月曜日が来ない #7
翌朝、私は5時過ぎに目が覚めた。まだ空は夜のままだった。給料をもらって働く時には、あんなにも布団から出られない身体が、ボランティアでゴミを拾いに行くのに、こんなにも素早く起き上がれるのは不思議な感覚であった。時間を持て余し、コーヒーを淹れた。買って一度しか使っていないミルで、これまた一度しか使っていない豆を挽いて、コーヒーを淹れた。部屋はコーヒーのいい香りに包まれ、お腹が空いてきたので、チーズトーストとゆで卵を作った。こんなこと、社会人になって初めての経験かもしれない。
コーヒーとともにそれらを食べ終えると、着替えた洋服に違和感を感じ、スーツに着替え直すことにした。鏡を見ながら身だしなみを整えることも、出勤していた頃にはほとんど行っていなかったことに気づいた。
普段身につけることの多い、淡いイエローのネクタイを結んだ自分が鏡に写った。初めて会った時にユトリが着けていた、鮮やかなグリーンのネクタイを脳内で重ねてみたが、自分には似合わないと思い、すぐにかき消した。
コーヒーメーカーも、マグカップも綺麗に洗い、軽くシンクの掃除までし終えた頃、家を出る時間となった。身体があったまっているせいか、いつもより寒くは感じなかった。新宿駅で降り、昨日見た歌舞伎町のポスターの場所へと向かった。
なかった。
確かに昨日はあったはずなのに、周りを探しても、それらしいポスターはひとつも見当たらなかった。そして、ユトリの姿も見当たらなかった。5分前には、必ず集合場所にいるはずのユトリだったが、その姿はどこにもなかった。私は慌てて携帯電話を手にした。が、ユトリの連絡先は電話帳に入っていなかった。思い返せば、彼と連絡をとったことは一度もなかった。冷静に考えれば、なぜ連絡先を交換していなかったのか不思議でならないが、連絡を取らずとも毎日ユトリと待ち合わせ、遊びに行っていたのは事実だった。
ふと、何かが頭をよぎった。それが何だったか、説明することの出来ないような何かで、胸がざわざわとした。もう一度、携帯電話の電源ボタンを押した。液晶が光り、日付とともに(月)と書かれていた。
ついに月曜日が来た。あんなに、来なければ良いのにと思っていた月曜日が、ついに来た。約束の場所に現れたのは、ユトリではなく月曜日だった。
そうだ、私が望んだから月曜日は来なかったのだ。あんなに来ないで欲しいと願っていた月曜日だったのに、どこか待ち望んでいたような気持ちでもある。私は視界に入ったコーヒーの空き缶をひとつ拾い上げ、駅へと向かった。途中、自動販売機の横にある、缶専用のゴミ箱に入れようとしたが、見当たらず、結局駅まで手に持ったままだった。
新宿駅は人でごった返していた。疑いはなかったが、紛れもなく月曜日の朝の光景であった。自然と身体は会社へ向かう電車を目指し、ホームへの階段を登った。ちょうど電車は停車し、ドアが開いていたが、既に乗客でいっぱいであった。ホームはいつも以上に人で溢れているように感じたが、月曜日が久しぶりであったため、そう感じているだけなのかもしれなかった。よく毎日こんな電車に乗っていたものだ、そう自分自身に感心していると、アナウンスが流れた。
「山手線、人身事故のため運転を見合わせます。」
駅員の鼻にかかった声が、何度も何度も繰り返した。多くの人の嘆きや怒りが、駅のホームにこだました。人々は乗車を諦め、階段を下って行った。
私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。人の波が、私を避けるように通過していく。私の目には、山手線の鮮やかなグリーンの帯が映り続けていた。
誰かの肩が、私に当たった。
私の左手に持った空き缶から、コーヒーの雫がこぼれ落ちた。
終わり