俺たちバブル入社組〜もし半澤直樹がつい浮わついてリクルートに入っちゃったら〜

第一章:入社直後の疑問

1980年代末、バブル経済が最高潮に沸き立つ頃。
総合商社や都市銀行を蹴って「リクルートコスモス」を選んだ半沢直樹は、社内の熱気に圧倒されながらも、どこか胸騒ぎを覚えていた。たしかに景気は右肩上がり、現場も活気に満ちている。しかし、まるで“何かの陰”を感じる。

会社説明会で見せられた、壮大なビジョンと総合不動産企業としての果敢な挑戦――そのカリスマ性は、リクルートの創業者・江副浩正に端を発しているという。
「江副さんって、いったいどんな人なんですか?」
ある日の昼休み、同期の女性社員に尋ねると、彼女は表情を弾ませた。
「リクルートをゼロから創り上げたすごい人らしいの。若者にチャンスを与えたいっていう信念があって、“江副塾”なんて呼ばれる研修も昔はあったみたい。でも最近は、大きな案件や裏の交渉に専念しているみたいで、社内でも姿を見かけないのよね」

リクルートコスモスの源流をつくった男。偉大すぎるその影――それがやがて、半沢の人生にも大きな波紋を起こすことになる。

第二章:初対面――「あなたが半沢くんか」

入社して三か月たった頃、総務部の会議室で突如呼び出された半沢は、小さな説明用のプロジェクターを準備しながら落ち着かない気分に陥っていた。
「創業者の江副さんが、本社に来る。しかも、若手社員の話を直接聞きたいそうだ」
上司はそう言うと、半沢に対して「ドジを踏むなよ」と念を押す。

そして迎えた夕刻。
会議室のドアが開き、姿を現したのは、背筋の伸びた60代ほどの男性。ガラスの奥から覗く瞳は鋭いが、一方で物腰は柔らかい。
「初めまして。あなたが半沢くんか」
手渡された名刺には「リクルートグループ創業者・江副浩正」とある。彼は半沢が恐縮して挨拶するのを待たず、会議室の椅子にスッと座ると、周囲の取り巻きに目配せをした。

「いま、うちの不動産開発は攻めの姿勢を崩していない。若い人材の新しいアイデアが必要なんだ。君は、どう思う? やりがいはあるかね」
江副は言葉尻こそ穏やかだが、その内側に強い意志を宿しているのがわかる。半沢は背中に汗をかきながら、素直に胸の内を話した。
「はい、成長の真っ只中にいる実感はあります。ただ……どこか勢いがありすぎるようにも感じます。正直、このまま突き進んで大丈夫なのかと……」

すると江副は少し考え込むように視線を落とし、口を開いた。
「成長には痛みが伴うこともある。まだ君には見えない部分もあるだろう。だが、リクルートコスモスは“社会に新しい価値を作る”ために生まれた会社だ。私は、それを信じているよ」

半沢は、その曖昧な言葉の裏にある深い何かを感じ取ったが、問い詰めることはできなかった。

第三章:未公開株の囁き

リクルートコスモスでは、政界や官僚との“太いパイプ”が重宝されていた。公共事業や再開発案件を獲得するために、政治家へのアプローチが必要不可欠だったのだ。
そんな折、社内でまことしやかに囁かれ始める“未公開株”という言葉――。
「あの議員先生、ウチの未公開株を安い値段で手に入れてるらしい」「官僚の息子さん名義で株を押さえてるって話だぞ」

半沢も、業務で目にする書類から薄々感じていた。普通であれば手続きが厳重になるはずの株式譲渡が、やけに隠密かつ高速で処理されている。総務部の先輩がひそひそ声で教えてくれた。
「この件、江副さんはどう思ってるんだろうね。創業者としては“グレーなやり方”を嫌うって噂もあるけど、会社が大きくなるにつれ黙認してるって話もあって……。どうなんだろう?」

バブルの熱気が乱舞する中、理想と現実のはざまで揺れる江副の姿が、半沢の頭から離れなくなる。

第四章:江副の沈黙――銀座接待で見た“闇”

ある夜、銀座の高級料亭で大物政治家を招く接待が行われることになった。総務部の新人という立場もあり、半沢は裏方として準備や会計を任される。華やかな着物をまとった女性社員が次々と客を迎える中、その場に「江副も顔を出すかもしれない」という噂が流れる。

「もし江副さんが、この接待の実態を目の当たりにしたら、どう動くんだろう……」
そう胸中でつぶやきながら、半沢は控室に隠れるように待機していた。

しかし接待が佳境に入っても、江副は現れない。政治家と幹部連中は高価な酒に酔いしれ、軽口混じりに「未公開株の件は抜かりなく頼むよ」と囁いては、女性社員の肩を抱く始末。生々しい“金と権力と女”の図――そこには、創業時の「若者にチャンスを」「社会を変える」という理想など微塵も感じられない。
(いったい、江副さんの思いはどこにいったんだ?)

すると、廊下の奥で足音が止まる気配。そっと襖を開けると、そこには江副の姿があった。だが彼はほんの数秒、“接待”の部屋を見つめたのち、険しい表情を浮かべ、そのまま何も言わず踵を返して去っていった。
(やっぱり、何も言えないのか……)
半沢はその背中を見つめながら、得体の知れない虚無感に襲われる。

第五章:創業者の本心

数日後、オフィスの廊下で江副に行き会った半沢は、抑えきれない思いを口にした。
「江副さん、あの夜、銀座で行われた接待を見ていましたよね。あれがリクルートのやり方なんですか? “社会のために”という信念は、いまどこにあるんですか?」

場違いな直言だとわかっていたが、どうしても胸にわだかまる疑問をぶつけずにいられなかった。
江副は少しの間、黙っていた。周囲の社員が息を飲む。その沈黙が重くのしかかる中、彼はゆっくり口を開く。
「……創業して間もない頃は、ただ純粋に情報を提供し、人が活躍できる場を広げることが全てだと思っていた。だが、企業が大きくなるにつれ、否応なく“政治”や“権力”と付き合わなければならない現実がある。私にも抗いきれない大きな波だよ」

まるで心底から憔悴したような表情で、江副は続ける。
「それでも私は、リクルートが持つ可能性を捨てたくない。どんなに汚い手を使ってでも、最終的に社会へ新たな価値が生まれるのならば――そう自分に言い聞かせているんだ」

その言葉に、半沢は反論できずにいた。汚いことを知りながら、理想のために進み続ける。これもまた一つの“真実”かもしれない、と。

第六章:崩れ出す城――リクルート事件の衝撃

程なくして世間を震撼させるスキャンダルが表面化した。政治家や官僚への“未公開株”譲渡が公になり、各メディアがこぞってリクルートグループを報道。連日、テレビや新聞は「リクルート疑獄」と騒ぎ立て、会社の信用は急速に失墜し始める。

すると、事態の収拾を図るために、江副もまたメディアの前に引きずり出される。かつては“情報革命の旗手”と呼ばれたカリスマは、フラッシュの嵐にさらされ、追及の声を浴び続けることに。社内では、多くの役員がこの混乱に乗じて責任の所在を江副一人に押し付けようと動き始めた。
「創業者が勝手にやったことだ」「我々は詳細を把握していなかった」
そんな白々しい言い訳を聞くたびに、半沢は憤りを隠せない。

それでも江副は、一切の弁明をしないまま、役員会で「リクルートコスモスを含め、全ての経営実務から身を退く」ことを宣言。長年築き上げた企業を離れる決断を下した。
――企業の“理想”を語っていた男が、これほど脆く散っていくものなのか。半沢は呆然とするしかなかった。

第七章:最後の会話

オフィスを引き払う直前、江副はわずかな時間を割いて半沢を呼び出した。
「君には、気を悪くしたかもしれない。私は最後まで会社と“理念”を守ることができなかった。だが、これだけは信じてほしい。私は本気で、情報と人材が社会を変えると思っていたんだ。そこに嘘はない」

会議室の窓辺に佇む江副の背中からは、もはや以前のカリスマ性は感じられず、一人の“敗軍の将”のような寂しさだけが漂っていた。
「いつか、私のしてきたことの中から何か“いい種”だけが残ってくれれば……そう思う」

その言葉は、まるで懺悔のようにも聞こえた。

第八章:去る者、残る者

リクルートコスモスは未公開株疑獄のあおりを受け、組織再編や幹部の大量辞任が相次いだ。総務部でも多くの社員が去り、半沢もまた心を決める。
「俺は、ここで何もできなかった。だが、これ以上この組織に留まるのは違う」

辞表を提出する半沢を、上司は冷ややかに見送る。
「せっかく大企業に入ったのに、これから先どうやって食っていくんだ? 世の中そんなに甘くないぞ」
しかし半沢はきっぱりと言い切る。
「甘くなくても、筋を通さないまま残るよりはいい。俺は……“不正を、正す”道を探します」

かくして半沢は、混乱渦巻くリクルートコスモスを去った。その後のバブル崩壊や金融危機の時代を迎える中で、江副の“創業の理念”は多くの汚濁とともに人々の記憶から薄れ、歴史の一ページへと押し込められていく。


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