俺たちバブル入社組〜もし、半沢直樹が手違いで東芝に入ってしまったら〜

序章:まさかの“誤配”内定

昭和60年代後半、バブル経済の熱気に浮かされた日本。就職活動も華やかさを極め、大手金融や総合商社を狙う学生がひしめき合う中、当時大学四年生だった半沢直樹は迷うことなく銀行を志望していた。
しかし――ある手違いが起きる。担当教授と東芝の大学推薦枠がなぜか混線し、気づけば“東芝”から正式な内定を受け取ってしまったのだ。
「俺、銀行志望だったんだけどな……なんでこうなったんだ?」
戸惑いながらも周囲の友人に聞けば、「東芝も大企業だからいいじゃないか」「技術系じゃなくても事務方で出世できるかもしれないぞ」と口々に後押しされる。加えてバブルの空気は「細かいことは気にするな」と背中を押してくる。

かくして半沢は大手電機メーカー・東芝へ入社することとなった。まさか、その選択が後に地獄を味わう入り口になるとも知らずに――。

第一章:新人配属先と“テヘランからきた男”

入社式を経て、希望とは異なる“経営企画部”配属が決まった半沢。だがそこは、手厚い研修やバブル期ならではの潤沢な予算もあり、なかなか面白そうだった。
「うちは技術立社、ものづくりが魂だ。だからこそ、企画や管理部門も“しっかり経営を支える武装集団”でなきゃいかん」
と上司が鼻息荒く説明する。バブルの追い風もあり、東芝は海外進出を加速していた。特にイランをはじめとする中東市場への拡大策を進めているという。

そんなある日、先輩社員が顔を曇らせながらこう漏らした。
「今の経営上層部に“テヘランからきた男”と呼ばれる人物がいてな……非常にクセが強くて、若手にむごいパワハラをするらしいぞ。専務だか常務だか、とにかく出世頭で、そのうち社長になるんじゃないかって話だ」
その名は、西田厚聰。イランの現地法人で辣腕を振るい、帰国後一気に駆け上がったという経歴から「テヘランからきた男」と呼ばれているのだとか。

半沢はそのとき、漠然と「いかにも武闘派のエリートがいるんだな」ぐらいにしか思わなかった。まさか自分がその人物と直接かかわることになるなど、想像だにしていなかったのだ。

第二章:暴君の片鱗

バブル真っ只中の東芝は、国内外の大型プロジェクトを次々に手がけていた。原子力事業・半導体投資・海外のプラント建設――。
半沢も経営企画の一員として、海外案件の原価計算や事業性評価を手伝わされる。しかし、現場から上がってくる資料はどれも楽観的。ついこの間まで赤字寸前だった部門が突如「見込み利益大幅アップ!」などと報告をよこすのだ。
「バブルだから景気がいい、というのもわかるけど……どこか無理があるような」
そんな疑問が膨らむなか、上司がため息交じりに言う。
「おい半沢、お前の書いたレポートが西田専務(※当時の肩書とする)に回るらしいぞ。気をつけろ。彼は結果しか見ないからな」

西田厚聰――その名を耳にするだけで社内の空気がピリつく。彼は数字の矛盾やミスには容赦なく食いつき、時には怒声や机叩きも辞さないという。もっと悪いのは、担当者だけでなく周囲までも「お前らまとめて給料泥棒か!」と一括して詰めること。
「関わりたくはないが、上がそう言うなら仕方ないね。どんな人物か、一度直接見てみたい」
半沢は内心で闘志を燃やす。銀行マン志望だったプライドか、“数字”だけは誤魔化さない自負があった。

第三章:西田との初対面

数日後、突貫で仕上げた事業プランの評価レポートを提出するため、半沢は部長に付き添って役員フロアへ足を運んだ。そこに待ち受けていたのは、険しい顔の男――西田厚聰。
「専務、資料をお持ちしました。本日はご足労いただきありがとうございます」
部長が頭を下げるが、西田はそれを一瞥するだけ。
「で、この新人がまとめたレポートとやらは、どんな内容なんだ?」
声には冷たい棘がある。半沢が緊張して資料を渡すと、西田は早速ペラペラと捲り始めた。

「ふん、シミュレーションはいいが、こんな御託並べて“赤字になりかねない”だの“リスクが大きい”だのと書いてあるじゃないか。なんだこれは? 大企業が挑戦する前に尻込みしてどうする!」
バン! と机を叩き、瞬く間に檄が飛ぶ。
「いいか、この事業は会社にとって次世代の屋台骨だ。将来性は“絶対”にあるし、投資判断をブレーキかけるなんざバカのやることだ。バブルのうちに海外で稼ぎまくるのが先決だろうが!」

半沢は食い下がる。
「専務、もちろん将来性は認識しております。しかし、現地の政治リスクや設備費の膨張を考慮した場合、事前に慎重な対応を……」
「うるさい! お前は新人のくせに“慎重”などと抜かして大企業病を助長するのか? いいか、東芝は侍なんだよ。腰が引けた奴なんていらないんだ!」

あまりの剣幕に、部長は顔面蒼白。半沢もぐっと唇を噛んだ。
(これが“テヘランからきた男”のやり方か――すさまじいパワーだが、どこか理不尽すぎるだろう)

第四章:徹底した締めつけと“ドブさらい”

それ以降、半沢は西田専務の“監視対象”のようになってしまった。
経営企画部から提出されるレポートには細かなダメ出しや怒鳴り声が飛ぶ。「二度と同じ失敗はするな」と言われた先から、新しい容赦ないタスクが降ってくる。しかも短期で成果を求められ、失敗すれば「アホか、お前は東芝の恥だ!」と罵倒。

「半沢、あれを至急やれ。締め切りは明後日だ」
「はい、わかりました。ただ、データがまだ揃っておらず――」
「だったら徹夜で揃えろ! 残業代? バブルなんだからいくらでも出してやるよ。でもできないなら今すぐ辞表を書け!」

まるで精神を削る“パワハラ三昧”。追い詰められる中、半沢は怒りを抑えながら作業を続ける。
(これが会社を支える原動力だとでも言うのか? 確かにバブルの勢いは本物かもしれないが、このまま行ったら取り返しのつかない歪みを生むんじゃないか…)

深夜まで働き、土日も出勤し、気づけば同期の中でも半沢だけが異様なまでの業務量を負わされていた。噂によれば、西田は人の弱音や隙を「ドブさらい」と呼んであげつらうのが好きらしい。部下がヘトヘトになって泣き言を言い出すと「お前のドブをさらってやるよ」と高笑いするという。

第五章:耐えかねた抗議

ある朝、限界の表情をした半沢を見かねた先輩が耳打ちした。
「西田専務はな、自分がイラン赴任時代に必死で勝ち取った事業を見て、常に“攻めて勝つ”ことを正義だと思ってる。まぁ、その結果が今や『社長候補』と目される出世街道さ。でも、あれは一種の狂気だ…」

やがて、社内で噂が立つ。西田専務の後押しで拡大を続ける海外事業の一部が、実は利益を誇張しているのではないか――。そのことを匂わす内部報告書が経営企画部に届いたのだ。
しかし、西田の威圧に怯え、誰もが真相究明に尻込みする。
「余計なことすんな」「西田さんに目を付けられたくない」
臆病な上司たちは口を揃える。一方で半沢は、このまま黙っていれば会社が危ういと感じ始めた。

ついに半沢は覚悟を決め、部長を通さずに直接西田専務へ面談を求めた。
「専務、今期の海外プロジェクト収支があまりに不自然です。現地法人の数字を精査すべきかと思いますが」
案の定、西田の形相が変わる。
「お前はまた会社の成長を止めるつもりか? 好景気を最大限に活用して突き進む今、損失だの不正だの穿り返してどうする!?」
「ですが、このままでは……」
「いいから黙れ!」

怒鳴り声とともに書類が床に叩きつけられた。
「バブルが弾ける? 失敗する? そんな弱音を吐く奴は、東芝に要らないんだよ! さっさと企画部を出て行け!」

第六章:社長就任と地獄の始まり

やがて、西田は専務から副社長、そして電光石火のスピードで社長に就任する。バブルの勢いで海外案件を連発した“武功”を買われたのだというが、社内では「裏ではかなり強引に数字を作り上げているらしい」と噂されていた。
「これでますます西田さんは絶対的な権力を握るな……」
先輩たちは憔悴しきった顔でささやく。

予感は的中した。社長になった西田は、自らを“総大将”と呼び、役員会議でも強権を振るった。経営企画部に下されるノルマはさらに過酷になり、全社横断のプロジェクトを統括するために半沢の残業は際限なく増える。
西田の方針に意を唱えようものなら、「反逆者」「アホウ」「口だけ野郎」と罵倒され、評価は地に落ちる。そんな社内環境を指して、人々は「これこそが西田流パワハラ」と口を揃えるが、誰も止められない。

バブル経済のまばゆい繁栄を背景に、東芝の業績は表面上は好調に見えた。しかし、半沢が知り得る限りでも海外子会社の赤字先送りや、国内事業の帳簿操作らしき動きがちらほらある。
「このままだと、いつか一気にほころびが出る。それで会社ごと壊滅してしまうんじゃ……」
震える思いで仕事を続ける日々。だが、西田社長の圧政は止まらない。

第六章:社長就任と地獄の始まり

やがて、西田は専務から副社長、そして電光石火のスピードで社長に就任する。バブルの勢いで海外案件を連発した“武功”を買われたのだというが、社内では「裏ではかなり強引に数字を作り上げているらしい」と噂されていた。
「これでますます西田さんは絶対的な権力を握るな……」
先輩たちは憔悴しきった顔でささやく。

予感は的中した。社長になった西田は、自らを“総大将”と呼び、役員会議でも強権を振るった。経営企画部に下されるノルマはさらに過酷になり、全社横断のプロジェクトを統括するために半沢の残業は際限なく増える。
西田の方針に意を唱えようものなら、「反逆者」「アホウ」「口だけ野郎」と罵倒され、評価は地に落ちる。そんな社内環境を指して、人々は「これこそが西田流パワハラ」と口を揃えるが、誰も止められない。

バブル経済のまばゆい繁栄を背景に、東芝の業績は表面上は好調に見えた。しかし、半沢が知り得る限りでも海外子会社の赤字先送りや、国内事業の帳簿操作らしき動きがちらほらある。
「このままだと、いつか一気にほころびが出る。それで会社ごと壊滅してしまうんじゃ……」
震える思いで仕事を続ける日々。だが、西田社長の圧政は止まらない。

第八章:反撃の火種

心身ともに限界が近い。同期の一人は過労で倒れ、先輩は退職を検討している。そして半沢自身も「このまま何も言わずに西田社長の言うとおりに動くのが正しいのか?」と自問が絶えない。
ある夜、こっそり作業していた半沢は、海外事業のファイルをチェックするうちに重大な事実に気づく。
「これは……現地法人が抱える莫大な負債がカバーされてない。バブル景気でもとても埋められる金額じゃないぞ。もしこれが公になれば一気に経営危機になるんじゃないか?」

それだけではない。会計上の処理も怪しく、まるで粉飾と呼んでもおかしくないやり方でカモフラージュしている。誰が主導しているのかは書類だけで断定できないが、西田が関わっている可能性は高い。
「数字をごまかしてでも海外拡大を演出し、社長の椅子についた――そういうことか……」
半沢は怒りと悔しさで膝が震えた。だが同時に、社内にはこの不正を糺すまともな手段がなさそうだ。全員が西田社長に怯えて動けない。

第九章:決断――半沢の退社

結局、半沢は自らの将来と良心を秤にかけ、退社を決意する。これ以上、会社の不正とパワハラに耐えながら仕事を続けるのは無理だ、と悟ったからだ。
退職願をしたため、部長に差し出すと、案の定「何を考えている!」と叱咤される。
「せっかく大企業の東芝に入れたのに、こんなバカな辞め方をするやつがいるか! 西田社長の目に触れたらお前なんか……」

と、ちょうどそのタイミングで、西田本人が廊下を通りかかる。視線が合ったとき、ニヤリと不気味な笑いを浮かべ、こちらに近づいてきた。
「お前、辞めるのか。良い心掛けだ。どうせ腰抜けだと思っていた。会社を変える力もないくせに、リスクばかり語る能無しがいなくなるのは歓迎だよ。こんな奴、どこに行っても通用しないだろうがな!」

冷たい嘲笑を浴びせられたが、半沢は気を吐く。
「俺が甘かったことは認めます。しかし、いつか会社が本当の危機を迎えたとき、あなたのやり方がどれほどの犠牲を生むか、必ずわかる日がくると思います。俺はそのとき、ここにいたくない――それだけです」

一瞬、西田の表情が硬直したが、すぐさま軽蔑の笑みに戻った。
「勝手に抜かせ。お前ごときに会社の未来は語れんよ」

こうして半沢は東芝を去る。大企業への幻想が砕け散ったまま、バブルの熱狂が残る世の中へと放り出されたのだった。

エピローグ:壊滅への序曲

その後、バブル崩壊や国際情勢の変化により、東芝の海外事業は立ち行かなくなり、やがて西田社長の手法にも深刻な疑念が投げかけられるようになる。
粉飾や不適切会計が表面化し、多額の損失が露呈。さらには原子力事業での巨額投資失敗などが重なり、東芝は深刻な経営危機に陥っていく――。

(もし、あのとき会社が内部から声を上げていれば、違う未来があったのだろうか)
半沢の中には、いつまでもやりきれない思いが残る。だが、彼が選んだのは“辞める”というかたちでの抵抗だった。正しいかどうかはわからない。ただ、あのまま耐え続けていたら心が壊され、会社に呑み込まれていたかもしれない……。

“テヘランからきた男”――西田厚聰。その苛烈な手腕はバブル期に東芝を一時的に輝かせたが、その影にあったパワハラと暴君的リーダーシップが、多くの社員の心と会社の未来を徐々に蝕んでいったのは間違いない。

もしも半沢直樹がバブル期に“何かの間違い”で東芝に入ってしまったら……。

その現場で味わう苦しみと挫折は、彼にとって忘れえぬ傷となっただろうが、同時に“組織の腐敗や不正には絶対に負けたくない”という、のちの半沢直樹の行動原理を強固にしたのかもしれない。

――巨大企業で起こる理不尽と狂気。その暗部を知ってしまったからこそ、半沢は次なるステージで“不正を正す”ことに全力を注いだのだ。まるでそれが、自分自身を取り戻す唯一の道であるかのように。


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