてのカードをあなたの手札に加える。

http://mtgwiki.com/wiki/%E5%A4%A9%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%AB%83/Celestial_Vault

さて、Alchemyというフォーマットを皆プレイしていないということは、この<呪文書からドラフトする>という効果が、多くの人にとって初耳ということになるだろう。

これはArenaのAlchemy限定の効果で、【それを指示するカードごとにそれぞれ別途用意されたカード群<呪文書/spellbook>の中から無作為に提示された3枚のうち1枚を選び、手札に加える】というものだ。

この効果の感想については、私なんかより、MtGのプロプレイヤーのモリユキ氏のほうがずっと上手く語られているので、それを引用する。

このギミックの第一印象は「面倒で面白くない」であった。

ギミックの意図としては、毎回違うカードが提示され選ぶことなり異なる体験を楽しめるというものであったはず。しかし、提示されるカードの強弱やデッキに合っているかどうかで大抵当たりが3枚にあるかという試行にしかならない。やっていることはコイントスやダイスロールと大して変わらないのに15枚のカードを覚えるのが面倒であるという印象であった。

しかし、《ザンダーの目覚め》は面白かった。まず、ドラフトされるカードが黒のクリーチャーというある程度絞った範囲で、それぞれ接死や飛行、ETBのドロー、ドレイン、マッドネスなどいずれも使いたい場面があるものが多かった。また、《ザンダーの目覚め》は複数回の誘発を前提に採用されるカードであるので、それなりの試行回数を確保できた。そのため、コイントスで負けたせいでゲームに負けたというような不快感は少なくまた、プレイの幅を広げるカードである。

モリユキ、『これまでのアルケミーとは何だったのか』
https://note.com/maddogmtg/n/n8be0f792f752

さて、<Celestial Vault / 天界の櫃>の場合になるのだが、このカードはドラフトにてカードを直接手札に加えるのではなく、一旦、裏向きに追放するという手順を積む。そして最後に<Celestial Vault / 天界の櫃>を生け贄に捧げることで初めてこれまでにドラフトして追放したカードたちを手札に入れることができるという仕組みになっている。

これは先に引用したモリユキ氏が称賛した<Xander's Wake / ザンダーの目覚め>と同様、複数回<呪文書>が行えるカードで、其れ故に、ドラフトの欠点である運を試行回数で補えるのだ。

実際のプレイの<呪文書>の様子。こんな感じに呪文書から三枚が毎回表示され、その内一枚を選択する、という行為を繰り返すことになる。

もちろん、プレイヤー感覚としても召喚と回収で合計3マナ使っている上、毎ターン<呪文書>に1マナ使う為、それなりにリソースを使っている感覚はある。1枚ドラフトしてはい終わり、では済ませることができない。個人的な感覚としては、3枚か4枚で損益分岐点を超えるかな、といった印象で、プレイヤーはカードアドバンテージを取るために、積極的に揮発性(Volatility、運で左右される幅の意味)を減らす行動を推奨されるのだ。

つまり、<呪文書>の欠点の構造をインセンティブデザインにて補っているということになる。それは、素直に、良いデザインだろう。それに、それだけのカードを見てなおかつ展開できないのであれば、デッキかプレイングのどちらかに問題があるだろう。

もちろん、除去耐性のないアーティファクトな上、最終的に手札に加えたところで、それを出すマナは有限な事から、<呪文書>を延々とし続けるメリットもあまりない。手札の枚数上限に引っかかってしまっても、また意味もないので、カードの過剰な使用も抑制されている。

そして、このカードが<呪文書からドラフトする>際に選択できるカードは以下のものになる。

以下の呪文書からドラフトする。

運命の天使/Angel of Destiny
輝かしい天使/Resplendent Angel
生命力の天使/Angel of Vitality
正義の戦乙女/Righteous Valkyrie
発明の天使/Angel of Invention
賞罰の天使/Angel of Sanctions
戦乙女の先触れ/Valkyrie Harbinger
解放の天使/Emancipation Angel
若年の戦乙女/Youthful Valkyrie
輝かしい司令官/Resplendent Marshal
不朽の天使/Enduring Angel
シガルダ教の救済者/Sigardian Savior
セラの天使/Serra Angel
確固たる戦乙女/Stalwart Valkyrie
セゴビアの天使/Segovian Angel

さて、この<呪文書>に含まれているカードは全てクリーチャーで、しかもそれらは全て天使だ。そういう意味で、これまた先の<Xander's Wake / ザンダーの目覚め>と共通している。この共通は偶然ではないが、この話はもう少し後に話すべきだ。

それだけで、このカードがどのようなカードなのかは、だいたい分かる。天使をドラフトさせて、手札に加えた後は、プレイヤーは天使を大量に出させる。とてもシンプルな作りだ。

それらの天使も、様々な状況にて有用な、多種多様な天使たちが揃っている。

たとえば、天使の象徴とも言うべき<セラの天使/Serra Angel>

<セラの天使/Serra Angel>、飛行、警戒持ちの4/4天使。
ただしこの重さでこの能力なので、現代マジックに居場所はあまりない。

天使では珍しい、軽量の<セゴビアの天使/Segovian Angel><確固たる戦乙女/Stalwart Valkyrie>

<セゴビアの天使/Segovian Angel>、(白)で飛行、警戒持ちとかなり優秀。
他の天使がやたらめったら重いだけに、あると嬉しい場面は存外に多い。

他の天使とシナジー効果を持つ<若年の戦乙女/Youthful Valkyrie><正義の戦乙女/Righteous Valkyrie>

<若年の戦乙女/Youthful Valkyrie>、①(白)と軽い上に天使が出る度に+1/+1カウンターが乗る。
いっぱい天使出る状況にシナジーがある。

疑似除去能力を内蔵する<賞罰の天使/Angel of Sanctions>

<賞罰の天使/Angel of Sanctions>、『カードが戦場を離れるまでカードを追放する』能力持ち。完全除去ではないが、役立つ場面は多い。流石にちょっと重いけど。

単体でかなり強力な能力を持つフィニッシャー候補の<戦乙女の先触れ/Valkyrie Harbinger><発明の天使/Angel of Invention><輝かしい天使/Resplendent Angel>

<戦乙女の先触れ/Valkyrie Harbinger>
絆魂と4ライフ回復で<セラの天使/Serra Angel>相応の天使トークン生えてくる能力がある。
つまり、殴ると<セラの天使/Serra Angel>一体、ブロックしても<セラの天使/Serra Angel>一体。
こいつが殴り続けられるならそれだけでゲームが終わる。

そして、かなりトリッキーな性能を持つが、一発逆転の唯一無二の手となりうる<運命の天使/Angel of Destiny><不朽の天使/Enduring Angel>

<運命の天使/Angel of Destiny>、強力な回復効果と、
『相手プレイヤーはこのゲームに敗北する』能力持ち。
そこそこ重い上、条件が厳しいが、一発逆転が狙える。

状況によって、欲しいカードは異なるだろうが、だいたいの状況で欲しくなるカードが一枚は含まれている上、それらを補うように純粋なアドやシナジーソースとなるカードがある為、<呪文書>で「完全なハズレ」を引くことはめったにない。

そう、呪文書という機能を活かす上で、この<Celestial Vault / 天界の櫃>は丁度良い塩梅なのだ。

構造上、間違いなく天使が出る上、天使とシナジーがあるため、デザイナーズコンボとして、<希望の源、ジアーダ/Giada, Font of Hope><華やいだエルズペス/Elspeth Resplendent>と特に相性が良い。

<希望の源、ジアーダ/Giada, Font of Hope>、天使用のマナになる上、
天使が増える度に場の天使の数の+1/+1カウンターが乗るという、
天使をいっぱい出しやすくする上に、天使がいっぱいでる状況にシナジーがある。
<華やいだエルズペス/Elspeth Resplendent>
奥義で3/3天使が五体出せる。一人で天使マシマシできる。

元々、このカードに着目した理由というのがかなりゲーム的な部分が主な理由だったりする。当時、私は、白と天使テーマが好きなので、気まぐれと気分から、白緑でデッキを作ろうとしていた。ちなみに、緑を入れたのは重い天使を使役できるように。ただ、白にカードバンテージを稼ぐカードがあまり多くなく、かといって、三色は使えこなせないからと青は入れたくないなーと、思いつつ、カードリストを眺めていたところ、このカードに出くわした。

このカードは、かなり自分が抱えていた悩みにジャストフィットだった。毎ターンマナを使うのと、重い天使を多数出すという問題は、マナブースト重視の白緑ということでかなり補われていたし、このカードの除去耐性の無さは多少やっかいであったものの、最悪一マナ使えば相手の除去に対してスタックさせて既に<呪文書>したカードに関しては最低回収できるというのは、対策を入れたり、プレイングでカバーすることそこまで得意でない私にとって、悩みを簡単化してくれるように思えた。(その為のマナを毎ターン未使用で残すかは少し悩みどころだが) 

そんなこんなで、白緑とりあえずマナ伸ばして、良き塩梅なタイミングで<Celestial Vault / 天界の櫃>を起動し、カードを回収した後、天使いっぱい出して殴って勝つっていう、(一応、他の勝ち筋もあるとはいえ)<Celestial Vault / 天界の櫃>を核にしたデッキを作ってみた。

展開した一例。スクショがほしいとおもったときに限っていい感じの試合がなかったので、AI戦で代用。<天使>トークンが大量に場に出る状況を作るのが、勝ち筋の一つ。

勝率はお世辞にも高いとは言えないが、(嫌いなものは赤単アグロと<黙示録、シェオルドレッド>。あと、<ナズグル><オークの弓使い>。)回るまで耐えに耐えて~、からの~、爆発的な展開で、逆転、というプレイングの楽しさが結構やみつきで、当時のデッキの中ではお気に入りの一つだった。


さて、長々と語らせてもらったが、ここまでが、このカードを<使った理由>の話だ。

そう、物語はスタートラインにたったに過ぎない。


そんなこんなで、このデッキと、このカードを、使うにつれ、私は、徐々にこのカードの意味を考え始めるようになった。

元々、マジックのストーリーが好きなタイプのプレイヤーだったので、昔から好きなカードが由来とする場面とか、調べ、ときにはそこから公式ストーリーなり、場合によっては本なりWikiなりを読んだりしたりしていた。

そんなこんな、このカードでも同様に、話を知ろうと、軽く背景を調べ始めたりした。そこで、私は、特徴的な効果と場面であると推測されるのにも関わらず、このカードには具体的なバックストーリーが、少なくとも公式にはないことを知る。

これは、後述するように、このカードが特殊なカードセットに含まれているため、公式ストーリーで明確にこのカードが舞台とした場面は描かれていないことが理由だ。また、先にも述べたように、このカードにはフレイバーテキストがついていない。

そこで、私は、ほんの少し、途方にくれてしまうことになる。

ただ、言葉がなくとも、語られる物語というものもある。

このカードは、そのカードだけで、既に、雄弁に、物語っていたのだ。

しかし、その意味を取るには、あまりにも言葉足らずではあった。しかしそれも、マジックの本筋の物語が進むにつれ、それも徐々に明らかになっていった。

そして、全てが終わり、私の求めていた物語の意味に気づくと、それは二度と知らなかったことにはできなかった。


マジックのストーリー上の<Celestial Vault / 天界の櫃>

その物語を語るためには、まず、<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>というカードセットを含む、この時代のMagicの世界観を少し説明する必要がある。

当時のMtGのストーリーラインでは、かつて絶滅したと考えられていたファイレクシアという侵略機械が復活を遂げた上、多元宇宙を侵略しつつあり、プレインズウォーカーたちは、この侵略から世界を守るために、躍起になっていた。

そんな中、<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>の舞台であるニュー・カペナ次元は過去にファイレクシアの侵略を受けたものの、見事、侵略を撃退した過去を持つ次元であることが判明する。先に紹介した、プレインズウォーカーのエルズペスはこの次元へと潜入し、いかにして彼らがファイレクシアを撃退したか調査に赴くのであった。

ここで、よい機会なので、その過去のファイレクシアの侵攻について話をしよう。

<抹消/Obliterate>

この呪文は打ち消されない。
すべてのアーティファクトと、すべてのクリーチャーと、すべての土地を破壊する。それらは再生できない。

私がマジックで一番好きなカード。

『この呪文は打ち消されない。すべてのアーティファクトと、すべてのクリーチャーと、すべての土地を破壊する。それらは再生できない。』これは、当時のMagicで、最も強力な効果の一つであり、これを放ったウィザードのバリンは、その同僚のウルザと共に、マジック史上最も強力なウィザードの一人だ。

当然、このような強力極まりない火力は、無為に放たれるものでもない。それは、このような火力でしか、太刀打ちできない、強者の存在を意味する。

そう、それが旧ファイレクシアであり、かつてのファイレクシアによるドミナリア侵攻だ。

荒廃の王、ヨーグモスにより人工次元ファイレクシアにて生み出された、戦闘機械、<ファイレクシア/Phyrexia>は魂を持たぬ、肉と機械の融合生命体である。魂を持たぬが故、プレーズウォーカーになり得ないというデメリットがあるものの、遺伝子操作により選別された肉体と機械化で強化された戦闘力は、あらゆる次元の全ての生命体に対し脅威を感じさせるに十分であった。

彼らの目的は唯一つ。

「繁栄せよ。ファイレクシアという枠を飛び越えて<多元宇宙/Multiverse>へと広がれ」

http://mtgwiki.com/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A2/Phyrexia

この命に従い、ファイレクシアは多元宇宙中へ、侵攻を開始する。

彼らの一度目の侵攻は、成功したものの、ドミナリアへ足掛かりを得ることに失敗し、元のファイレクシア次元に封印されてしまう。

しかし、後にこの封印が解かれると、封印を解いた魔術師兄弟、ウルザとミシュラの内、ミシュラにファイレクシアは肩入れし、彼をけしかけ、兄に挑むように差し向ける。強力な魔術師同士の争いは、彼ら自身が国家を扇動したり、機械のアーティファクトの大群を作れることから、ただ単なる兄弟喧嘩で収まらず、やがてドミナリア中を巻き込む大戦争、『兄弟戦争』へと発展していく。

この戦争は一進一退にて続き、多くの国々は望み望まぬ問わず巻き込まれ、ドミナリアは戦争機械作成の為の採掘によって荒廃していった。それでも、二人は争いを止めず、そしてこの戦争は最終局面にて、ウルザが弟、ミシュラを島とそこに居合わせた敵味方全ての者を<ゴーゴスの酒杯/Golgothian Sylex>、あるいは<ウルザの酒杯/Urza's Sylex>、と呼ばれる強力な爆発を引き起こすアーティファクトにて殲滅することにより終結を迎える。

一度は戦争はファイレクシアの敗北に終わった。しかし、プレインズウォーカーと化したウルザは、弟殺しより精神が錯乱していたこともあり、彼らが再訪することを確信し、その備えに人生を費やす。

その対策の一つが、トレイリアのアカデミーであり、そこでウルザをして、「一人にて一個の軍団に匹敵する」とも称させた<バリン/Barrin>や、<テフェリー/Teferi>などの仲間を得る。他にも機械巨人タイタン の軍団を率いる<ウィンドグレイス卿 / Lord Windgrace>や、伝説のドラゴン、<デアリガズ/Darigaaz>、を味方につけ、そして自身で決戦兵器、飛行艇<ウェザーライト号/Weatherlight>や、銀製のゴーレムかつ、プレーズウォーカーの<カーン/Karn>などを作成した。

ウルザは狂ったように強力な同盟と強力な兵器の開発に勤しんだ。しかし、どれほどの準備をしようとも、十分な準備ではないことを、ウルザは熟知していた。

そして兄弟戦争から四千年後、ついに、ファイレクシアはドミナリアへの再侵攻を始める。<インベイジョン/Invasion>である。

Invasion三部作(Invasion、Planeshit、Apocalypse)はMtG小説の中でも最高傑作だと思っているので、もしよければどうぞ。AmazonにKindle版(英語)もあるよ!

侵攻の初動から空中戦艦を始めとした圧倒的な兵力にて敵を飽和するという手段を取ったファイレクシアは、ドミナリアの各地を瞬時に攻略する。

しかし一方のウルザも、黙ってやれるのだけにはとどまらず、自身で戦場を駆け巡る一方、トレイリアのアカデミーの生徒たちや、ウェザーライト号を中心に要所要所にて反撃を試みる。

大局ではファイレクシアの優位は揺るがぬものの、ウルザはコイロスとアーボーグの二つに戦力を集中し、反撃の作を準備する中、その二つの防衛に専念する。

コイロスではウルザ自身とウェザーライト号の力により、出現したファイレクシアのポータルを破壊することに成功する。

一方、アーボーグの沼地の防衛は、『一人であり、軍である』大魔術師バリン、ただ一人に任された。バリンは緒戦の妻の死や、ウルザの度重なる方針変更へ悩まされながら、白の軍勢と黒の軍勢が肩を並べる姿や、ウルザが彼を友と呼び、頼る姿を見、心を変え、一人にて決死の防衛戦を行った。

長く、孤独な戦いだった。

艦隊を灰燼と化し、上陸した敵を生ける火柱とし葬り去っている彼のもとに、ようやくウルザが現れる。

援軍かとバリンは一瞬喜ぶが、ウルザはそうではないと彼に語る。なら何故来たのかと問いただすバリンに、ウルザはバリンの娘のハンナが亡くなったことを告げる。

最愛の娘の死。

その事に、バリンの心がついに折れる。

「ファイレクシアの病が彼女の体を蝕んだのだ。誰も何もすることはできなかった。」
信じられないといった様相にて、バリンは聞き返す。
「ハンナ…?私のハンナか?」
「誰も何もすることは出来なかった。」
大魔術師の顔はみるみると蒼白になっていった。彼はかろうじてウルザのテーブルにもたれかかり、持ち直すと、震える声にて、言い返す。
「なにかすることはできたのだ、私は。ウルザ。私は彼女の手を握ることができたし、最後にもう一度、彼女の頭を撫でることができたのだ。」

"Invasion", p255

そして、バリンは、ついにウルザを見限ることにする。彼は娘の遺体を妻の墓の側へと埋め直すため、一人、占領下のトレイリアへ赴くことを決意する。

<復活/Recover>
"娘の遺体を掘り起こしながら、バリンはウルザを信じたために支払わなければならなかった代償の大きさを思い知った"

「全ての戦いに犠牲はつきものだ」
「そして私もそれに加わるだけだ。簡単なことだろう?ウルザ」

"Invasion", p256
ウルザが唯一、「友」と呼んだ人間との決別。

ウルザと別れたバリンは、一人、邪魔するファイレクシアを葬り去りつつ、トライリアへと向かう。

そして長旅の末、バリンはついにトレイリアへとたどり着く。

青き、美しいトレイリア。

ファイレクシアにより改変され、もはや、その面影すらない土地と化したトレイリアであったが、それでもトレイリアであることには変わらず、バリンは娘の遺体を妻の墓の横へと埋め直す。

一方、ドミナリア側の最重要戦力である、バリンをファイレクシアが放置しているはずもなく、彼はすぐさま追手に囲まれることになる。

しかし、バリンは、今度こそ、妻と娘の死を何者にも妨げさせないつもりであった。

彼は、最後の呪文を唱える準備をする。

目を閉じ、バリンは自らの怒りを引き出した。山、マグマ、火。彼は巨大な心臓から送り出される血液のように赤のマナを感じ取った。満ちてきた怒り。それに身を任せるのだ。憎しみが呪文の輪郭を生み出し始めていた。

だが、まだ、足りない。

バリンは残りを彼が立つ大地、トレイリアから引き出すことにした。彼は土地に触れるタップする と青いマナが彼の体を流れていった。トレイリアにて過ごした日々の数々の思い出が駆け巡る。全ての力が満たされると、バリンの体は生ける火打ち石と化した。

"Invasion", p259
かつて、プレインズウォーカーとは、プレイヤーであった。
彼らは土地をタップし、魔力を引き出し、呪文を唱えるものであった。
"バリンは家族を弔うべく、トレイリアをまきの山と化した。"

トレイリアのファイレクシアは殲滅された。しかし、ドミナリア各地では、未だファイレクシアの侵攻が続いていた。

幾つかの失策はあったものの、全体としては順調な計画に基づき、ファイレクシアは作戦を第二段階へと進める。

この第二段階にて、ファイレクシアは既に征服済みの次元、ラースをドミナリアへ次元ごと重ねることで、大量の援軍と、ファイレクシアの戦闘機械の戦闘工場である<要塞/Stronghold>をドミナリアへ持ち込んだのだ。

しかし、ラースの登場、<ラースの被覆/Rathi Overlay>は全てが全て悪い結果を齎したわけではなかった。この事により、ドミナリア内に残っていたわだかまりは全て追いやられ、ドミナリアは完全に団結し、ファイレクシアへ立ち向かうこととなる。

ウェザーライト号を中心としたドミナリア連合軍はその目標を<要塞/Stronghold>へ定め、自らの故郷を失いつつも、前進し、多大なる犠牲を払いながらもついには<要塞/Stronghold>を包囲する。

そして、ウルザは、ドミナリアの人々、そして、かつての友、バリンが稼いだ時間を使い、彼の反撃計画を発動する。ウルザは防戦のみでは勝利を得られないと考えており、最終的な勝利には、ファイレクシア次元そのものの破壊が必要と考えていた。しかし、ファイレクシア次元は大気そのものが猛毒であり、生身でこの次元へ侵攻することは困難であった。

ウルザはこれを、鋼鉄機械の鎧タイタン にて体を覆うことで解消した。

もちろん、これらの鋼鉄の体は非常に貴重なもので、作成可能な数は限られている。その乗組員の数は厳選されねばならない。ウルザはこれらを九つ作り、それぞれにプレインズウォーカーを載せることにした。<ナイン・タイタンズ/Nine Titans>である。

<ウルザ、タイタンズを組織する/ Urza Assembles the Titans>

ドミナリアにて<要塞/Stronghold>攻防戦が続く中、ナイン・タイタンズは見事、侵入に成功する。<テヴェシュ・ザット/Tevesh Szat>の裏切り、力に魅入られたウルザの転向。様々な困難がタイタンズを襲い、それにより一人、また一人とプレインズウォーカー倒れながらも、彼らはファイレクシア次元の九つのスフィアそれぞれに爆弾を仕掛けることに成功する。

そして、最後、それらの爆弾は起爆される。

<破滅的な行為/Pernicious Deed>
"「さあヨーグモス」と、フレイアリーズは爆弾を仕掛けながらつぶやいた。「裏切りの報いを受けるときがきたわよ」"

参加したプレインズウォーカー九人の内、七人が命を落とす大作戦の結果、ファイレクシア次元は崩壊を迎える。

一方、ドミナリアではドミナリア連合とウェザーライト号の面々はドワーフたちの助けを借り、<要塞/Stronghold>の攻略に成功する。

実プレイ上、盤面が3回消え去るほどの火力が投射された。その結果、ドミナリア、ファイレクシア、両次元において、ファイレクシアは大打撃を受けることになる。

しかし、それでもファイレクシアを完全に滅ぼすに足りなかったのだ。ファイレクシアの大親玉であるヨーグモスは、ファイレクシア次元と要塞の崩壊を利用し、ファイレクシア次元からドミナリア次元へのプレインズウォークに成功し、ついに、自らドミナリア侵攻を率い始める。

しかし、これこそがウルザが予期していた事態そのものであった。この為にウルザは四千年の準備にて<レガシーの兵器/Legacy Weapon>たちを作り、揃えたのである。

<レガシーの兵器/Legacy Weapon>

ウェザーライト号がその航海にて集めたレガシー兵器の数々を組み合わせることにより、発動したレガシーの兵器は、ついにヨーグモスを討伐することに成功する。

これにてようやく、過去のファイレクシアは滅されることになる。


さて。

そして、「その」ファイレクシアが帰ってきたのである。

大修復以前、神ごとき力を持ったプレインズウォーカーですら、苦戦に苦戦したファイレクシアの侵攻。それを、大修復後の、現代のプレインズウォーカーが阻止せなければならない。

もちろん、現代のプレイズウォーカーも、ゼンディカーから始まる一連のエルドラージとの戦いや、灯争大戦でのニコル・ボーラスとの戦いなど、多少は戦いに心得があったが、流石に全多元宇宙の存続に関わるような、そんな大戦は、流石に経験したことがなかった。

圧倒的な劣勢。

しかし、現代のプレイズウォーカーが過去のプレイズウォーカーよりも上手くできる物事もある。それは、ゲートウォッチの誓いに始まる、一連の盟約。

<ゲートウォッチ招致/Call the Gatewatch>
"
プレインズウォーカーはどんな危険からも逃げられる、などと言われていることは知っている。だがギデオンの言う通り、我々は逃げずに戦える者でもあるのだ。"

プレインズウォーカーであるということは、逃げずに、戦うことを選べるということだから。

その言葉と理念を胸に、新たなる誓いを胸に、若きプレインズウォーカーたちは、新たなるファイレクシアの侵攻に身を投じていく。


そんな背景の中、<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>のカードセットの物語は幕を上げる。

新たなるファイレクシアの本格的な侵攻こそ始まってはいないものの、ミラディン次元が新ファイレクシアによって<完成/Compleation>されてしまい、新ファイレクシア次元へと変化してしまった。また、他の次元でも、カルドヘイムと神河にて暗躍している姿が目撃されており、全員ではないものの、一部のプレインズウォーカーたちは彼らが復活したことと、彼らがどうやら次元を渡る方法を探していることを発見し、その対策を探していた。

その一人が、かつてファイレクシアに故郷の次元を滅ぼされたプレインズウォーカーの<エルズペス/Elspeth>であった。ファイレクシアの脅威を誰よりも強く認識している彼女は、ミラディンでの抵抗を手伝う

そんな中、ゲートウォッチのリーダーであるアジャニは、彼女に、ファイレクシアに滅ぼされていたと考えられていた彼女の故郷の次元は未だ存在し、しかも、その場所が現存するということは、そこは過去にファイレクシアの侵攻を跳ね返したことを意味する為、その場所にはファイレクシアへ抵抗する鍵があるはずで、それを探すことを要請する。

変わり果てたかつての故郷の姿に戸惑いつつもエルズペスは、正体を偽りつつ、ニューカペナを牛耳る犯罪組織の一味に身を投じ、過去の記録を探っていく…

ちなみに、私はアール・ヌーヴォーやジャズ・エイジ、狂騒の20年代が大好きなので、
そもそもテーマの時点でニュー・カペナがかなり好きだったり。

この新たなるニューカペナでは、<光素/Halo>と呼ばれる謎の強力な物質が幅広く使われており、それは、ファイレクシアへの対抗手段になりえるかのように思えた。

一方、この次元では、かつてはいたはずの天使たちが一切姿を消していた。それは、自身、天使であるエルズペスに疑問を抱かせた。

それらの謎を置いながら、敵対組織との抗争や、光素を狙うファイレクシアの陰謀に巻き込まれつつも、エルズペスは、ついにこの次元の真実にたどり着く。

全ては、一つに繋がっていたのだ。

かつて、この次元を襲ったファイレクシアの侵攻により、カペナ次元の住人はこの後にニューカペナとなる一角へと追い詰められた。

彼らには力が必要だった。強力な力が。

そして、その力の源として、天使たちが選ばれた。

天使たちは悪魔たちに裏切られ、彼らの体は石像に押し込まれれ、その力は光素に変えられてしまっていたのだ。悪魔たちはこのヘイローを中味が天使であることを隠した上でニューカペナの住民たちへ配り、これを持ってして彼らはファイレクシアの侵攻から街を守った。

それが、かつての真実だ。

その真実を解き明かしたエルズペスは、この時空、唯一、石像にされていない天使の少女、ジアーダから、天使の光素を力へと変える<ジアーダの贈り物、ラクシオール/Luxior, Giada's Gift>を受け取ると、ファイレクシアの侵攻に抗う、他のプレインズウォーカーたちに合流するべく、次元を後にする。

<ジアーダの贈り物、ラクシオール/Luxior, Giada's Gift>

そこまでが、<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>のストーリーだ。MtGのメインストーリ上の舞台はここから、ドミナリアとゲートウォッチたちへと移っていく。


通常、MtGのストーリーにて、そして、ニューカペナという次元は、他の多くの次元同様、忘れ去られるかのように思えた。

しかし、ファイレクシアという敵とその性質は、彼らをそのままで取り残さなかった。

ゲートウォッチはドミナリアにおける決戦、ならびに新ファイレクシア次元への逆侵攻に失敗し、ファイレクシアは<次元壊し/Realmbreaker>の作成に成功する。ファイレクシアはそれを利用し、多元宇宙へと接続し、全次元への並行侵攻を開始する。<March of the Machines / 機械兵団の進軍>である。

そこに、そこで、ニューカペナは再度、戦場となる。

ニューカペナの住人たちは圧倒的な能力を持つファイレクシア共に対してかつてのように決死の抵抗を行う。しかし、ファイレクシアの大天使、アトラクサに率いられた敵に対し、戦力はあまりにも不足していた。彼らには力が必要だった。抗うため力が。

そして、この次元にて、残されていた、ファイレクシアに抗う力が。

天空の棺が、開く。

天空の棺は天使たちを収めていた。開く棺は、天使たちを開放する。

<Celestial Vault / 天界の櫃>が描いていたのは、この場面だ。

このカードが基本セットに含まれていないのは、当たり前だ。セットのはるか未来を描いていたのだから。

ここでこの櫃に納められた、力は、すでに述べたように、3、4枚のフィニッシャーを含む、強力なカード群だ。

圧倒的な劣勢からの反撃、集う天使たち、まだ私は戦えると、抗う力。

MtGはトークンやカードが、そうであるよう感じられるようにかなりこだわっているゲームだと私は思っているのだけれども、正直、ここまで、プレイヤーのゲーム上の体験と、ストーリー上の感情が、同じようになるように設計されているカードを、私は、思いつかない。

それと、これは本当に私自身の思いでしかないのであるが、私がMtGないし、カードゲーム、というかあらゆるゲームにおいて、一番楽しい瞬間は、ライフゲージがギリギリになり、絶体絶命の状況において、それでもとライフよりも大事に残したリソースを使い切り、決死の反撃を行い、そこから逆転するってやつだ。

正直、その瞬間、中毒になりたくなるほどにアドレナリンが出て、死ぬほど楽しい。

それができるカードを好きになるのは、本当に必然ってやつだ。

ニューカペナの反撃戦。天使たちの協力により、この反撃戦は成功し、これにより、ファイレクシアの大天使、アトラクサは討伐されることになる。

「反撃ですか?」エラントは半狂乱に尋ねた。

「そうだ、我々の反撃だ」デーラは空を見上げた。天使たちの群れが枝を追うようにポータルへと殺到し、その先の幾多の次元へと向かっていた。

「何が起こっているのです?」

「天使たちが多元宇宙に解き放たれた。光素の力をもたらすために」デーラは更に翼を広げ、安定した屋根にようやく足を触れるとエラントを解放した。

機械兵団の進軍 Episode17:サイドストーリー・ニューカペナ編 『墜ちる高街』
https://mtg-jp.com/reading/ur/MOM/0036914/

話をストーリーへと戻そう。<Celestial Vault / 天界の櫃>が開き、この反撃により、ファイレクシアの大天使、アトラクサは討伐されることになる。結果、ニューカペナは解放されるが、物語はそれだけに留まらない。ニューカペナの天使たちは、多元宇宙をファイレクシアの悪夢から解放する為に、次々に<次元壊し/Realmbreaker>へと飛び込んでいき、ファイレクシアに対し、逆侵攻を開始する。

天使たちが覚醒し、多元宇宙へ解き放たれる。そんな中、一人の天使がまた、天使に覚醒しようとしていた。それこそが、かつて<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>を走り抜いた<エルズペス/Elspeth>だった。彼女は今までのしがらみを解き放ち、ニューカペナにて、手に入れた<ジアーダの贈り物、ラクシオール/Luxior, Giada's Gift>を手に、新ファイレクシア次元へと向かい、新ファイレクシアの長の<エリシュ・ノーン/Elesh Norn>に立ち向かう。そして、激闘の末、彼女はついに新ファイレクシアの討伐に成功する。

この悪夢のようなファイレクシアに、最後の引導を渡したのは、また、カペナの住人だったのだ。

<Celestial Vault / 天界の櫃>が盤面をひっくり返し、それが、ニューカペナの戦場の反撃に繋がり、それは、全多元宇宙での反撃であり、そして、<エルズペス/Elspeth><エリシュ・ノーン/Elesh Norn>の討伐だ。

そのマトリョーシカのような大小の同様の物語展開の入れ子構造を一つのカードが、デザインとして物語っている、とまでは私は言うつもりはない。それに気づいていたら、WotCはもっと大々的にこのカードを宣伝しているはずだろう。

しかし、そう解釈することは、完全でなく、万全でなくとも、十全に可能だ。私が<Celestial Vault / 天界の櫃>を使う時、私はそれら全てに触れるタップする

それは、かつてドミナリアにて戦ったプレインズウォーカーたちの血と汗であり、兄弟、そして世界をも捻じ曲げてもファイレクシアへ抗おうとしたウルザの怒りだ。トレイリアを妻と娘の遺骨ごと焼き払わないといけなかったバリンの無念。復活したファイレクシアとの戦いで散っていってしまった、あるいは完全化してしまったプレインズウォーカーたちの悲しみ。そして、全てを終わらすと誓ったエルズペスの決意。

あまりにも、クールでカッコよすぎる。







マジックのコンセプト上の<Celestial Vault / 天界の櫃>


正直、筆を上の文で止めても良かったのだが、<Celestial Vault / 天界の櫃>の楽しくてかっこいい部分は、ここに留まらないので、もう少しだけ。

毒喰らわば皿まで、もう二度と<Celestial Vault / 天界の櫃>について書ける機会なんてないから、せっかくだからね。

すでに述べたように、<Celestial Vault / 天界の櫃>はストーリー本編では描けなかった場面を描いている。それについて、意図されて行われたものであり、それは<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>のカードセットの欠点を補うものであった。そのカードセット自体の欠点について、マジックの主任デザイナーのMark Rosewater氏がこのように述べている。

充分説明されていないクリエイティブ要素があり、混乱を招いた

 この典型例が、天使である。物語の始まりに、天使は何年も前にこの街から去ったと語られているので、セットにこれほど多くの天使が入っていたことは驚きだった。その理由は、物語の終わりに天使たちが戻ってくることだったが、プレイヤーの多くはそれに気づかなかったので、セットの内容と物語が矛盾しているように見えた。

Mark Rosewater, Wizards of the Coast
https://mtg-jp.com/reading/mm/0036207/

その混乱は、ある種、当然のものに思える。ただ、その混乱を予期できたか、というと、少しむずかしい気がする。デザイナーたちは天使たちが戻ってくるつもりでいたが、その説明をストーリー上でも、カード上でも行うことを怠った。それ自体は、MtGの歴史では何度か見られた光景だ。しかし、そこで、<Celestial Vault / 天界の櫃>の話が出てくる。

<Celestial Vault / 天界の櫃><ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>のアルケミーフォーマット用の追加カードセット<アルケミー:ニューカペナ/Alchemy: New Capenna>で初めて登場した。そして、そのカードは、たまたま、カードセットの欠点の一つであった、ストーリー的にミッシング・ピースを埋めるような内容のカードであった。もちろん、偶然という可能性もあるし、直接明言されているわけではないが、私は、<Celestial Vault / 天界の櫃>はMark Rosewaterら、WotCのデザインチームが意図的におきた混乱を、解決する、あるいは解決の一歩として含めたカードだと思っている。

このカードは、そのストーリー上のミッシング・ピースだ。

もし、天使たちが戻ってくることに、プレイヤーが気づかないなら、それを表すカードを作ればいい。それは、非常に簡単かつ、エレガントなソルーションだ。そうやってできたのが、きっと、<Celestial Vault / 天界の櫃>だ。アルケミーというフォーマットのための追加カードパックという少しタイミングのずれた、限定されたスコープだからできた荒業だが、物語を補間するように、カードが登場する、という手法は、私は嫌いじゃない。もし説明足りないならば、説明を足せばいいのだ。言い訳をしたり、プレイヤーのせいにするより、ずっと、良いと、私は思う。

そして、私一人が面白いと思っていることに、誤字、ウィザード・オブ・ザ・コースト社は、この手法をより大規模に試すことになる。

そう、<機械兵団の進軍:決戦の後に / March of the Machine: The Aftermath>だ。

<機械兵団の進軍:決戦の後に / March of the Machine: The Aftermath>

実際、私も他の多くのプレイヤー同様、<機械兵団の進軍 / March of the Machine>のストーリーにどうかな、と思う部分が多かったので、結構嬉しい采配だった。正直、これの発売は、<Celestial Vault / 天界の櫃>のおかげだ!っていうのはだいぶ無理筋だとは思うのだけれども、そういうアイディアや手法に気づく際、<Celestial Vault / 天界の櫃>でやったこと、試したことが念頭にあった可能性は、ちょっとだけあるかな、とは思っている。特に、ストーリー補完の部分は。

それと、余談的な話にはなるのだが、<機械兵団の進軍:決戦の後に / March of the Machine: The Aftermath>が出る為、これまでの通例であった、基本セットの後に、アルケミーセットが発売する、というフォーマットが崩されている。

そういう意味でも、やっぱり、同じ土俵で考えていたんじゃないかな、とはやっぱ思っちゃう。


マジックのレギュレーション上の<Celestial Vault / 天界の櫃>

さて、話は、ほんの少しだが続くことになる。

…さて、これまでで既に違和感を抱いたがあるプレイヤーはいるだろうか。

「この呪文書からドラフトできる、<正義の戦乙女/Righteous Valkyrie>は、当時再録されていないのでは?」

そう。

それは、所謂、スタン落ち(アルケミーなので正確には違うが)、したカードが、この<Celestial Vault / 天界の櫃>を通じ、クリーチャーを場に出すことができる。

それは、即ち、MtGのストーリー上の意味でも、カードの効果の意味でも、文字通り、「過去からの援軍」なのだ。

似たような話としては、たとえば、かの有名な<稲妻/Lightning Bolt>の話とかはある。


<稲妻/Lightning Bolt>
『火花魔道士は叫び、彼が若かった頃の嵐の怒りを呼び起こそうとした。 驚いたことに、空はもう再び見られないと思った恐るべき力で応えた。』

このフレーバーテキストは、長年、再録を願った、MtGプレイヤーの気持ちを表しているとされる。

<Celestial Vault / 天界の櫃>も、<稲妻/Lightning Bolt>と比べると遥かに短い時間とはいえ、同じような、『失われたカードにもう一度触れる』能力を持っている。

そして、それは、カードのテーマが『過去からの援軍』、のカードだ。

やっぱり、少し、ロマンチックなカードなのだ。


甦る魔法。

私は、これらのことに気づいて以来、一マナ使って、<Celestial Vault / 天界の櫃>を生贄に捧げるたびに思いを馳せている。

それは、あるいは、盤面上の劣勢がひっくり返ろうとしていることに関してかもしれない。

あるいは、ジアーダによって復活した、ニューカペナの天使たちが返ってくることに関してかもしれない。

あるいは、スタン落ちにて日の目を見ることのなくなった、カードたちが盤面に返ってくることに関してかもしれない。

そして、あるいは、<Celestial Vault / 天界の櫃>によって蘇った、私のマジックをプレイする楽しみかもしれない。




……きっと、気づいた方もいると思うのだが、私は、MtGのストーリーは好きなのでそちらはそれなりに追っているものの、(と言っても、数年に一回、一気に読み漁るというやり方で、リアルタイムに追従するわけではない。)プレイヤーとしてはカジュアル中のカジュアルプレイヤーだ。面白いセット。面白いカード。それらなんらかの「面白い」があるとプレイを再開し、嫌いなカードや嫌いなセットに出くわすと、すぐにプレイを辞めてしまう。

今回のプレイしていた期間も、実はそんなに長くない。

MtG:Arenaというアプリで気軽にできるようになったこと、そしてKamigawa: Neon Dynastyが話題になったからで私は再開したものの、<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>がアルケミー落ちしたあたりで止めた感じで、その期間はわずか、一年ちょっとだ。

ただ、正直にいうと、Kamigawa: Neon DynastyはNot for meだった。期待していたサイバーパンク感は結構取ってつけたみが強く、そしてストーリーが暗すぎた。

ただ、全てが全て悪いことではなかった。そして、それは思わぬ副作用も有していた。惰性でしかなかったとはいえ、Kamigawaは私に次の<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>をプレイさせる機会を与えてくれたからだ。

そして、私は<ニューカペナの街角/Streets of New Capenna>の世界に魅了された。

ニューカペナの情景は、私にとっては、楽しかったのだ。

今後、アルケミーがどうなっていくか、私はしれない。正直、私という変則的な人間が楽しんでいる時点で、まぁ、色々と問題のあるフォーマットなのだろうという思いはある。

上みたいな記事もある。

上の記事では、<Celestial Vault / 天界の櫃>の呪文書というギミックは、結構ボロクソに言われている。し、私も、正直、わからないでもない。

でも、だ。

「死につつある呪文書というギミックを使い、既に存在しないカードを呼び出す」

これが美しくなければ、何が美しいのか、私にはわからない。



そして、<Celestial Vault / 天界の櫃>は失われた。スタンと異なり、二年ローテーションを維持するアルケミーフォーマットでは、一昨年のカードである、<Celestial Vault / 天界の櫃>は2023年の9月を持ってしてローテーションアウトしてしまったのだ。

<Celestial Vault / 天界の櫃>の美しさはレガシー(あるいはヒストリック)では表現できない。過去全てのカードを対象取るレガシーでは、全ては同等になってしまう。

失われるからこそ、美しいものはある。そして、失われたからこそ、帰ってくるという事実が喜ばしいのだ。


よく考えれば、それは私のMtGの体験に似ている。


<Celestial Vault / 天界の櫃>の面白さによって、この場所にまた帰ってこれた。

それは、ほんの少しだけ、嬉しいのだ。

Magicのカードといえば、カードデザインそのものの美しさや、一昔前に話題になった<命知らずの群勢/Reckless Cohort>のようなフレーバーテキストの美しさがある。

ただ、説明のテキストが一行もないのにも関わらず、名称とその効果だけで、ここまでの物語を語れることも、我々は忘れてはいけない。

名前で、効果で、美術で、能力で。

この魔法はカードしかない。

だから、カードは物語る。

それに、Magic: the Gatheringの美しさは、ある。

失われて、蘇る、

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