何のスキルも本当にいらないのは…
https://note.com/pmc117/n/n55184d08c3c1
上記の続きです。
深刻なお悩みや辛さ、どうしようも出来ないほど追い詰められたかのような心の切迫感…
そのような他人には想像を超えるような、深刻の一言だけで済まされないような話を打ち明けていただける方に向けて…
相槌だけでも「浅い」と思われないのは、「よほどの熟練者」だけかもしれません。
補足するなら「熟練者の中の、さらに達人」クラスではないでしょうか?
ごくたまに、熟練でなくてもハマることがありますが、何かしら前述のような条件などが伴っている場合ですね。
そうではなくて、前述のような条件もなく、いついかなる場合でも、ブレることなくコンスタントに高い質でできるかどうかです。
私も「聞いていますか?」と言われた時だけではなくて、良い感じで行ったケースもありましたので、"たまたま相性のようなもので"、そう行けるときもあるだろうとは思います。
(ですが、仕事で、たまたまや相性ばかりを期待するわけにはいきませんね。)
もちろん、スキルの熟練者や達人は、そこそこいらっしゃいますが、ここではスキルや理論理屈の話ではないことはお察しいただけると思います。
なんとなくですが、私が思っているのは、例えば、以下のような感じです。
在り方(Being)だけで、本当にすべて進められてしまう方
○ 肌感覚だけではなく、隅々まで血肉になっているのが熟練者の入り口?
○ 隅々の血肉だけではなく、骨身に染み込んで来ているのが熟練者の第一歩?
○ 全ての骨身に染み込むだけではなく、細胞まで創り変えられているのが熟練者?
○ さらに全ての骨格まで変容したのが、達人の入り口?
○ さらに魂そのものまで、根本的に変容したのが達人?
(今、なんとなく考えたので違っているかもしれません💦)
少なくとも「熟練者の入り口」になっていなければ、同じことをしようとするよりも補助スキルも活用するのが、有料でお越しいただけるリアル・クライエントへの姿勢だと、ほんわか倶楽部では考えています。
例えば、「熟練者の入り口段階」でも「先生」として、受講生に深く、すぐには消えない実感をかならず持たせられて、かつ本人の意思さえあれば、実力も付けてあげられるのではないか、と思います。
また、そこにシンプルな手順で、たとえ少しでも近づけるようにというのが、瞑想活動を始めた理由でもあります。
通常は、頷きだけでは足りなくなってくるため、他の基本スキルがあります。
スキル(Doing)は、在り方(Being)だけではカバーできないところを補う、白い杖でもあります。
在り方ばかりに頼ってしまうと、迷子になった時に戻って来れなくなりやすいです。
ですので、在り方(Being)とスキル(Doing)は、車の両輪となります。
基本スキルを血肉に近いところで自然と使えるようになっていて、初めて、その先の傾聴スキルが本当の意味では功を奏してくると思います。
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