みにくいアヒルの子
生まれて来なければよかった。そんなことを何度思っただろうか。他の兄弟たちは、皆美しい身体をして生まれてきたのに、私だけ、この世のものとは思えないような色をしていた。私は、みにくいアヒルの子として生きていくことを余儀なくされた。生まれた時から決まっていたのだ。
当然のように私は仲間外れにされた。見た目というものは実に残酷だ。しかし、多くの場合、視覚的情報が一番はじめに得られるのだから仕方のないことだとも思う。誰だって、みにくいよりは美しい方が良い。雑誌やテレビを見ても、美男美女が画面を占めた。みにくい者が出てくる時もあったが、たいていは笑い者にされる役回りだった。みにくい者が美しい者のように扱われることはなかった。それに、画面越しに見える彼らは、みにくいと言ってもたかが知れていた。私からすると、みにくいの「み」の字もないように思えた。
私の居るべき場所などなかった。親兄弟にも相手にしてもらえず、道なき道を彷徨った。生きていく理由などなかった。私の命が無くなったとして、悲しむ者などどこにいるのだろう。命を無くすのならば、何者かに食べられたかった。そうすれば、その者の身体の一部として生きていける。どうせならば美しい者が良い。白鳥だ、白鳥に食べられよう。これで私は、みにくいアヒルの子では無くなるのだ。
湖へ行ったが、白鳥はいなかった。湖だけではない。様々な場所へ白鳥を探しに行ったのだが、一羽として見かけることはなかった。それもそのはず、地球温暖化、森林の減少などの環境の変化により白鳥の数が激減しているということだった。私は、白鳥に食べられることもままならなかった。仮に白鳥に出会えたとして、私のような、みにくいアヒルの子など食べてくれるのだろうか。結局私は、みにくいアヒルの子でしかないのだ。
絶望の淵で、いてもたってもいられなくなり、私は羽を思い切り動かした。こんな羽、ついていたって何の役にも立たないのだから、いっそのこと引きちぎってやりたかった。そう思って私はさらに激しく両の羽を上下に振り回した。
ふわりと身体が浮いた。
長いこと締め付けられてきた思いが一気に軽くなり、私の身体は空へと浮き上がって行った。やっと楽になれるのだ。私は死へ向かい、どんどんと空へ舞い上がった。舞い上がるというよりは、天に引っ張られていると言った方が適切であった。せっかく空を飛んでいるというのに、青は少しも見当たらない、あたり一面真っ白の曇り空であった。天すらも、みにくいアヒルの子を歓迎していないようだったが、雨が降らなかっただけましだと思うことにした。
ふと、聞きなれない音がした。
私の身体はまだ浮いていた。音のした方を見ると、私の身体くらいありそうなほどの長いレンズが、こちらを覗いていた。音の正体は、カメラのシャッターだった。本来ならば聞こえるはずのないほどの距離があったのだが、私の耳には鮮明に聞こえてきた。
初めての経験だった。写真を撮られたことなど当然ながら一度もなかった。私は、天にものぼる気持ちで、天へとのぼった。カメラを構えていた男は、カメラを下ろし、満足そうにこちらを眺めていた。私はその切り取られた一瞬だけ、みにくいアヒルの子ではなくなった。
数日後、男の元に現像された写真が届いた。写真展用にと、大きく印刷された写真には、画面いっぱいに真っ白な雲が広がっていた。そして、その中央には、大空を羽ばたく美しい白鳥が写っていた。
真っ白な雲と、真っ白な身体の白鳥が、綺麗に重なり合い、よく見えなかった。