月曜日が来ない #5
何がなんだか分からず、ユトリに引っ張られるがままに裸足で走り続け、江ノ島へとたどり着いた。島という名前がついているが、走ってたどり着く島というのも不思議なものである。
江ノ島に入ると、外国人が喜びそうな土産屋が何軒も並んでいた。ユトリは江ノ島へと入る頃には走るのをやめ、その土産屋の並びでは歩くのをやめ、立ち止まった。急に止まったものだったから、握っていたユトリの手に引っ張られ、転びそうになった。急にどうしたのかと問うたが、ユトリは黙ったままだった。ユトリの目線の先には、小さなスノードームが置かれていた。手のひらの上に軽くおさまるような、小さなガラスの中には、亀の親子が重なって泳いでいる模型が入っていた。ユトリがそっとそのスノードームを持ち上げ、一度逆さにし、また元に戻すと、亀の親子の上から綺麗な白い粒子が降り注いだ。海の中を泳いでいる亀に雪が降り注いでいるようで幻想的だった。ユトリはじっとその様子を眺めていた。
私はそのスノードームを取り上げ、レジへと向かった。欲しがるものを買い与えるだなんて、過去に付き合ってきた彼女にもしたことなどなかったが、自然に身体が動いた。レジに持っていくと、店員のおばあさんが数字を打ち込み、液晶には2,580円と表示された。買ったことなかったので、正直こんなに高いとは思っていなかったが、構わず右後ろのポケットに入れている財布を取ろうとした。しかし、ポケットにはわずかな砂しか入っていなかった。怪訝そうな顔でこちらを見るおばあさんに、笑顔でごまかし、やっぱりやめますと伝えようとすると、横から一万円札を差し出す手が伸びてきた。ユトリの手だった。ユトリは黙って一万円をおばあさんに渡し、そのまま店の外へと向かって行った。店を出る前に、店の入り口付近に置かれたビーチサンダルを二足取り上げ、「これもね」と、おばあさんへ声をかけた。おばあさんは手元にあったノートをめくり、ビーチサンダルの値段を調べようとしていたが、私はそれを制し、「大丈夫です」とだけ伝えユトリのあとを追いかけた。
店の外からもう10メートル以上も先に歩いていたユトリに小走りで追いつき、ありがとうと伝えた。ユトリはにこりと笑い、買ったサンダルの片方ずつをひっぱり、タグを引きちぎった。引きちぎった野性味のある動きとはうって変わって、旅館の仲居さんが客人を迎え入れるような丁寧な仕草で、そのサンダルを私の目の前に置いてくれた。季節外れのビーチサンダルを履いた男二人、途中の店で売っていたプラスチックカップの生ビールを片手に、黙々と歩いた。縁結びで有名な神社でお参りもし、私たち二人は、まるで恋人たちのデートのような時を過ごした。なぜだかユトリが微笑むと、優しい気持ちになれた。同性に興味を抱いたことなどこれまでなかったが、何の違和感もなくユトリとの時間は過ぎていった。
島の入り口付近の定食屋でユトリと共にしらす丼を食べ、浜辺で二人寝そべって空を見上げた。夜の浜辺は冷たい風が吹き付けたが、酔った身体には心地よく感じた。よく晴れた空には、星が数多く広がっていた。満天の星とまでは言えないものの、東京で見るよりもずっとずっと綺麗で広い空だった。ふと、明日のことが気になった。明日は月曜日だ。今日が二度目の日曜日ではあったが、きっと明日は月曜日だ。三日も日曜日が続くなんて聞いたことがない。もちろん、二日も日曜日が続くなんてことだって聞いたことはなかったが。その様子に気づいてか、ユトリはグリーンの鮮やかなネクタイを少し緩めて口を開いた。「明日は、映画を見よう。」私は黙って空を見上げていた。明日は月曜日だ、なんて野暮なことを口にするのはやめておいた。その傍ら、頭では、最近見かけた映画のポスターを思い出していた。
続く