初期ポルノグラフィティ最後の楽園を聞いて思ったこと
皆さんは、邦楽ポップスロックバンド、ポルノグラフィティ(以下ポルノ)のアルバムを聞いたことがありますか。彼らの代表曲のみ収録したベストアルバムだけ聞いたか、好きなシングル曲が収録されたオリジナルアルバムだけを聞いた人がいると思います。ブリは少年時代から現在まで、全てのポルノのオリジナルアルバム、ベストアルバムを聞きました。
ポルノは1999年のデビュー以降、岡野昭仁と新藤晴一(以下昭仁、晴一)による、2人体制になってからも、現在も活動を続けています。現時点で発表されたオリジナルアルバムは全部で12枚です。どれもおもしろい楽曲があり、幅広いジャンルを展開し、素晴らしいアルバムを出してきました。しかし、ブリが今まで聞いたオリジナルアルバムで、一番印象が薄かった作品があります。
2003年2月26日に発売された、『WORLDILLIA』(ワールディリア)なる、4枚目のアルバムです。「世界が小さな一つの楽園」という意味をこめた、アルバム名です。2023年で、発売20周年を迎えました。
収録シングル曲は、ポルノの代表曲『Mugen』、『渦』です。それぞれのカップリング曲から、『Go Steady Go!』、『ワールド☆サタデーグラフティ』が入っています。
ジャケットは、銀色の龍が天へ昇る様子で、虹色の文字で『WORLDILLIA』と書かれています。
このアルバムについて、ポルノファンに聞くと、こんな話が返ってきました。
ポルノファンの感想から、やっぱりブリの第一印象が薄かったことが、当たっていると気づきました。このアルバムは、バンドの多忙で、ポルノの作品で唯一ライブコンサートを開催しませんでした。そして、このアルバムはベーシストのTama(タマ)がいた、3人体制のポルノが最後に出した作品になりました。
とあるランキングサイトで、ポルノの人気アルバムのランキングでも、このアルバムへの評価が低いようで、下から3番目で、最下位に近い立場でした。『PANORAMA PORNO』『ポルノグラフィティ』と並んで、とにかく人気度が低いです。ライブツアー未開催、シングル曲とのバランス、バンドの多忙と疲れ、アルバムに対する評価が低いようですが、実はアルバム曲への評価は高いです。ブリは久しぶりにこのアルバムを振り返ると、意外と良いところがあります。
この記事では、ブリが久しぶりに『WORLDILLIA』を100周も聞いて、思ったこと、気づいたこと、おもしろいことをまとめました。散々な印象を持ったアルバムに対して、再評価する記事です。
☆飛躍してくる若いアーティストたち
2000年代の邦楽界は、若いアーティストたちへの世代交代が著しい時期でした。1990年代に活躍していたスーパースターたちの中には、まだ活動を続けていましたが、生き残ったのはわずかでした。
音楽CDのミリオンセラーが、2002年より減りました。1990年代は100作も超えた、シングル作品のミリオンセラーは、2ケタ程度になりました。音楽CDのミリオンセラーの記録が下降していきました。
21世紀の始まりを告げた、歌姫ブームはまだ続いていました。
そんななか、もう一つのブームが始まろうとしていました。邦楽オルタナティブロックバンド、ORANGE RANGE(レンジ)がメジャーデビューしました。レンジは沖縄のライブハウスで注目されて、レコード会社の目に止まりました。ここから彼らは後にヒット曲を飛ばし、邦楽界でブームを起こします。
ポルノはデビュー4年目のバンドで、ヒット曲を出し続けて、人気アーティストの仲間入りを果たしました。しかし、若いアーティストたちは続々と現れて、安泰でいるわけではありません。
☆多忙の中で作られたアルバム
2002年、ポルノは代表曲『Mugen』を発表して、ヒットしました。この楽曲は、NHKの日韓ワールドカップのテーマ曲に選ばれました。初めての日本武道館での4日間ライブを成功させました。ライブハウス、ホール、武道館、ライブ動員数を順調に伸ばしていました。でも、ポルノの活動は、ライブ活動が詰めこまれていたため、多忙でした。ライブツアーの間隔が短かったので、『WORLDILLIA』を引っさげたツアーはできませんでした。それから、ライブで歌えなかったアルバム曲が多いです。
何もかも多忙で、アルバムのコンセプトは、イメージがちょっとしか浮かびませんでした。アルバム名は、「世界が一つの小さな楽園」という意味をこめて、『WORLDILLIA』と名付けました。
英語の「world」(ワールド)、ギリシャ語の「アルカディア」、英語の「シャングリラ」、これらは日本語で「楽園」「理想郷」という意味です。
☆テンションがとにかく坂道
ブリ少女はこのアルバムを聞いて、今までのポルノのアルバムより、楽曲の感触が全く違うと思いました。当時、このアルバムに対して、シングル曲しか聞いていなくて、全体を通して聞くと、とにかく楽曲の流れがだるかったです。おそらく、アルバム収録時間がもともと長く、メッセージ性が難しくて、すぐに良さが分からない楽曲の雰囲気が、だるく感じたと思いました。
シングル曲とアルバム曲のテンションの落差も、このアルバムの印象が微妙と感じた原因でした。アルバム全体の良さに気づくまで、時間がかかるものでした。
初めてこのアルバムを聞く、ポルノファンに伝えたいのは、テンションがだるくなったら、1曲ずつ聞いてみてください。慣れたら、少しずつ全体を聞いてみてください。サブスク配信のダイジェスト再生で、一気に聞いてもいいです。
前作のアルバム『雲をも掴む民』より、社会的メッセージ性が減って、誰でも共感できるテーマになりました。でも、前作より内向的で暗い雰囲気があって、明るい雰囲気であふれる感じがしません。まさに「ポルノ上級者向け」だと思います。歌詞は、何が伝えたいのかすぐに分からないと思います。ゆっくり読んで、思ったことを軽く考えるだけでいいです。
☆夢に集う情熱と欲望
このアルバムは、全体的に人間の闇と、脆い精神面に焦点を当てた、楽曲が多いです。シングル曲もそんな内容になっています。
シングル曲『Mugen』は、サックスとトランペットとドラムが盛り上がり、コーラス隊が楽曲の合間に入って、リスナーを応援するビッグバンド風ポップス曲です。夢と目標へ向かう主人公が、周りの圧や現実の困難によって、くじけそうな迷いを抱えていました。でも、周りに対して、「夢を目指すことがおかしいか」と問いかけて、それでも夢を追いかけていきます。夢を掴んだ者、夢に敗れた者、それぞれには「夢」という無限の力が生み出す情熱があると、歌ったものです。
2002年のサッカーワールドカップで、当時のサッカー日本代表、各国のチームに重なる心境があります。邦楽界で活躍する、ポルノ自身も「夢」を追いかけて、周りの圧やヒットが交差するなか、今の音楽活動があります。
カップリング曲『Go Steady Go!』(ゴー・ステディー・ゴー)は、夢を追いかける人を歌う『Mugen』と違って、応援する人々に向けたオルタナティブロック楽曲です。世界が変わって、将来の不安がありながらも、主人公は大切な人の夢を励ましていきます。相手とともに夢と未来を信じて、歩みたい気持ちをこめた楽曲です。
タマの作曲は、J-POPによくある、分かりやすいメロディーと複雑な展開ではなく、終始リフを奏でる、ロック作風のメロディーになっています。単純なリフの構成ですが、途中で違った展開を突然入れるので、クセがある作風です。
シングル曲『渦』は、人間の底なしの「欲望」を官能的に描き、底から響くベースとバラバラに叩いたドラムを奏でた、ダークなジャズ風ロックです。シャワー室での男女が、欲望に誘われて、許されざる性愛に溺れます。さびしさから温もりを求めたい男性。離れずに心を満たしてほしい女性。それぞれの欲望が、排水溝にできた『渦』に現れています。短いひと時の欲望を求める、人間のおさまらない感情を描いています。
タマのどこまでの下げたチューニング、変わったメロディー進行が独特な楽曲です。
カップリング曲『ワールド☆サタデーグラフティ』は、ノリノリで楽しい、ポップスギターロック曲です。彼女に振られた主人公は、ひとりぼっちで過ごしていました。知らない街や国への憧れをめぐらせて、元気を出そうとする主人公を描いています。上海、ニューヨーク、東京、港区青山、下北沢、日本国内外の魅力的な街が登場します。
ちなみに、「グラフティ」と書いてありますが、「ポルノグラフィティ」なるバンド名と違って、この曲名は誤字ではありません。皆さんは間違えないようにしましょう。
☆小さな楽園の光と闇
アルバムの幕開けを奏でる楽曲『CLUB UNDERWORLD』は、真夜中のナイトクラブに集う、人間の欲望と現実逃避を描いた、ジャズ風デジタルロック曲です。
逃避、嫉妬、憎悪、苦痛、演技、願望、人間の本性は複雑で、全てが思い通りに叶っても、欲望と感情は尽きないと、クラブの店員は感じたのです。
晴一の歌詞は、とにかく人間の醜さと葛藤を生々しく描いた、テーマが多いです。幻想的な世界観を通して、人間の本質を考えさせられる歌詞があります。
『元素L』(エレメント・エル)は、ギターロックのバラード曲です。人々が行きかう街で、主人公は安心できるパートナーを求めていますが、特別な人間関係を築けないままでいました。街の人々が忙しく、周りに無関心でいる、冷たい環境が主人公を孤独にさせています。恋愛の難しさ、愛情の不安定、言葉足らずの想い、自問自答、愛の苦しさ、これらの化学反応が集まったのは、「愛」という元素なのです。街を舞台に、人間の孤独を描いた歌詞です。
初期から続く「デッサン」シリーズの楽曲、『デッサン #3』は最後のシリーズ楽曲です。パートナーと別れた主人公は、誰にも頼らない生活を過ごしています。でも、パートナーとの思い出を忘れることができず、春の季節を過ごすのでした。静かなドラムとギターの演奏、小さな打ちこみが主人公のさびしさを表しています。
ある時代の国で、貧しい少年と美しい少女の格差と、結ばれない人間関係を描いた、ギターロック曲『カルマの坂』。「カルマ」とは、「因果応報」を意味して、自分の行動が周りに良くも悪くも現れます。歌詞を語るような歌い方をする昭仁、ストーリーを盛り上げるギターとベースを奏でる、晴一とタマ、リスナーに悲劇の少年少女のストーリーへ誘いこみます。
生きるために食べ物を盗む貧しい少年、人身売買で街に来た美しい少女、社会の格差と不平等のなかで、救いのない人間劇がこめられています。
このアルバムは、昭仁が作詞と作曲を手がけた、楽曲が非常に良いと気づきました。歌詞は人間の精神面、感情を比喩にこめた歌詞が優れていて、共感できる内容です。
『惑星キミ』は、宇宙の神秘を愛の美しさに重ねた、スローテンポのテクノ曲です。愛する人を想う主人公は、星のように美しい相手に、心を開くように、愛を伝えていきます。落ち着いた歌い方、語尾のフォール、透明感ある昭仁の歌声に、吸いこまれます。
『ヴィンテージ』は、レゲエ風テクノポップス曲です。英語で「年代を重ねた名品」を意味する曲名は、成熟した深い愛情を描いています。主人公は終始、強い意志を持っています。愛することに迷うパートナーに、愛情で重要なことを教えます。愛は確かめ合っても、縛られても、溺れても、人間関係は成熟しないと主人公は語ります。主人公はパートナーのそばにいて、時間をかけて、愛することを誓います。年代を重ねたワインのように、成熟した愛情になることを願うのでした。ブリはこの曲が推し愛に通じるような、考えだと思いました。
とある名作映画のパロディーのような曲名、『素晴らしき人生かな?』は、だらしない男性のぼやきを歌う、スローテンポなジャズ曲です。タマがトランペットを吹きました。恋人も、酒も尽きた男性は、しがらみや圧から解放されました。劇的な出来事がなくても、こういう人生もありだと歌詞の最後につぶやきます。歌詞の3点リーダー「…」と疑問符にこめた、心境が伝わります。
最も気に入ったのは、『朱いオレンジ』(あかいオレンジ)なる、オーケストラ風ポップスバラード曲でした。自分の心を偽って、強さを求めるあまり、本当の自分の気持ちを閉じこめてしまったと気づいた主人公は、本当の自分を取り戻したいと叫びます。ここまで精神面を細かく描いた歌詞に、ブリは驚かされます。
アルバム最後の曲である『くちびるにうた』は、シンプルなメロディーを響かせる、ミニマム風ポップス曲です。星空も希望もなくした世界に、わずかな希望があると信じて、音楽に希望を乗せて、奏でていく優しい楽曲です。
歌詞の最後に、『CLUB UNDERWORLD』の冒頭に登場した「猫」が登場します。もしかしたら、夜が明けたあのクラブの様子でしょう。
☆初めてのインスト曲収録
『WORLDILLIA』は、ポルノのアルバムで初めて、歌詞のないインスト曲が収録されました。『dedgedilli』(ディジュディリ)と題した、ギターソロ曲です。晴一のギターソロ、タマのベース、盛り上がるドラムとキーボードが、上昇するテンションを奏でています。晴一の自由自在なギター演奏を楽しめます。
ちなみに曲名の由来は、晴一がこの楽曲のイントロを口ずさんで、浮かんだ言葉です。ドレミの音を表す言葉ではありません。
☆3番目に収録時間が長いアルバム
このアルバムは発売当時、今までのアルバムより収録時間が長くなりました。全14曲で、62分23秒もある収録時間は発売当時、ポルノ史上最も長いものでした。次回作『THUMPx』(2005年)は偶然、このアルバムと同じ収録時間です。
現在は、1番最も長い『PANORAMA PORNO』(2012年)の66分44秒、2番目の『暁』(2022年)の63分4秒と並んで、3番目に最も長いオリジナルアルバムの収録時間です。
☆本当は良いジャケットを頼んでいた
『WORLDILLIA』のジャケットは、実は中途半端な状況で生まれたデザインになりました。
メンバーは、「ビョークのミュージックビデオのような、ジャケットにしてほしい」と頼んでいました。ビョークとは、アイスランド出身のアーティストです。とにかく奇抜で、独特な世界観が強いミュージックビデオを生み出しました。しかし、デザイナーもメンバーも多忙で、発売直前までジャケット写真の完成に間に合わなくて、あの銀色の龍のジャケットになりました。
もっと時間をかけていたら、素晴らしいジャケットになっていたかもしれません。
☆ファンクラブ限定イベントに
アルバム曲『CLUB UNDERWORLD』は、後にファンクラブ限定のライブコンサート名の由来になりました。「FANCLUB UNDERWORLD」と題して、ポルノの公式ファンクラブ限定のライブコンサートが開催されました。
ファンクラブ限定のイベントは、主にライブツアーでめったに演奏しない楽曲、特定のアルバムをコンセプトにしたイベント、リクエストに答えたファンサービスなど、ポルノを聞きこんだラバッパー(ポルノファン)に向けた内容になっています。現在、合計5回のイベントを開催しました。
☆没になった収録曲
実は『WORLDILLIA』には、収録が没になった楽曲がありました。
2002年に開催されたライブツアーの映像作品で収録されたボーナストラック、『LIVE ON LIVE』なる楽曲でした。アルバム収録曲を選ぶ時、メンバーは曲名に「LIVE」とあるのが合わないと気づいて、アルバムへの収録が没になりました。このアルバムに入れたらよかったのにと思いますが、やっぱり収録時間が長くなって、だるくなるでしょう。
ちなみに、『LIVE ON LIVE』はスタジオ録音されたバージョンは収録されていません。唯一ライブ音源が、シングル曲『EXIT』のカップリング曲として収録されました。
ライブ活動を大事にする、ポルノの熱意をこめた楽曲です。
☆まとめるとバランスは微妙だが隠れた名曲は満載
以上、ポルノのアルバム『WORLDILLIA』への再評価、アルバムにまつわる逸話をまとめました。
このアルバムは、収録時間が長く、一見メッセージ性が分かりにくい歌詞が多く、シングル曲とアルバム曲の温度差が微妙です。
でも、考えさせられる歌詞があって、人間の精神面と脆さを細かく描いていて、聞きごたえがあります。あなどれないアルバム曲があります。特に、昭仁の作詞が次第に成長してきたような気がしました。
まとめると、「楽曲のバランスは微妙だが、隠れたポルノの一面が聞けるアルバム」です。考えさせられる、さびしさに共感できる歌詞が好きな人におすすめします。
「夢」は、人間の底知れぬ力を引き出すものです。人を成長させたり、新しい自分に変わることができます。時には挫折を味わうものです。「夢」は、魅力あふれるものです。しかし、夢にある「欲望」は、どこまでも増えていきます。「欲望」から人間の楽園は築かれていきました。文明が発達しても、人間の「欲望」は枯れません。時に悪が生まれて、人々を悲しくさせました。
ポルノは音楽の「夢」で生きてきて、時に「欲望」が向かい合わせでいる、音楽のビジネスで活動しています。「夢」から生まれた音楽は、人々に無限の可能性を与える要素なのです。
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