イノベーションを実装するためのアジャイル・ガバナンス【PMI Bureaucracy Community】
1. はじめに
PMI Bureaucrat Communityでは、国家公務員を中心に定期的な勉強会を行っています。今回は、弁護士・羽深宏樹先生をお招きし「デジタル社会における公共と民間の役割の変化」をテーマとしたイベントを開催しました。
イベント内では、アジャイル・ガバナンスについて羽深先生から知見を得るとともに、ディスカッションを通して、アジャイル・ガバナンスを実装していく際の政府の役割について考えました。
なお、「アジャイル・ガバナンス」については、羽深先生がドラフトを執筆された『アジャイル・ガバナンスの概要と現状』(https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220808001/20220808001.html)にて詳細に説明されておりますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。
2. イベント概要
■ イベント日時
2月18日(土) 14:00~16:00
■ コンテンツ
羽深先生のご講演
ディスカッションテーマ①:アジャイル・ガバナンスの中で、伝統的なガバナンス主体であった政府はどのような役割を果たすべきか
ディスカッションテーマ②:企業やコミュニティ、個人といったステークホルダーのアジャイル・ガバナンスへの参画促すために、政府に何ができるか
■ スピーカー
羽深宏樹先生
弁護士(日本・ニューヨーク州)、京都大学特任教授、スマートガバナンス株式会社代表取締役CEO
3.ご講演内容
なぜ「イノベーション」には「ガバナンス」が必要なのか
羽深先生
前提としてアジャイル・ガバナンスは、一義的な定義がなされておらず、様々な主体の中の文脈によって語られています。
なぜガバナンスについて語るのか?については、「Society5.0を達成するため」と経済産業省の資料では語られています。Society5.0では、様々なテクノロジーを現実に実装していくことで、私たちの幸せな社会をつくっていくことが目指されています。
アジャイル・ガバナンスについて考える際に、言葉の定義を以下のようにおさらいします。
▽「イノベーション」を「ガバナンスする」とは?
羽深先生
イノベーションは既存のガバナンスでは想定されない領域にあるため、
既存の制度の空白地帯に入る
既存の制度と抵触する
というエラーが起こりえます。単に今の制度をうまく回すだけではなく、新しい仕組みや制度を考えていく(=ガバナンスする)必要があるということになります。
なぜ「ガバナンス」に「イノベーション」が必要なのか
▽なぜSociety5.0は既存の「ガバナンス」の仕組みで対応できないのか?
羽深先生
既存のガバナンスにおいてSociety5.0に対応できない理由を以下の二つの観点から説明します。
①複雑化・不確実化する社会
Society5.0は、従来の社会よりも著しく変化が速く、予測困難かつ統制困難になってきています。
②多様化し変化し続けるゴール
今後、個々のゴールは技術の発展や社会状態の変動等の影響を受けながら常に変化し続けます。
こういったことに加えて、それぞれのプレーヤーの責任の広範囲化と多様化が起きているのも重要なポイントだと思います。
「ガバナンス」の「イノベーション」はどうあるべきか?
羽深先生
これまでは社会も目指すべきゴールもそこまで早くは変化していませんでした。何か問題が生じれば2、3年かけて問題の対処を議論し、それがより深刻な問題であれば更に2、3年で法制度による対処が行われて、ガバナンスをアップデートし社会を保ってきていました。
しかしながら、現在は社会もゴールも変化し続ける時代になっており、ガバナンス自体も変化し続ける必要性が生じています。
今の制度が社会に追いつかなくなったり、社会を前に進めるだけのポテンシャルを持ったテクノロジーが今の制度のせいで潰れてしまったりするような状況が出てきてしまいます。
「ガバナンス」の「イノベーション」はどうあるべきか?
羽深先生
そういった状況だからこそ、変化が激しい社会とゴールを繋ぐガバナンスをアップデートし続ける必要性が出てくるというわけです。
リヴァイアサンのような、政府によるルールを国民が守る伝統的ガバナンスでは、現代の社会を進めることは難しいです。
むしろ今後のSociety5.0では、企業、政府、個人それぞれのプレーヤーが自分のなすべきことを認識し、社会の最適を達成するべきであると考えます。
コーポレートガバナンスを例に挙げます。従来では各企業がリスクマネジメントすればOKでしたが、これからは各企業が足元でリスクマネジメントをしようとしてもうまく行かない世界観が前提になります。
ただ問題が起きた企業に制裁を下すのではなく、一企業ではどうしても対応できないリスクをどう社会全体で扱うかを考えていかなければならないということです。
どのようなガバナンスを目指すべきか(=アジャイル・ガバナンス)
羽深先生
それではどのようなガバナンスを目指すべきか?というところですが、様々な定義や考え方がある中での一つの方向性として話をしていければと思います。
アジャイル・ガバナンスには2つの重要な考え方があります。一つがマルチステークホルダー・アプローチです。
企業
これまでは決められたルールを守る(=コンプライアンスを遵守する)ことで事業活動を行ってきました。しかしながら、これから企業は自分たちのやっていることに対してルールとモニタリングシステムを設計し、問題を解消し、それらについて対外的なアカウンタビリティを社会に対して果たしていく必要があります。
政府
これまではルールの設計者だった役割から、各プレーヤーがガバナンスに取り組めるようなインセンティブを付与するファシリテーターとしての役割になることが重要です。
具体的にはガバナンスに関するガイドラインを提供したり、実行する上でのコストを一部負担したりすることです。また、ガバナンスを守らずに起こった事故の当事者に対して制裁をかけていくことも重要な役割だと考えます。
個人・コミュニティ
これは我々一人ひとりのことを指しています。普段生活を送っている中で自分が使っているサービスのガバナンスをチェックすることはありませんでしたが、日頃のサービス設計や政策の形成に個人の意見を取り入れる仕組みを作ることが必要です。
デジタルの力を利用することで、個人・コミュニティの発信する内容を企業・政府のガバナンスに反映させやすくすることが重要ですね。
もう一つの柱として、アジャイル・ガバナンスの二重サイクルです。
内側のサイクルは一般的なPDCAサイクルだというふうに考えていただければと思います。つまり、今ある一定のシステムを運用する中でアップデートしていくということです。
一方の外側のサイクルも、そもそも今の制度の前提になっている社会の環境・リスク、ゴール等が変化していくことを踏まえて内側のサイクルと同時に回していく必要があります。
デジタル社会における信頼付与の難しさ
もう一点、重要なのが、そういったアジャイルガバナンスの取組そのものや影響を対外的に説明していくということです。そういった文脈で、最近では透明性レポートや、非財務情報の開示なども重視されてきています。
それぞれのレイヤーごとに達成すべき価値/KPIが設定されていて、それらが相互に信頼を基盤に繋がり、持続可能な社会を作っていくことがアジャイル・ガバナンスにおける重要な道筋です。
それぞれのプレーヤーが信頼を基盤につながると言いましたが、ここでの「信頼(トラスト)」というのは法律的にも非常に奥深い概念です。
以上のような観点から、従来の伝統的な概念から離れてどのような定義づけを行っていくかを考えなければなりません。
アジャイル・ガバナンスのアーキテクチャ
羽深先生
以下の図のように市民/企業/規制当局/調査委員会などのそれぞれのプレーヤーが、テクノロジーを介してアジャイルに進めていきます。ただ、難しいのは、全体をどう整理すべきかというところです。全員が見上げられるような北極星的な価値やビジョンが必要であり、それぞれのステークホルダーが汗をかいて考えないといけません。
図の中身をもう少し見てみると、個人・コミュニティの観点では、CivicTechを通して市民がしっかりと評価に関与する仕組みがあると良さそうです。
企業の観点では、各社が提供するサービスにおいて事故が起きてしまった時に責任者を訴追するようなことがあれば、今後事故を起こした側は情報を隠すようなインセンティブが働いてしまう恐れがあります。
これを避けるため、事故調査委員会の立ち上げを行ったうえで事故のレポーティングを行い、原因究明・改善策の提示によって刑事的な訴追を免除するDPA(Deferred Prosecution Agreement)が米国おいて導入されており、効果をあげています。
一方で、伝統的な規制機関との関係性も非常に重要になってきていて、テクノロジーを通しての被規制機関とのモニタリングの設計もRegTechや規制のサンドボックス等で対応することが可能性として考えられます。
しかしながら、課題もさまざまになります。ステークホルダーがいない方が物事をアジャイルに進めやすかったり、透明性の義務とプライバシー保護のせめぎ合いがあったりします。
さらには、日本のガバナンスをどう海外企業にアプローチしていくかなどのLocal vs Globalの観点もあります。
アジャイル・ガバナンスの実現に向けた制度改革
羽深先生
以上のようなアジャイル・ガバナンスを実現するにあたってどのような制度改革が必要になってくるのか?をお話しします。
政府の役割としては、「ルールベース」ではなく「ゴールベース」の法規制への転換を図ることがまず重要です。自身が全てを設計するのではなく、マルチステークホルダーによるルール設計のファシリテーターにならなければなりません。
また、規制のサンドボックス制度によって柔軟にルールや制度を見直しアップデートしたり、責任制度や制裁制度を企業やコミュニティ・個人が積極的に協力するインセンティブを与えたりすることが必要になってきます。
政府による企業制裁のイメージとしては、以下のフローのようになります。
また、被規制対象となる企業側の役割としては、
これらの項目が挙げられます。
世界に広がる「アジャイル・ガバナンス」の連携
"アジャイルガバナンス"という言葉自体は、ダボス会議を開催している世界経済フォーラムが最初にホワイトペーパーを出したのが発端ですが、2021年7月に講評された『GOVERNANCE INNOVATION Ver.2: アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて』は「包括的で整理されている」と各国から評価もいただいております。
東京大学公共政策大学院では「イノベーション・ガバナンス講座」と題して実施しており、様々な方にご参加いただいています。
最終的には、社会のブラックボックスを開けていった上で、様々なステークホルダーでアジャイルなガバナンスを回していく社会ができれば理想的なんじゃないかと思っています。
質疑応答(一部抜粋)
Q.アジャイルガバナンスの3構成要素のうち、マルチレイヤーについて具体例を交えて知りたい。
A.例えば、医療データを連携して新薬や医療技術を開発することを想定します。現状では各病院が患者さんのデータをそれぞれに持っていますが、開発にあたってデータを一つのプラットフォームに集めたいわけです。
そうした際に、原則としてプライバシー保護のために匿名加工をする必要がありますが、その際に、匿名加工する事業者/クラウドシステムをオペレートする主体/クラウドサービスを提供している主体など、マルチステークホルダーがいます。
そうなった際に、どのレイヤーがどんな価値/信頼性/公平性を担保するのかが非常に難しいということです。このように、様々なレイヤーのサービスが重なれば重なるほど、議論が難航します。
Q.ゴールベースの考え方として、これまで入口規制ではなく出口規制というような形態が目指されてきたが、日本の行政における監督機能の弱さなどから導入が困難な印象があるが、どのように考えているか。
A.政府が全てモニタリングで不正を摘発するのは不可能です。だからこそ、不正をやっている人・企業に近い主体から情報を自主的に持ってこさせることが重要だと考えます。
例えば、内部通報者の保護やインセンティブの付与(米国で実施)等を保証するなどが挙げられますね。要は、モニタリング機能をどう民間で分担するかが鍵ということです。
Q.規制所管の考え方を改革していく取組みができないか?
A.アジャイルガバナンスの考え方を結びつけたマニュアルを作ることから始めると良いと思います。ただ、1本のマニュアルにするのは不可能なので、Big pictureを念頭に置いた上で、分野ごとのガイドラインを敷いていくことが必要だと考えます。
Q.トラスト・サービス・プロバイダ(TSP)のコストについて、誰がどう担保するのか?政府がお金を出して、TSPを担保すると大きな政府になりかねないのでは?
A.規制で義務付けることが考えられます。それには誰を認証機関とするか?を国が定める必要があります。同じところでお金が回らないようにしたり、利益相反にならないように配慮したりしなければなりません。
EUでは、強固な規制を作ってどんどん広がっていったりしています。そういったグローバルなところで規制環境が整ってくると、お金をかける企業も増えることになると考えます。
4.ディスカッション
羽深先生のご講演内容を踏まえて、参加者によるディスカッションを行いました。
アジャイル・ガバナンスの実装について
・小さく試して成功事例をつくるのが実装の近道ではないか。国家戦略特区のような枠組みで、離島や自治体単位での取組も可能性がありそう
・ 街として目玉事業になるのは確実だが、ローカルな範囲では利害関係者の事業・生活への影響も直接的になりやすい
・遠隔医療や自動運転などのAI文脈では交渉が難航。例えば、自動運転バスを自治体に導入しようと試みた例。今まで補助金で運営していた路面バスの会社は赤字で運営してきたため、もしAIを入れるとなると経営が困難になるという背景があった。
・自動運転の観点で言えば、地域に根差したバスの運営会社が自動運転を導入する事例が理想。自動運転でもローカルな交通手段の確保ができるのかを検証するために「今までの知見を活かしながら現在のバスに代わって自動運転の設計をしてもらえないか?」というオファーを行う方が、外から専門家を連れてくるよりも実現性があるのでは。
・全体の良いゴールがあるはずなのに、なんとなくの反発でコミュニケーションがうまくいかないのはあらゆる場面である。役所が地元と顔が近いとかえってやりにくいということが農地転用の部署にいた時も実際に起こっていた。
・アジャイルガバナンスは構成する要素がいくつか提示されている。その要素をそれぞれローカルに当てはめてみると、ローカルは小規模であるがゆえに、まず始めてみるというアジャイルの考え方と噛み合わせはよい。
・マルチステークホルダーも様々な人が関わるので噛み合わせはよい。しかし、技術が刻々と進歩するがゆえに、ガバナンスも継続的に不断の見直しが求められるという側面がローカルにあるかと考えると、必ずしも適合的ではないように思える。
アジャイル・ガバナンスにおける政府の役割について
・アジャイル・ガバナンスは、今まで法律で規定していたことをガイドラインに置き換えることもあるが、「果たしてそれは大丈夫なのか?」という不安はある。例えば、選挙で選ばれた議員からなる国会が決めた法律は、内閣が定めた政令および各省が決めたガイドラインの上位にあるという前提。現状、民主主義を反映する最大のツールが選挙であり、それが反映されるのが法律という考え方がある。
・しかしながら、アジャイル・ガバナンスによって民意が様々なところで反映されていき、結果として国会が決めた法律だけが民主的な手続きを経たルールではなくなる可能性がある。そうした場合、法律やガイドラインの捉え方は変わっていくのではないか。
・個人的には、パブリックコメントで十分に民主的なプロセスを達成できると思う。行政が考えていることの伝え方や、アジャイル・ガバナンスやリスクへの向き合い方を広めていく姿勢も大事だが、それには限界がある。そのため、人によって捉え方が違うという前提のもとで、考えている政策をどう表現するのかを考えるのも重要だと思う。
・議会の在り方や民主主義体制における意見集約の在り方もガバナンスの一つなので、それらのアップデートに関する議論も今後行っていきたい。
5.終わりに
アジャイル・ガバナンスという概念をどのように捉え、中央省庁はどのように関与するべきかを議論できた有意義な時間になりました。また、今回のイベントレポートでは書ききれなかった深い議論もあり、参加者の学びに繋がったと思います。
今後もPMI Bureaucrat Communityでは、社会にイノベーションをもたらす新たなアイデアを実装する手法、ルールメイカーを創出するための人材を輩出する学びを提供してまいります。
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PMI Bureaucrat Community 運営メンバーのインタビュー記事もぜひご覧ください。
【前編】https://note.com/pmi/n/nf3afc467096e
【後編】https://note.com/pmi/n/n6c8260655e72