【短編小説シリーズ】　僕等の間抜けたインタビュー　『遠い様で近い予定』

柿谷 はじめは25歳の社会人の男。百代 栄香は18歳の高校生の女。二人は共に歩く。
彼等は友人、とは違う、「ありがとう」を言い合う仲。様々な場所に行き、のんびりとした時間を過ごす。話す。話す言葉はお互いに踏み込まず、傷付けない。妙に哲学じみてて馬鹿げてる。そんな日々を切り取って、彼等は笑っている。

柿谷はカキタニ、カキヤ、どっちの呼び方かは本人もあまり分かっていない。呼び方など、どうでも良いのだ。百代は柿谷を認知しているのだから。
百代は柿谷と共に出掛けている事を周りに秘密にしている。理由はない。ただ、刺激が欲しい彼女は自分を騙しているのだ。
二人共、小説に浸っていたからなのか、耽美に陶酔している。愚かにも、この関係を楽しんでいる。

発端

二人の出会いはカフェだった。隣同士席に座り携帯端末をいじっていた。二人がふと隣の端末を横目で悪気なく見ると同じ携帯小説を読んでいた。お互いにその状況に驚き、その驚く相手を見て相手も同様だと理解した。
二人は意気投合し、携帯小説について語り合っていたが、話題が尽きた頃にはお互いの素性が気になっていた。お互いに連絡先を交換し、その後も会うようになった。
二人は会う事をお互いの素性を知る『インタビュー』と呼んだ。今となっては、それもない。ただ『インタビュー』に行こうとお互いに行きたい場所を指定して会っていた。
関係は曖昧を極めていた。彼等は寄り添ってはいるが繋がろうとはせず、お互いにお互いの距離を保っているが、立場を尊重しお互いへの理解を深めている。
二人共、適当に生きていた。余計な気力はなく、ただ二人はお互いの行きたい所に行き、漂流していった。

遠い様で近い予定

柿谷と百代は自宅で携帯のやり取りをしている。

『キャンプしてみたくない？』

柿谷の提案に驚いた百代は一旦携帯を置き顔を両手で拭う。

『良い場所知ってるの？』
『ちょっと遠いけど駅からちょっと歩いた所にキャンプで人気の山があるんだ』
『良いけど、何するの？』
『焼いたマシュマロが食べたくて。えーちゃんは食べたい？』
『食べたい！！！！』
『じゃあマシュマロ焼こう。ついでにバーベキューとかも』
『キャンプ道具とか持ってないんだけど私』
『実家からキャンプ用具を借りてきた』
『すご』
『ちょっといつもの感じとは違うけど、どう？』
『良いね』

柿谷から腕で大きく丸を作る犬のスタンプが送られてくる。

『柿谷君の誘いはいつもすごいね』
『すごい？』
『センス抜群』
『なるほど』
『いつにするの？』
『来週はちょっと僕が厳しいから再来週かな』
『土曜が良い』
『じゃあ土曜かな』
『了解！』
『日帰りで良い？』
『私泊まりでも良いよ？』

柿谷のメッセージを打つ手が止まる。

『日曜日も暇だし』
『良いの？』
『キャンプで宿泊って実は私した事ないんだよね』
『寝袋とか持ってる？』
『ちょっと探してみる』

百代は自室から出て百代の母がいるリビングに行く。

「お母さん寝袋ない？」
「え、なんで」
「ちょっと友達とキャンプしよって話になって」
「お泊りするの？」
「うん」
「良いじゃない！ちょっと工具箱とか入ってる場所探してみて」
「わかった」

百代が物置を探すとカーキ色の寝袋を発見する。

「これかぁ……使えるかな」
「あった？」
「あった」
「他になんか必要なものとかある？」
「あ、ちょっと待って聞いてみる」

百代が携帯を取り出し柿谷にメッセージを送る。

『寝袋あった』
『お、いいね！』
『なんか他に必要なものある？』

柿谷の返信を待つ間の百代は嬉しそうに小躍りする。

「なんか元気ね栄香」
「楽しみなんだもん」
「お友達とキャンプ、私もやったなぁ若い頃」
「そうなんだ」
「数人で川辺でバーベキューやったの！その時私が気になってる男の子も一緒でね？」

百代は目を大きく開いて母を見つめる。

「びっくりでしょ？そう。お母さんその時恋してたの。実はその人が、今のお父さんなの！」
「うわ、マジで？凄いね」
「私ずっと一途で、キャンプの時はチャンスだなって思ってた」
「キャンプどうだった？」
「日帰りだったんだけど、キャンプしてると自然とお話し出来てね？良い思い出だなぁ」
「じゃあ楽しみだなぁ私も」
「栄香は何人で行くの？キャンプ」
「……今のところ4人、くらい？」
「その中に男の子はいる？」
「……いるよ」
「凄い！私の時と一緒だ！」
「いやお母さんと違って、その子は好きな子じゃないから」
「あ、そうなの」
「そうだよ」
「そっかぁ〜」
「何残念そうにしてんの」
「栄香の恋バナが早く聞きたいなお母さん」
「なんでしなくちゃいけないのお母さんに」
「ドキドキしたいのこの歳になっても」
「じゃあまた好きな人が出来たらしてあげるから」
「高校の頃に付き合ってた子は今どうしてるの？」
「春から父親の知り合いのところで働くんだって。大学落ちちゃったみたいで」
「あらーそうなの」

携帯に柿谷からのメッセージが届く。

『食べたり飲んだりしたいもの持ってくればOK！あとは僕に任せて』

百代はそのメッセージを確認すると寝袋を自室へ運んでいく。

「あとは大丈夫だ」
「本当に？また何か必要になったら早めに言ってね」
「分かったー」
「いつキャンプ行くの？」
「再来週かな。その時は向こうで泊まる」
「そう。気を付けてね」
「言うの早いよ」

百代が自室の扉を閉めると期待に胸が高鳴っている事に気が付いた。遠い様で近い予定を手帳に書き込みつつ、ベッドに横たわり、天井の向こうにある明日を清々しい気分で望んだ。