【tears〜好きになっちゃだめなのに〜】
【tears〜好きになっちゃだめなのに〜】
……。
俊一、そんなに優しくしないでよ。
なんでだ?
だって……。
俊一には、婚約者がいるでしょ?麗子さんっていう……。
……。
こころから聞いたわ。
……。
そうか。
だからほっといて。
……。
そうはいってもだなぁ。
なんれすか?
なんかもんくあるんれすか?
……。
ないけどさ、お前、飲み過ぎ。
はあ?そんなことありまへんよ?
わたし、よってなんかないれすからね?
ほら、らいじょうぶでしょ?
(立ってみせるが、ふらつく)
……。
全然大丈夫じゃないじゃないか。
ほら。支えてやるから、帰るぞ。
いやれすよ。
今日は閉店まで飲むんれす。
……。
なにがあった?
はあ?なにがあったれすって?
あなた、バカれすか?
……。
バカでいいから、教えろ。
イヤれすよ。
なんでだよー。
そんなのじぶんれ考えなさい。
ねー。マスター?
はぁ……。
ん?マスターは、知ってるの?
ええ。まぁ。
じゃあ教えてよ。
ですが……。
雫さんが、ダメとおっしゃってますからね……。
じゃあヒントだけ。
ヒントならいいでしょ?
……。
それなら。
ありがとう。
で。ヒントは?
雫さんが、飲んでるカクテルです。
(俊一、雫のカクテルをチラ見する)
カカオフィズですよね?
さようでございます。
コレがヒント?
はい。といいますか、
答えかもしれませんね。
答え?
わかりませんか?
ごめん。わからない。
仕方ない方ですね。
特別ですよ。
スペシャルヒント。
カクテル言葉です。
カクテル言葉……。
……。
ちょっと調べてもいいですか?
ええ。
(俊一、カカオフィズのカクテル言葉をググる)
えっ……。
そうだったんだ……。
そりゃ飲むよな……。
でも、誰を想って、雫は胸を痛めているんだろう……。
雫を泣かせるなんて……。
なんてひどいやつだ。
……。
答え、おわかりになりましたか?
ああ……。
「恋する胸の痛み」
そうですよ。
だから、そっとしておいてあげてください。
それが、あなたにできる優しさと謝罪でしょうね。
えっ?
なんで、俺が謝罪?
おやおや。
カクテル言葉を知ったのに、
ちゃんとわかってないんですね。
誰を想ってのことだと思ってるんですか?
それは…。俺の知らない誰かだろ?
雫は、妹のような存在だし。
はぁ……。
ここまで、鈍感な方も珍しいです。
雫さんはね、貴方が好きだったんです。
でも、あなたが妹のようにしか見ていないこと、
婚約者がいること知って諦めようとなさってるんです。
でも、忘れられないから、
飲めもしないのに、
ああやってずっと何杯も何杯も飲んで、
わざと、男を誘惑してみせたりしてるんです。
なのに、あなたという方は……。
ほんとに、鈍感ですね。
そして、残酷だ。
これでは、雫さんがかわいそうです。
ですから、私からお願いします。
もう、彼女の前に現れないでください。
……。
そうだったのか……。
でも、マスター、だとしても
最後のはおかしいよな?
俺が鈍感で傷つけたのは、
事実だとしても、
マスターが俺にもう雫の前に現れるな。
いう権利ないよな?
……。
権利はありますよ?
えっ?まさか……。
ええ。わたくし、雫さんが好きですから。
好きな女の子を傷つけるものは、
すべて排除します。
たとえ、僕を一人前に
育ててくれた人だとしても。
……。
そうか……。
なら、仕方ない。
だけど、雫が、
お前のことを好きになるかは、
別の話だ。
……。
そうですね。
ですが、わたくしなら、
俊一先輩のように、
彼女を傷つけることはないです。
だから、あなたも婚約者と
雫さん両方を手に入れようなんていう
セコい考えは捨てなさい。
あなたは、とっとと「政略結婚」を受け入れて
愛のない結婚生活を楽しめばいいのですよ。
ご自分の気持ちより、地位や名誉、
見栄、親への忠誠心を重要視したんですから。
わたくしに、雫さんへの
アプローチをするな!という権利は、
あなたにはないのです。
婚約破棄して、雫さんを選ばない限り。
……。
わかった。
ならよろしいです。
お引き取りください。
いや。それはできない。
なぜでしょう?
いま、おわかりになったと
仰られましたよね?
ああ。
だから、いまここで、電話して
婚約破棄する。
そして、後日、雫が酔ってない時に、
結婚を前提の交際を申し込むよ。
(ガシャーン)
あっ。失礼しました。
(俊一、勝ったというような顔でニヤリ)
それじゃ。そういうことで。
……。
わかりました。
それなら、こうしましょう。
3ヶ月後に、行われるカクテルの大会で、
あなたが優勝したら、
わたくしは、雫さんを諦めます。
その代わり、わたくしが、
あなたより高得点を出したら、
二度と雫さんの前に現れないでください。
……。
あゝ。
では。大会で。
お帰りは、こちらです。
あ、ああ。
その前に、彼女に、1杯だけご馳走させてほしい。
……。
いいでしょう。
なにになさいますか?
……。
ブルドックを。
なるほど。
そうですか。
これは、わたくしへの宣戦布告とも取れますね?
……。
そう思うなら、それでもいい。
俺は、彼女にさえ、
意味が伝わればいいんだから。
……。
まるで、漱石のようですね。
素直にストレートにいわず、キザな、
カッコつけた言い回しをするところなんかそっくりです。
う、うるさい。
やはり、末裔というだけあって
DNAにそういうのが
組み込まれているんでしょうかね。
厄介な。
でも、負けません。
彼女が二度と、悲しみの涙を
流さないですむように、
私はあなたに勝ちます。
覚悟してください。
自分が育てたバーテンダーに
こてんぱんにされるのを。
……。
ああ。楽しみにしてる。
もし、本当に勝てたら、「真の意味で卒業だな」
おまえは、無意識に俺を越してはならないと
思っているところがあったからな。
そんなことはないです。
あなたを超えたくて頑張ってきたんです。
そんなことあるわけ……。
あるんだよ。
俺もそうだった。
憧れの人が自分なんかに
負けるってのがイヤでな。
ずっと、自分が下になるように
しちゃっていたんだ。
もちろん、そのことに気づいたのは、
皮肉にも俺の憧れの人が俺に負けた時だったよ。
そして、その大会っていうのが10年前の同じ大会だ。
怖いぐらいに縁があるよな。
しかも、今回は恋の行方とお前が俺を倒して、
俺から旅立てるかの試験だ。
とても楽しみだよ。「マスター」
そう先輩はいい、挑戦状代わりに1杯のカクテルを
ボクに作っていった。
そのカクテルは、ボクがこの道に入るきっかけになった
先輩の代名詞といえるカクテルだ。
なのに……。
一口飲んで「超えられる」と思ってしまった。
そして、超えたくないと思っている自分がいたことに
気づいてしまった。
そのせいか、ちょっぴり複雑で、
ナイーブでしょっぱかった。
そう。まるで、涙で作ったような悲しく
美しいカクテルだ。
僕がこの10年間、目指してきた
特別な1杯。その名は、teras。
そして、今日も
「好きになってはいけない人を
好きになってしまった」乙女たちを、
この1杯が癒やしているのだろう。
そう思いたくて、ボクは負けることにした。