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サブカルチャーの終焉とアイドル

碧ちゃんは日本のサブカルチャーに幻滅をしています。

本来、サブカルチャーというのは?という事を解説します。

例えば、本屋の書籍を見てもほとんどが欧米の物ですよね?世界では欧米中心の考え方で回っていて、でも、世界には欧米以外の国や文化が沢山ある訳です。欧米中心の文化に対してアフリカ、ラテンアメリカ、アジアなどの文化、そういうエスニックな文化を、欧米以外にもこういう考え方あるよ?と提示したのが、欧米文化に対するカウンター・カルチャー、つまりサブカルチャーな訳です。

日本のサブカルチャーでは、例えば、日本にヒップホップやハウスミュージックやレゲエといったサブカルチャーが輸入される際に、ヒップホップやレゲエだったら人種差別問題や貧富の格差とか、ハウスミュージックだったら性差別問題といった事が本来はルーツにあるのに、その政治性は漂白されて、何か最先端なオシャレなモノとして輸入されてきた歴史があります。


結果、日本のサブカルチャーはどうなったか?というと、オモチャになりました。本来、現実を変える為の手段だったサブカルチャーが、日本では現実逃避の道具と成り果てたのです。

決定的に日本のサブカルチャーに幻滅した出来事は、5年位前にSEALDsって大学生の子達が学生運動をしたんですよ。それまでデモとかお爺ちゃんお婆ちゃんのやるものだったのに、冊子とかプラカとか凄く洗練されたデザインにして、サウンドデモとかコールとか取り入れて、サブカルチャーで戦っていくぞ!という意志を感じて、私、これ本来のサブカルチャーだ!って衝撃が走ってSEALDsのデモにはよく参加していました。でも、日本のサブカルチャーの大人達はそれを冷ややかな目で嘲笑していたんですよ。
あれが、自意識が肥大して政治から切り離された形骸化したオシャレなだけの日本のサブカルの末路だと思いましたね。
今の政治見てどうですか?
あの時点で安倍政権の危険性を訴えてたSEALDsは、若者の未来への本能や、先見の明があったとしか思えないんです。


そりゃ、日本の音楽でも凄い人いましたよ。忌野清志郎さん、江戸アケミさん、ECDさん、最近だとmoment joonさんとかですかね。でも、清志郎さん以外はインディペイデントやアンダーグラウンドの枠から出れなかった。ここに日本の音楽の限界を感じます。


なんだろう…、日本の音楽はガワの方のクオリティは高いんだけど、上記のアーティストのような"熱量"というのは軽視されてきたと思います。日本のサブカル人は"人からどう見られるか?"という自意識が肥大し過ぎて、クールにオシャレにスマートだったり、おちゃらけたりする事が評価され、泥臭い熱量みたいなモノが評価されなくなりました。

アイドルの話をしたいと思います。

先日、ツイッターで、#検察庁法改正案に抗議します というハッシュタグを使って、沢山の芸能人が意志を表明しました。中でも私の目に入ったのは小泉今日子さん、きゃりーぱみゅぱみゅさん、秋元才加さん、ミスiDだと町田彩夏さん、他にもミスiD子達がハッシュタグを付けてツイートしていたり、アイドル、元アイドルの方達です。

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アイドルって"偶像"って言いますよね。サブカルチャーの中では一番現実逃避な分野だと思います。そのアイドルが政治について言及するとか、なにか凄い変革が訪れてるのではないか?と思いました。

"偶像"の役割を押し付けられ過ぎた結果、自意識を破壊するレベルに到達してると思います。

日本人って制約かけられた方が、制約を破壊する為に、よりクリエイティビティを発揮する習性があるんじゃないかと。

例えば、ZOCとかだと元少年院の子がいたり、引きこもりの子がいたり、タバコ吸ってパチスロの写真アップしたり、アイドル的なお人形さんじゃなくて、もっと泥臭い人間的な部分を表現しています。これはサブカルチャーが自意識で失った熱量がアイドルという分野で花開いてるのではないか?と思いました。


碧ちゃんは、音楽界隈よりアイドル界隈の方が面白い事が起こってるのではないか?と思い、去年ミスiD2020に応募しました。カメラテストで落ちたんですが、その間ミスiDのいろんな子達と交流したり、イベントやったりして、みんな魅力的な面白い子達ばかりでした。みんな無意識かもしれないけど、女の子が抑圧されてる事とか、ルッキズムの事とか感じてるのを感じました。


で、今年もミスiD受けます。動機は審査員に香港デモシストの女神こと周庭さんがいるからです。今、ミスiDで知り合った子と曲作ってるし、またイベントしたいし、ミスiDの女の子達と新しいカルチャーを作りたいです。

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