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続・建築家思考の狭小住宅


東京の”まち”に暮らす狭小住宅の設計実例


これまでに書いたことを実際の設計でどう生かしたらよいのだろう?
東京の”まち”に暮らす狭小住宅の設計例として、
”工房のある家”の設計過程を振り返ってみる。
まずは土地探しの話しから・・・


土地探し


工房のある家”のお施主さんご夫婦は、
長い時間をかけて土地を探していた。
最初に見せてもらった土地は東中山にある、
ちょっとした丘の上にある60坪ほどの土地で、
その3分の1ほどの斜面地は大きな樹がたくさんある林だった。
斜面地ゆえ建物を建てる際は、
深基礎にするか杭を打つ必要があるかもしれない。
けどその林はとても魅力的だった。
ただこの土地は事情があってやめた。
よくよく調べたら、
土砂災害警戒区域の基礎調査予定地エリアに引っかかっていることが分かった。
不動産屋さんの資料にもこのことは明記されていなかった。


このまちが気に入ったから・・・


次にお施主さんから送られてきた土地の資料は、
東中山の土地とはがらりと変わって、
東京都内の椎名町(東京都豊島区)の、
住宅密集地にある13坪程の狭小地かつ変形地だった。
理由を聞いたら、
「このまちが気に入ったから・・・」
ということだった。
都心に住まう、というスタイルを模索していたようだ。

このお施主さんご夫婦はふたりとも、
大学院に行って建築の勉強をして、
今も建築の仕事をしている。
狭小住宅のことを分かったうえでの判断だった。
このご夫婦はこの土地を選ぶと同時に、
”まち”に暮らす、
という今後のライフスタイルを選択した。


設計条件の整理


まずは設計条件を整理をしておく。


1.小さい家に込める、大きな想い

お施主さん4人家族(ご夫婦+息子さん+娘さん)の主なご要望は以下の通り。
・家族の時間=絵を描き、ものを作る。→工房が中心の家
・ピアノを置きたい
・読書が好き
・緑と暮らす
・内か外か、曖昧な空間
・寝る場所は最小限(主寝室、子供部屋共)
・建物の構造はRC造(鉄筋コンクリート造)がいい
・駐車場(ガレージ)は要らない(カーシェアリングでいい)
・自転車置き場は必要
・ランドリースペースが欲しい

これらのご要望から導かれたテーマは、
家自体が工房であり、生活そのものが創造行為であるような家


2.狭小住宅であるということ

設計時に考慮すべきことは他にもある。
都心近くの狭小住宅に住むということはどういうことか?
家だけで生活が完結するのではなく、
まちや敷地周辺も生活環境であるといった考え方で設計できないか?


3.敷地及びその周辺との関係性

私が設計する場合は、もう一つ考慮したい点がある。
それは敷地及びその周辺との関係性、だ。
2の狭小住宅であるということ、に関連するが、
敷地周辺環境を積極的に受け入れ、
狭小住宅であるということへの一般解であると同時に、
この土地ならでは、という特殊解でもあるような住宅にする、
ということ。



これら3つと、
建物の構成、
建物の構造形式、
が無理なく重なり合ったときに基本設計は完了する。



敷地分析


私が設計をするときは、
まず敷地周辺をよく見て周って歩き、
敷地周辺図と1/100と1/50の敷地模型を作ることから始める。
上の画像がその敷地周辺図。


(上:敷地写真①)


(上:敷地写真②)


私が敷地で最初に注目したのは北側隣家間にある隙間。

そして次に注目したのは南側道路の反対側にある大きな樹だった。
少しゆがんだ街区がどんどん細分化されて、
その結果できたような今回の変形地とこの隙間。
住宅密集地の中で視線が遠くに抜けるこの隙間は、
使えるかもしれない。
この隙間の先には道路がある。
そこから敷地を見返して撮った写真が下。
隙間の先にさっきの樹が見える。
この北側隣家間にある隙間を敷地内へと延長させて、
その隙間を中心にして暮らす家、
というのはどうだろう・・・?


(上:敷地写真③)


隙間を歩く・・・テーマおよび建物の構成の検討


先ほどの隙間を敷地周辺図に重ねて出来たのが上のコンセプト図。
(上図の黄色い三角形の右側頂点が敷地写真③を撮った地点)
上図では西側隣家間の隙間もサブ要素として追加した。
北側隣家のパースの効いた隙間(メイン)、
西側隣家の間の隙間(サブ)、
を敷地内に延長したのが2本の黄色いゾーン。

建物の平面形は変形敷地の形状そのままに、
上記の黄色いゾーンを建物内に引き込むことで、
今回のお家を設計できないか?
このゾーンにある北側と南側の壁には大きな開口部を、
このゾーンにある屋根はすべてトップライトにする。
大きなトップライトになるが、
私が狭小住宅を設計するときは、
あえて大胆な設計をするようにしている。
小さな建物だからこそ大胆に、大らかに・・・

このお家ではこの黄色いゾーンを吹き抜け空間にして、
動線を集中させようか・・・?
1階から階から3階へ上がるときは、
北側のパースの効いた隙間に向って歩くことになり、
奥に行くほど幅も視界も狭まり、
2Fの寝室や3Fの洗面・浴室といったプライベート空間に辿り着く。
3階から1階へ降りる時は、
向かいの家の樹も見えつつ次第に空間の幅も視界も広がっていき、
この住宅で最も広い空間である1階のLDKに辿り着く。
さらに加えて、
2階の寝室や3階の洗面から出る時は、
西側燐家の隙間に向って歩く動線にする。
つまり”工房のある家”では、
2本の隣家間の隙間によって動線の位置や向きが規定されて、
その結果としてのプラン(間取り)となる・・・
つまり動線の位置を先に決める。
(※私の”間取り”についての考え方は「建築家思考の 間取り」をご参照ください)


キャンチスラブ・・・建物の構造形式の検討

(※キャンチスラブとは片持ち床のこと。片持ち梁のようにスラブが片持ちに出ているもの。)

ここで問題になったのは建物の構造形式。
鉄筋コンクリート造で建てることはお施主さんのご希望だった。
ただし高度斜線、道路斜線が厳しい変形地ゆえ、
普通に3階建てにすると屋根がとても複雑な形状になってしまうし、
3階の床面積も余り確保できない。(上のボリューム模型の画像を参照)

トップライトを設けるならフラットルーフにして、
足場を掛けなくても、
屋上からトップライトのメンテナンスが出来るようにしたい。
上の画像のボリューム模型にある上の赤い部分をなくせれば、
工事費においてもローコスト化できるだろう。
けどそれだと建物の高さは5.7m程になってしまい、
3階建てにするには高さが足りない。
足りない分は地下に埋めてしまおうか・・・


近隣のボーリングデータで表層から1mちょっとの深さまでが盛土で、
その下に関東ローム層のしっかりした地盤がありそうだと分かったこと、
そして道路の排水桝の深さから逆算して、
キッチンの排水をちょっと特殊な横引トラップを使えば、
1F床は地盤から900mmほど下げても自然排水できそうだと分かったこと、
これらのことから1Fを半地下にした。
このくらいの深さなら簡易山留でいけるし、
結果的には半地下にすることで支持地盤に直接建物を載せれるので、
地盤改良も深基礎にする必要もなくなった。

そうすることで埋めた分は建物の高さが稼げる。
それでも3F建てにするには高さがギリギリなので、
床の厚さを薄くする必要がある。
そこで思いついたのがキャンチスラブという構造形式。
キャンチスラブにすれば梁が要らないので階高は最小限に抑えられる。
そのアイデアスケッチと模型が下の画像。


天井高さは居室で2.1mほど、
浴室や洗面は1.9m、
ワークスペースは1.4mと低い。(ロフト、小屋裏収納)
けど中央に3層吹き抜けの6m程の天井高さの空間があるので、
窮屈な印象はないはず。

そしてこのキャンチスラブ案が決め手となって現在に至り、
実施図面が下の画像。


最下層の1Fの床以外は全てキャンチスラブ。
7枚のキャンチスラブで出来るお家。
スキップフロア状に一部床のレベルを変えることで、
色々な高さから、
色々な方向から、
樹を見ることができる。
キャンチスラブの厚みは基本200mmに統一することで、
壁の型枠を再利用しやすいようにしている。
これはCASA ESPIRALの時にも採用したローコスト化につながるアイデア。


路上で・・・というアナロジー


”まち”にいる時の主な体験として、
私が真っ先に思い浮かべるものに、
建物と建物の隙間にある道や路地を歩く、
というものがある。
そういった体験を家の中にも持ち込めないか、
そう考えて設計したのが”工房のある家”。


上図の2本の黄色いゾーンに配された動線は、
”まち”なかの隙間を歩く体験のアナロジーとしてある。

玄関を入って、
吹き抜け空間の手前にシマトネリコの樹、
その奥にパースの効いた(先細の)大きなテーブル、
そしてその一番奥に電子ピアノ、
そのように手前から大きいものを並べて、
それらの重ね合わせで、
小さい住宅だけど奥行の距離感を作り出そうとしている。
この吹き抜け空間自体も、
パースの効いた(先細の)空間なのでより効果的だと思う。
そして片側の壁面は3層分の本棚・・・

”まち”なかの路上で、
本を読んだり、食事をしたり、絵を描いたり、ピアノを弾いたりしているかのような、
そんな生活ができるお家・・・



設計の過程を大雑把に振り返るとこうなるが、
実際はこんなにすんなり進んだわけではもちろんない。
基本設計では何十という駄目になった案があった。
下の画像はその一部の模型たち。


その中で可能性のある考え方を少しずつ、
紆余曲折がありながらも積み重ねていき、
最後まで辿り着けたのが今の案である。


”まち”に暮らす 狭小住宅 ならではの価値観


"工房のある家"の設計過程を振り返ってみた。
”まち”なかの路上のアナロジー、
そう言ったところで、
実際はとても小さな家、ではある。

もちろん狭小住宅では特に、
出来るだけ広く感じられるように工夫するとか、
合理的な収納を工夫するとか、
そういうことも大事だと思う。
ただそれだけでは、
本当はもっと広い家の方がいい、
その前提から逃れられていない気がする。
”まち”に暮らす、
そんな狭小住宅ならではの価値観、が欲しいと思う。

狭小住宅を”ただ小さな家”と考えるのではなく、
”まち”に暮らす、
というライフスタイルとして考えなおすこと。
ただ小さくする、
のではなくて、
俳句のような、
坪庭のような、
茶室のような、
小さくすることで拡大する、
そこから外部の広い世界へと通じる回路を同時につくること。
小さなものに大きな可能性を入れ込んでいく、
そんな逆転の発想を大事にしながら、
狭小住宅ならではの可能性を今後も考えてみたい。
それが出来たら、
狭小住宅はもっと面白く、
もっと楽しいものになると思う。



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