そうだ!毛玉の旅をはじめよう
[前のおはなし]
「あんた 運がなかったなあ……。
まだ 若いっていうのに。
かわいそうに……かわいそうになあ。
せめて あたしが あんたのなきがらを
故郷にまで 連れて帰ってあげるからね」
ガタゴトと固いもののぶつかる音に紛れ、男の声が聞こえる。
眼前に迫る閉塞感を押し除けようとボクは手を前に伸ばす。届かない…
目に映る毛むくじゃらの手をまじまじと眺める。
短い…
起き上がるように身体ごと目の前の壁を押しやると、壁に見えたものは棺桶の蓋だと気付いた。
声の主は何処かで倒れていたこの身体の持ち主を故郷へ送ってくれているらしい。よく棺桶なんて持ってたものだなと朧げな記憶を辿る。
この"親切な"荷馬車の主は"親切にも"ルーラストーンと所持金を使ってあげようと盗み取っていたはずだ。どこかに隠されていないか荷馬車の中を見回していると「ほら 見えてきたよ」と男は振り向き
「ぎゃーーーーーっ!!」
悲鳴は澄み渡る空へ響き渡った。
ここはプクレットの村。
花の民プクリポの住む長閑な村だ。村の人々は笑いを何より大切にしており、年に一度、村の面白野郎を決める大会を開いている。この身体の青年はその演芸グランプリで3連続優勝を飾る最強面白野郎だった。
「確かに死んでたんですよ」と首を傾げる荷馬車の主ティルツキンに対し、村の面々が「ウケるためなら死んだフリぐらい簡単にできる奴だ」と取り合わないのはそういう理由からだ。
「ティルツキンさん、脇にルーラストーンを挟むと脈はふれないんですよ?」
男を見上げ、にっこり笑いかけると「はて、ルーラストーンは脇でなく…」と言いかけて口ごもる。
おっさんやっぱ盗ってんじゃねーか。こちらが口を開くより早く、ティルツキンは
「それじゃ あたしは 商売がありますんで
このへんで 失礼しますよ。」
そそくさと村を去っていった。
逃げたか…と小さく舌打ちしていると、村人…ヒトというには珍妙な姿だが…も散り散りに去っていく。そんな中、小柄な少年がひとり何か言いたげな目で見つめていた。声をかけようと手を伸ばすも彼はハッと逃げるように走り出し、ボクの手は知らない村の老人を掴んでいた。
「ほお 誰かと思えば この村の演芸グランプリで
3回連続優勝した ぱんイチではないか」
ホッポンと名乗る老人は今までの騒ぎを見ていなかったらしい。
今度はボケたネタでもするのか?わしを見て思いついたって?誰が徘徊老人じゃ!と訳のわからないことを散々言い倒したかと思うと、徐に「そうじゃ!」と手を打った。
「お前さんのもと相方 ピリッポが 呼んでおったぞ」
身体の主はよっぽど人気者だったのだろう。
ピリッポの家への道すがら、ファンを名乗る住人からティルツキンとの一件を褒め称えられ、芸人を目指す青年から一方的にライバル宣言をされ、こどもからは無理やりしっぽの毛を毟られた。
元相方とこの身体の持ち主は演技の方向性の違いでコンビを解消したのだそうだ。ピリッポは大事なところで噛むクセを持っており、きっと正統派しゃべくりを目指すこの身体とは相性が良くなかったのだろう。村の人たちは「面白い」のは自分で「面白くない」のは相方ピリッポだと言っていた。
いや。そんなことはないのだ。これはTHE SECONDでいうところのギャロップ林が三四郎小宮と組んだようなものなんだ。「ハゲしゃべくり」と「滑舌悪い」は同じ話芸でもベクトルの異なる面白さなのだ。それを知っているであろう元相方とは喧嘩別れなんかではなく、それぞれの「面白」を求めての前向きな解散なのだろう。
考察をコウテイするかのように、ピリッポは開口一番、笑顔でこう言った。
「聞いたぜ聞いたぜ! ぱんイチ!
とうとう 世界に はばたくんだな!」
わけがわからない。顔に出ていたのだろうか、ピリッポは続ける。
「ほら お前 言ってたじゃないか。
プクレットの村で やり残したことをやったら
都会へ出て 自分のチカラを試すんだって。
ティルツキンさんを ドッキリで
おどろかす……ってのが
その やり残したことなんだろ?」
それが本当にやり残したことだったら、お前の元相方そんな面白くないぞ?
懐郷病を疑ったのかこちらを称え続けるピリッポは、おやと違和感に気付く。「って……そういえば ずいぶん荷物が少ないな。
まさか お前 ルーラストーンを
なくしちゃ いないだろうな。
おいおい……。 ルーラストーンどころか
オレが せんべつにあげた ネタ帖も
何もかも 持ってないじゃないか!」
こちらの身体をわさわさまさぐり、更に彼は続けた。
「お前、しっぽにハゲができてるぞ!?」
「さっきこどもに毟られて…」
まさかそんなに抜けていたとは…
プクリポはこどもからお年寄りまで、丸々フカフカの毛玉特有のかわいさで勝負する生き物である。身体的特徴を笑いに昇華する術はタブーであり、そのかわいさは「保たなければいけない」ものである。
これはプクリポとしての矜持なのだ。
転生したばかりで矜持も何もないのだが、うっすらと10年くらいプクリポとして過ごした記憶がそう告げている。
失くなったしっぽの毛…ではなく荷物を取り戻すため、村長へ相談に行こうとすると家の扉が勢いよく開き、広場で泣きそうな顔をしていたこどもが飛び出した。
約束って何だっけ…と10年の記憶が役に立たないでいると、ピリッポも「お前 このプディンと 何か約束したのか?」と怪訝そうな顔をしている。
「……ぱんイチさん?
もしかして 覚えてないの……?」
プリン色の毛玉は「そんな……どうして……」としゃくりあげる。
「ヤクソク オボエテナカッタラ ソレハソレデ シンパイスルコト ナクナイ?」
脳を介さずそんな言葉がポロッと口をついて出る。ピリッポが慌てて制した時には遅く、プディンは大泣きをはじめてしまった。
「うわっ! 泣くなよ。も〜」
ピリッポはお前のせいだと言いたげにこちらを見て、早く村長へ相談しに行けとボクを家から追い払った。
「……む? どうした 浮かぬ顔じゃな。
何があったのか 話してみなさい」
突然はじまった「秘伝の一発芸」に困惑した顔を都合良く読み取った村長に、ボクはこれまでのいきさつを報告した。
「…というわけで、犯人はあのティルツキンなんですよ!」
「……いやいや だまされんぞ!」
いくら話しても村長は「どこかで落としたのだろう」とこちらの主張は取り合ってくれなかった。ただ、事の深刻さは伝わったので、どこで落としたか思い出せないなら賢者エイドスへ頼めば見つかるはずだとも教えてくれた。
賢者の元へ向かい、早いところティルツキンの居場所を教えてもらわなければ。
賢者エイドスはこの世に起きる全ての物事を知っていると噂されているらしい。何でも少し前まではある大国に仕えていたそうだ。
住処としている洞穴へ足を踏み入れると、奥でエイドスは強大な結界を操っている所だった。
「まったく いつまでも キリのない……」
振り返ったエイドスと目が合う。
「そこで 何をしている!!」
長い眉から覗く目は恐ろしく鋭い。カツカツと老人とは思えない速さでこちらに近付くと
「いたずらプクリポめがっ!!
この 賢者エイドスのほこらに 勝手に入るなと
何度言えば わかるのじゃ!!」
と、ボクの耳を掴み入り口へ引き戻される。
「よいか!?
あの結界の 向こう側には……
お前たち プクリポのアタマでは 考えも及ばぬ
大いなる災いが 封印されておるのだ。
災いは 触れた物すべてを滅ぼす。
草木は枯れ 岩は崩れ去り 水は腐り……
生き物も 皆……」
エイドスは捲し立て、気付く。ボクが瘴気噴き出すあの場に平然と立っていたことを。
「よかろう! 先ほどの無礼は 忘れよう」
「ボクの扱いへの非礼を詫びてください」
言うが早いか唐突な杖がボクの左頬へヒットした。
あくまで上からの賢者はチカラになってやろうと、ボクがここへ来たいきさつを求める。謝罪を諦め、これまでのことをかいつまんで話した。
「いかにも。お前のルーラストーンが
どこにあるか…… わしにかかれば
何もかも お見通しじゃ」
「じゃあ、ここに来た理由も話す前にわかるやん…」
つい口をついて出た本音に賢者は杖を振り上げ、ボクは身構えた。
「だが……たとえ ありかが わかったとしても
それを 取り戻すためには お前は
試練を乗り越えねばならぬようじゃな」
「ティルツキンを呼び出して終わりじゃないの…」
エイドスは何かしらのまじないを唱えると「プディンがカギになる」とボクを送り出した。
[次のおはなし]
【お話の補足(蛇足)】
THE SECOND
話芸としての異なりというとテンダラーとギャロップの一戦も、矢継ぎ早にネタを展開させていくテンダラーに対し、一つのネタを深く掘り下げていくギャロップというとても対照的な戦いで印象的でした…賞レースってどちらかというと後者を評価する印象あるよね。
コウテイがカタカナだったのはうちのiPadがおかしいからで喧嘩別れと言えば…っていうのとは無関係です。とはいえマリパで喧嘩してコンビ解散した話は伝説。