月曜日が来ない #4

 鮮やかなグリーンのネクタイの男は、私の目をじっと見つめたまま、こちらへと向かってきた。そして私の目の前で立ち止まり、にこりと微笑んできた。不覚にもつられて口元が緩んでしまった。彼は自らをユトリと名乗った。確かに私と年齢が近いであろう世代で、そう呼ばれていたとしても不思議ではなかったが、名前に触れるのはやめておいた。彼の名を聞かされ、黙っていると、不意にユトリは吹き出して笑った。私がまだ名乗っていないせいだと慌てて名乗ろうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

 よく磨くことのできる細かい粒子がたくさん入った歯磨き粉のような、思春期の脂ぎった肌に効果覿面の洗顔料のような、冷たくて、ドロドロとしたものが、突然顔全体を覆って撫で回された。人間の身体は優秀に出来ているもので、この不意の出来事でも、私は瞬時に目を閉じていた。また夢だろうかとぎゅうっと瞑った目を少しずつ開けると、そこにはユトリが先ほどと同じように、いや、先ほどよりも盛大に声をあげて笑っていた。

 顔に塗りたくられた液体が目に入り、染みた。また瞬時に瞼を閉じ、両手で拭った。見るとそれは、海で濡れた砂浜の砂だった。泥水と言ってもいい。その姿を見たユトリはまた一段と笑い声をあげた。不思議と怒りは込み上げてこなかった。それどころか、彼の笑みにつられ、私も声をあげて笑ってしまっていた。寒空の下の砂浜で、いい歳の男二人が手を砂だらけにして笑い合っていた。なぜ、名も知らないような——実際には名前は聞いたが本名だとはとても思えない——男に顔をドロドロにされて笑えているのかは自分でもよく分からなかった。しかし、こんなにも素直に笑ったのは久しぶりかもしれなかった。

 ひとしきり笑い合ったユトリと私は、砂浜に足で円を書き、相撲をとった。どちらが負けても、何度も何度も繰り返し相撲をとった。戦績はユトリの方が少しだけ良かったが、力は拮抗し好勝負になることが多かった。私の会心の右上手投げが決まったところで、互いに砂浜に寝転んだ。肩で息するとはまさにこのことであるかのように、全身を使って肺に酸素を取り込んだ。全身に酸素が行き渡っておらず、身体の節々が重たいが、こんな気持ちになったのも久しぶりのような気がした。

 肩でしていたはずの呼吸がだんだんと内側へと入っていき、肺だけで行えるようになった頃、ユトリが突然立ち上がり、私に向かって「行くぞ」とだけ言った。ぼーっとしている私を見兼ねてか、ユトリが私の手を取り引っ張った。「分かったから」と言って靴を履こうとすると、またユトリは私の手を引っ張った。今度は簡単に離してはくれず、私はユトリに連れられるがまま、裸足で走り出した。



続く

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