【サシ劇台本】土方歳三の恋
琴:土方歳三には、上洛前に婚約者がいた。それが琴。
内藤新宿からほど近い戸塚村の三味線屋の看板娘。
近所でも評判の美人。
土方歳三:新選組副長。豪胆で知勇を兼ね備えている。
あえて、鬼を演じているが、相手を思いやるやさしさがある。
土方が、部屋に入ってくると清々しい風が吹いたと言われる。
モテてモテて困ったらしい。
琴:歳三様…。ほんとに行かれてしまうのですか?
土方:ああ…。行かねばならぬ。
儂は、近藤勇という男と一緒にやっていくよ。
もう名前は決まっているんだ。
琴:なんていう名前ですか?
土方:(少し溜めて)
…「新選組」だ。
琴:まぁ。「新選組」よい名前ですね。
新しい風を吹き込むって意味かしら?
土方:うむ。いい線をいくな。
さすが、儂の婚約者じゃ。
2つの意味がある。
ひとつは、「新しく選ばれた者たち」
この者たちと一緒に日本を変えていこう。という意味じゃ。
そして、もうひとつは…
琴:もうひとつは?
土方:武家伝奏(ぶけてんそう)から賜ったのじゃ。
琴:武家伝奏?
土方:うむ。そうか。お前は、
三味線屋の娘だから、知らんか。
琴:…はい。不勉強で申し訳ありません。
土方:よいよい。
武家伝奏というのはな、
室町時代からいま(江戸時代)にかけてある、朝廷の職名のひとつじゃ。
琴:はぁ…。難しくてよくわかりませぬが、
朝廷からの命を受けて活動するということでしょうか?
土方:うむ。そうじゃ。
琴:そして、新時代を担うべき
優れた人たちが集まった組織ということですね?
土方:うむ。さすが儂の婚約者殿。頭がよい。
いまの日本のままでは、西洋に負けてしまう。
そこで、我らが命をかけて日本を変えていかねばならぬ。
西洋に勝つには、日本が恐れられる存在にならなければならない。
そして、その任務を賜ったのが近藤や儂、そして未来ある青年剣士たちだ。
たしかに、命の危険がさらされる日々になるだろう。
けれど、日本が変わるためには、儂の命など惜しくはない。
だが、お前といたら、命が惜しくなって、任務に支障が出る。
だから、儂はお前を連れて行くわけには行かぬ。
わかってくれ!
琴:命、惜しくなっていいではありませぬか。
どうか連れてってくださいまし。
土方:ならぬならぬ。
お前がなんと言おうとならぬのじゃ。
儂を困らすな!
琴:嫌でございます。嫌でございます。
琴は、離れとうございませぬ。
(そういいながら、琴は、土方に抱きつきながら泣く)
土方:こらこら。人がみとる。
泣くでない。むしろ喜んでおくれ。
お前の未来の夫の旅立ちじゃ。
日本を変える男の妻になるなら、泣くでない。
琴:未来の夫?
土方:ああ…。しぶとく生き残ったら、
他の者に任せられるようになったら、儂のところに嫁いで来てくれぬか?
琴:(パッと顔が明るくなり)
もちろんですわ!嬉しゅうございます。
わかりました。笑ってお見送りします。
行ってらっしゃいませ。
そして必ず迎えに来てくださいませね。
土方:ああ…。必ず迎えに来る。待ってろ。
それだけいうと、私の愛しい人、歳三は、
風のように去って行ってしまった。
【完】