さくらと時計と万年筆
これからする話は、ボクが30歳のころの話だ。
当時、ボクはある女性とお付き合いをしていた。
しかし、彼女に別れを切り出され、
ショックのあまりあてもなく街を歩いていた。
しばらくして、顔をあげると、
さっきまで「僕らがいた店の方向」へ急いでいる男がいた。
その男の着こなしは、流行りと王道を上手く取り入れていた。
コートは、ダブルトレンチコート。色はネイビー。ととてもお洒落だ。
ここまで、センスがいいのは、ファッション関係なのか、
それともモデルなのか?そんなことを思った。
なぜならその人物はとても背が高く、
引き締まった肉体、男の色気を装備していた。
男のボクでもそのカッコよさ、美しさに魅了されてしまう。
そんな男だった。
こんな完璧な男が、いるなんて……。
そんな気持ちになった。
そして、立ち尽くしてしまっていたボクだが
男が、「赤レンガの街」への行き方を、
幾人かの人に訊(たず)ねているのが、目に入った。
男は、1秒でもはやく目的地に向かいたいんだ!
といわんばかりに、急いでいた。
その姿かたちが、ボクと彼女が別れる原因になった男、
彼女が本気になってしまったという男によく似ていた。
そこでボクは、別れの悲しみを抱えたまま
この男のあとをつけて行った。
すると男は、ある店の前で止まった。
その店は、ボクがさっき彼女と別れ話をした店だった。
その店の前に、彼女がボクと別れ、
一緒になりたいと思った男の特徴を持つやつが、
とても照れながら、どきどきしながら
何度もオロビアンコの時計を見ながら誰かを待っていた。
すると、10分もすると、とても愛らしい女性が来た。
どことなく、元カノに似ている。
そう思って見上げると元カノだった。
そう。彼は、ボクの予想通り、
僕らが別れることになった理由の人物だったのだ。
そして、目の前にはさっきまで
「ボクの彼女」だったさくらが、男のもとへ駆け寄り、
世界中の笑顔を集めたのでは?というぐらいの笑顔を
ボクではない男に向けていた。
それを見たとき、ボクはこの街から消えよう。と決意した。
でも、まだ彼女が好きなボクは、
彼女からもらったNative(ネイティブ)の時計は返せずにいた。
それだけじゃない。
未練がボクを縛り付け、
どんどん旅立ちの日を先送りにさせる。
しかし、これでは結局旅立てない。
この街からも。彼女からも。
そこで、ボクは次の満月の日に必ず旅立つことを決めた。
そして、本当は、ボクが渡すはずだった「モンブランの万年筆」と手紙は、
マスターに託すことにした。
あえて誰からかとは言わずに黙って手紙と「万年筆」を
渡してもらうことにした。
すると、突然電話がなった。さくらだった。
とても怒っていた。なんで邪魔するのと。
それを聞き、まだボクにもチャンスがあると思い、
ボクはあの店に向かった。
そして、あのイケメン彼氏からなんとしても奪い、
この街じゃないどこかでふたりで暮らす。
そんな未来を夢見ながらボクは走り出した。
ふたりの季節が、いま再びはじまろうとしていた。
時刻は、午後6時をさしていた。
★Native(ネイティブ)の時計→ヤコブ・ワグナーによる北欧デザイン。
★モンブランの万年筆→高級万年筆ブランドの最高峰に君臨する。
品質はもちろんのこと、デザイン性も高い。
★ダブルトレンチコート→トレンチコートの王道。男らしいダブル仕様。クラシックテイスト。風格がある。
★オロビアンコの時計→機能性と芸術性を追求し続けている時計、上品で洗練されたデザインが魅力。