【短編小説シリーズ】　僕等の間抜けたインタビュー　『面影を求めてないのに』

柿谷 はじめは25歳の社会人の男。百代 栄香は17歳の高校生の女。二人は共に歩く。
彼等は友人、とは違う、「ありがとう」を言い合う仲。様々な場所に行き、のんびりとした時間を過ごす。話す。話す言葉はお互いに踏み込まず、傷付けない。妙に哲学じみてて馬鹿げてる。そんな日々を切り取って、彼等は笑っている。

柿谷はカキタニ、カキヤ、どっちの呼び方かは本人もあまり分かっていない。呼び方など、どうでも良いのだ。百代は柿谷を認知しているのだから。
百代は柿谷と共に出掛けている事を周りに秘密にしている。理由はない。ただ、刺激が欲しい彼女は自分を騙しているのだ。
二人共、小説に浸っていたからなのか、耽美に陶酔している。愚かにも、この関係を楽しんでいる。

発端

二人の出会いはカフェだった。隣同士席に座り携帯端末をいじっていた。二人がふと隣の端末を横目で悪気なく見ると同じ携帯小説を読んでいた。お互いにその状況に驚き、その驚く相手を見て相手も同様だと理解した。
二人は意気投合し、携帯小説について語り合っていたが、話題が尽きた頃にはお互いの素性が気になっていた。お互いに連絡先を交換し、その後も会うようになった。
二人は会う事をお互いの素性を知る『インタビュー』と呼んだ。今となっては、それもない。ただ『インタビュー』に行こうとお互いに行きたい場所を指定して会っていた。
関係は曖昧を極めていた。彼等は寄り添ってはいるが繋がろうとはせず、お互いにお互いの距離を保っているが、立場を尊重しお互いへの理解を深めている。
二人共、適当に生きていた。余計な気力はなく、ただ二人はお互いの行きたい所に行き、漂流していった。

面影を求めてないのに

百代は高校時代の友人二人と喫茶店で女子会をしていた。友人の名前をフルネームで言えない百代は友人の二人をそれぞれ『ベイちゃん』、『すみたん』と呼んでいる。何故そう呼んでいるのか、経緯を思い出せそうで思い出せない。

「栄香って凄いメイク上手だよね」
「え、そうかな？」
「そうだよー！ね？そう思わない？」

ベイちゃんは看護師を目指し看護学校に入った丸顔の女性だ。身長も低く童顔である事から、今でも高校生の頃の制服を着ても高校生になりたての少女に見える程には愛嬌のある人だが、彼氏の運には恵まれず、彼女自身不運続きである。人付き合いは得意だが、気疲れしない百代とすみたんの事は気に入っていた。

「んー、栄香はふわふわしたメイクが多いけどアイシャドウばっちり濃く決めてもウチは似合うと思うよ。目力強いもん」

すみたんはモデルの経験がある程の美形だが、本人は虫が好きであり、昆虫の研究の為に理系の偏差値の高い大学に入った。自分を曲げる事が苦手で高校の頃はミステリアスな美女として持て囃されていた。周りとの関係を避けていた彼女に対してもフラットに接していた百代とベイちゃんを面白く思い、以降仲が良い。

「いや、すみたんじゃなきゃ無理でしょ。キリッとしてないもん私」
「いけるいける」
「羨ましいなーそういうメイク出来るの。私じゃ子供が大人の真似してるみたいだよ」
「ベイちゃんはそのままで可愛いんだから、それで良いんだよ」
「でも最近栄香ってすっごい綺麗じゃない？大学生パワー？」
「気のせいでしょ」

すみたんはパフェを食べつつ、窓の外を眺めている。

「えー？気のせいじゃないよねすみたん」

ベイちゃんの言葉に生返事をするすみたんを百代が小突く。

「何考えてんの」
「あ？ごめん。良い草だなって」

窓の外にある自然を指差すとベイちゃんは身を乗り出して覗こうとする。

「っていうか、私の話ちゃんと聞いてよね」

ベイちゃんが姿勢を戻し服の乱れを整える。

「ごめんなさーい。で？何の話？」
「栄香が綺麗になったね急にって話」
「恋じゃないの？」
「適当言うな」

百代がメロンソーダを飲みながら眉をひそめる。

「いや栄香そういうけど自分で思った事ない？綺麗になったなとか」
「ないよ」
「嘘だぁ〜」
「ないの！」
「そっかぁ〜……ま、でも綺麗になってるのは事実だから」
「良かったね栄香！もっと喜んだら？」
「……わ、わーい」

百代の様子にベイちゃんとすみたんが溜め息をつく。

「え？本当に恋してないの？」
「うん」
「本当に？なんか栄香っていつの間にか男がいたとかあるからさ、男の気配ありそうなんだけど」
「ないって本当に」
「もし気になる人がいたら相談とかしてよね〜私で良ければ相談乗るからさ」
「ベイちゃんに相談はやめとくわ。すぐ別れそう」
「なにそれー！」

三人が笑う席から少し離れた席に男性が座る。百代がその男性をふと見ると、その髪型は柿谷のものだった。一瞬柿谷がいると思った百代は焦りを隠せなくなるも、そんなはずはないと精一杯平常を装い、メロンソーダが少量残ったグラスを一気に空にする。

「てかすみたん早くパフェ食べ終わってよね」
「もうなんか良いや。ベイちゃん食べてよ」
「えー良いのー！ラッキー！」

ベイちゃんがすみたんの食べかけのパフェを勢いよく食べ始める。

「すみたんさ、ちょっと相談したいんだけど」
「ん？」
「いつもお世話になってる人にプレゼントでお菓子渡すのって変かな？」
「……具体的にはどんなの？」
「クッキーなんだけど」
「あー、まぁいいんじゃない？その人の好みにもよるけど、色んな味あった方が楽しめるとウチは思うよ？」
「だよね！良かったー」
「ちなみに渡す相手は？」
「友達だよ。年上の」

ベイちゃんがパフェのグラスにスプーンを入れる。

「ごちそーさま！」
「はや」
「いっぱい食べると幸せだよね」
「流石すみたん私の事分かってるね！」
「幸せなのは良い事だよ」
「その通り！」
「ベイちゃんの幸せを浴びれて嬉しいわ」
「ウチも」
「苦しゅうない苦しゅうない」
「じゃ、そろそろ出ます？」
「出ますか」
「調子に乗りましたすいません」

三人が席を立ち会計に向かう道の途中、百代は先程の男性を確認するが、その男性は柿谷とは別人だった。それを確認すると、何故かそっと安堵した。その時の自分の感情に百代は違和感を覚えた。

「栄香？どしたの」

ベイちゃんの言葉で我に返る。

「んぁ？......あー、いや、なんでもない」

百代は財布を出し、メロンソーダの代金を支払った。