月曜日が来ない #2

 私は慌てて携帯を操作し、もう一度日付と曜日を確認した。私の携帯が壊れたわけでもなんでもなく、どのインターネットサイトを見ても今日は日曜日であった。テレビをつけると、日曜日にしかやらないはずの、ゆったりとした情報番組が流れていた。私はささっと普段着に着替え、外へと出た。いつもなら倍近くかかるような朝の支度が、何の苦労もなく終えられ、コンビニへと走った。こんなにも素早く動くことができた月曜日は初めてだった。いや、月曜日ではないのか。

 コンビニまでの道のりで、スーツ姿の人は一人も見かけなかった。しかし、毎朝通る道のりとはいえ、いつもとは違う時間なのだから、これだけで日曜日であると判断することは出来なかった。コンビニに着くと一目散に新聞の売り場を探した。いや、探すまでもなく目の前にあった。新聞を買ったことなどなかったが、こうして目の前にあるならば、朝の忙しい時間に買う人にも優しい。なるほど、売り場にも工夫があるもんだった。そんな悠長なことを思ってしまうのだから、これは本当に日曜日なのかもしれなかった。そう思いながら新聞を手にとり、レジへと向かう間に日付を確認すると、やはり昨日の日付の横に、(日)と書かれていた。店員に新聞を渡した際に、今日のものかと問うても、案の定答えはイエスであった。今日は何曜日ですか?と聞こうと思ったが、絵に描いたような未来人が想像できたのでやめておいた。未来人どころかむしろ、昨日を生き続けている過去の人間だというのに。千円札で支払いお釣りを受け取る時に、店員がいつもの年配女性でないことに気がつき、いよいよ今日は本当に月曜日ではないようだと実感がわいてきた。

 コンビニを出て家までの道のりを歩いていると、黄色に染まった銀杏並木が目に入ってきた。毎日通っている道でも、こんなことにも気づいていなかった自分がなんだか恥ずかしくなった。同時に、冷たい風が吹き身体が震えた。それもそのはず、11月も終わろうというのに、上着も着ずに出て来たのだ。少し気分が落ち着いてきたせいか、途端に身体が冷えたようだった。早足で家に着くと、散らかった部屋が気になった。少し片付けようと思ったはずだったのに、気づけば1時間近く掃除に励んでいた。それも、ちょっとしたものの片付けなどではなく、普段気にならないような隅の汚ればかりを掻き出した。一休みしようと時計を見ると、会社の仕業時間であった。なんだか急に現実に戻されたようだった。いや、今日は日曜日なのだと自分に言い聞かせたが、気づけば会社へと電話をかけていた。当然、聞こえて来たのは自動音声の女性の声であった。やはり今日は休みなのだ。せっかくの三連休となったはずなのに、会社に電話までかけるだなんて、自分が気持ち悪い存在のように思えた。しかし、これだけは確信へと変わった。本当に月曜日が、来なかったのだ。

 不意にやってきた日曜日をうまく使いこなせるほど、器用ではなかった。なんだか、知り合いには連絡したいと思えなかった。現実に引き戻されるような気がしたからだ。夢か現実かわからないような、不思議な感覚のままでいたかった。海へ行こうと思った。冬が始まりそうな休日に、海へ行くなど、気恥ずかしくてやれたことなどない。しかし、今ならできる気がしていた。別に誰に見られるわけでもないが。最寄り駅から、新宿駅へと向かい、小田急線で片瀬江ノ島駅を目指した。休日の電車の揺れが心地よく、何度か眠りに落ちた。短い間で見た夢の中で、上司が、江ノ島の水族館の水槽の中を泳いでいた。

 藤沢駅で、各駅停車へと乗り換えた。向かいに座った、同世代くらいの男と目が合った。この男も、私と同じように不意に訪れた休日を満喫しにきたのかな、と考えたらおかしくなってしまい、鼻で息を吐いて笑ってしまった。幸いにもその姿は男には見られていなかったようで、喧嘩にはならなかった。休日にトラブルなどごめんだ。よく見ると、男は鮮やかなグリーンのネクタイをつけたスーツ姿であったので、私の想像するような理由で電車に乗っているわけではなかったようだった。そもそも、周りの人々はこの現象をどう思っているのだろう。不意に、私だけに月曜日が来なかったのではないかと不安になった。私だけに、月曜日が来なかった?自分で感じた言葉に違和感がありすぎて、また鼻から息を漏らして笑った。新聞を買ったコンビニの男性店員を思い出した。彼は私がした、これは今日の新聞か、という質問に、何の違和感もなく答えていた。もし、彼にも連日の日曜日が訪れていたら、というより、皆にも同様に連日の日曜日が訪れていたのなら、コンビニには新聞を買いに来る人々でごった返していてもおかしくはないのではないか。

 月曜日は、私にだけ来なかったのかもしれない。



続く

 

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