夜の世界は「情」の世界(アーカイブ)
もう15年以上前のこと、風俗業の片隅で生きていた俺に、22歳の知り合いの女から電話があった。
その女が19歳の時、俺と知り合った。一時期は俺とセフレ関係だった。
その頃の俺は人生の中で一番太っていて、黒いシャツの胸をはだけて着ては乱暴な言葉使いをし、毎日違う誰かとセックスをするような男だった。
そんな俺と知り合うくらいだから、お世辞にもまともな素性の女ではない。
俺はエロの業界で一度も挫折を味わったことがなかった。それは今もそう。俺はエロの才能があった。エロに関係する仕事は全て上手くいった。昼の仕事がボロクソで屈辱しかない時期も、夜の世界では神がかっていた。自分で言うかって話なんだけど、謙遜して言っても、俺は天才だと思った。
そんな天才の俺に、22歳の元セフレの女が電話で言う。
「彼氏と風俗店を始めたいと思うんだ。アキラにアドバイスを貰いたいから、彼氏と一緒に行っていいかな」
「・・・ああ・・・はあ・・・」
最近付き合い始めた彼氏らしかった。
少しげんなりしたが、まあいい。
「会うよ」俺は言った。
翌日、2人と会った。事務所には部外者を入れない流儀だったので、近くのファミレスで待ち合わせることにした。ハンバーグを焼いた脂の臭いが充満しているような店だ。
そこで俺は、「そういう」商売をやりたいってどういうことなのか聞いた。
彼氏は結構出来る男らしくてね。当時35歳くらいかな。事業計画書と書いた分厚い資料を持ってきていた。
あー・・・と俺は思ったけど、仕方なくペラペラとめくる。いろいろマーケティング用語を駆使して書かれていた。バカな俺にはよく分からない横文字ばかりだ。
「へえ、かっこいいね。意味が分からないけど。」
1分でチラチラ見て、俺は言った。
「やめときな。向いてないよ」
事情は聞いていた。もともとコンサル会社っぽいところで働いていたらしい。学歴も輝かしいものがあるし実績も十分。しかし、ある不祥事で解雇されたという。
不祥事をやらかして失業した男が、まともな商売ではなく、風俗業をやりたいなんて言うわけ。
「彼ほどの能力があれば、風俗では敵なしだと思うんだけど。」それが恋人である彼女の評価だった。
だが、そいつがやらかした不祥事がどんなものか簡単に想像がつく。二度と戻れない一線を越えてしまったのだろう。どうせカネか女のことだ。落ちていく人間は、出会う女もまともではなくなり、まともな考え方も出来なくなり、やることが安っぽくなる。
そして、これだ。
俺が向いてないと告げると、びっくりしていた。すいません、出直します、資料を作り直すのでまた見て頂けますか?彼氏はそう言った。
「それは構わないよ」俺はそう言うと、がんばれよって言いながらそそくさと店を出てきた。それから二度と会うこともなく、どちらからの電話も無視し、出ることはなかった。
優秀なのは分かる。優秀「だった」んだろう。でも、向いてない。風俗では一瞬たりとも成功できない。絶対に成功できないから、努力すら止めたほうがいい。
今からでも遅くない。その女と別れてまともな人生に戻れ。
夜の世界のことが何も分かっていない。
彼ら2人が分かっていないのは、夜の仕事、特に風俗は「情の世界」だってこと。
マーケティングとかの理屈の世界じゃないんだよ。
「風俗嬢」という「オンナ」のことを、きっときみは理解出来ないだろうよ。
ほら、想像してみてほしい。
風俗嬢って言うと、どんな人達だと思う?きっと、お金で割り切ってビジネス意識の強い、冷静な女とか?仕事と普段の自分を完全に分けて生きている女?借金とか何か事情がある女?カネで店を渡り歩くプロ?スレた性格の厄介な女?性格が破綻している女?
きっとそんな風に思ってるだろうね。どれも間違いではないよ。でもごく一部の表面的な個性に過ぎない。本質とは大きく離れてるんだよ。
風俗の世界は情の世界なんだ。男の世界の理屈とは遠くかけ離れた世界。
きっと男同士で仕事をするなら、こう言えばモチベーションが上がるだろう。「みんな、力を合わせて頑張ろう!みんなでがんばって収入あげて金持ちになろう!」
とか。
あるいは
「夢はなんだ?ベンツか?いつ買うんだ?それ絶対に来年叶えよう!」とか(笑)
それを風俗嬢に言えばいい。こう返してくる。
「うぜーよ死ね」
え?おまえ月収200万円あるじゃん、なんでそんな冷めてるの?って男は思ってしまう。仕事頑張るのは自分のためじゃん、自分の目標だけを見て頑張ればいいじゃん、みんなでがんばってみんな金持ちになろうって、それダメなのか?
それが男の考え方だ。
残念ながら、女性だけのチームは、そういう「目標を目指しましょう」ノリは無理なんだよ。もちろん理屈ではそれがいいのは女たちも分かってる。でも、それでやる気になる女はほとんどいない。
もしかしたら、男は群れの論理で生きているのかもしれない。群れを作って獲物を狩るという成果物で評価されてきた。だから今も仕事の成果=自分の存在価値になりやすいし、それを支えてくれる群れのリーダーに忠誠心を持ちやすい。
しかし女はそうじゃない。仕事の成果物が自尊心を直接繋がる人は多くはないと思う。お金を稼いだからといってその額面が存在価値になることは珍しい。
「目標を目指そう!」は女性の群れの中ではあまり褒められた言葉ではない。
俺のチームではその言い方はしていなかった。
俺は18歳から夜の女を知っていた。夜の女達に育てられてきたんだ。
風俗嬢がモチベーションを下げてしまったとき、たとえば出勤して来なくなったとき、俺が言ったのはこうだった。
「○○さ、俺、金稼ぎたいんだ。金が必要なんだ。すごく困ってる。だから、俺のために頑張ってくれないか?俺は絶対復活したいんだ」
男が聞けば情けないセリフにしか聞こえないよね。俺もそう思う。
でも必ずスタッフの女性達の多くはこう言ってくれた。
「分かった。アキラのために頑張るね」
風俗嬢が気持ちよく働けるように、俺はありとあらゆることをしていた。遠くに出張に行った時はお土産を買う、夏はコンビニでお高めのアイスを買ってくる、彼氏に殴られたら数日は俺の家に泊める、旅行に行けば必ず一人一人に欲しいものを買ってあげる、毎日褒める、髪を切ったら誰よりも先に気づく、トラブったら俺が矢面に立つ、女が悪いと分かっているトラブルでも女を100%庇う、NGにしなくてもいい客をもNGにして葬り去る。いろいろ。
風俗嬢は、一般的な女性よりもずっと「女性性」が濃縮された性格をしていることが多い。もちろん例外もある。傾向としての話をしている。
「オンナ的」であることが割と濃厚に性格に表れやすい。だから風俗嬢は少し間違うと、DV彼氏に引っかかってしまう、彼氏の借金を肩代わりして金を無くしてしまう、客に金を貸してしまったり、それでも男のことを100%悪いと断じることが難しい。あの人はクズだけど悪い人じゃない、私も悪かったから・・・と言う。
いくら金を稼いでいようと、目標必達型の性格はしてない。いや、目標をはっきりと言える子でも、根本にあるのは、「ボスのために頑張る」っていう情の部分なんだよ。
個人単位で歩合で働く仕事では、多かれ少なかれこれが言えるよね。
風俗然り、営業しかり、販売しかり。美容師もそうかもしれない。
特に女が1人で戦ってくる仕事では、モチベーションは収入とか地位とかそういう自分で完結したものでは上がらない。必ず、「尊敬する誰かのため」っていうのがないと、戦う前に、仕事に来なくなる。
自分のためだけでは、ストレスを乗り越えられなくなるんだろうね。
オーナーのため、上司のため、社長のため、師匠のため、彼氏や夫のため、子どものため。特に夜の女は目標の力では動かない。
女性性が強い女の群れの中では、しばしば間違いも起きやすい。群れの中でもひときわ情が強いやつが、ボスと個人的にできてしまう。恋愛感情と見間違えやすいんだよな。ストレスの強い職場環境であればあるほど、ボスや上司への情緒的な尊敬が強まっていき、それが恋愛だと思ってしまうのかもしれない。
大学時代に仲良かった彼女が、就職したらなかなか会えなくなってしまい、半年もたたないうちに電話で別れを告げられるとか、経験ある男も多いと思う。これは彼氏に飽きたのではなく、新しい環境でストレスがちょっとかかったとき、その群れのボスへの情緒的尊敬が強まり、彼氏の価値がどんどん下がっていくからだよ。
ボスと恋愛関係にならないにしても、よく分からない感覚で、彼氏は不要になる。
風俗のチームでは、ボスは強く尊敬できるオスであることが絶対必要。しかも率先垂範でみっともなくもがく姿を見せながら、強い言葉でリーダーシップを示すこと。誰よりも「あなた」の幸せを考えていると表現すること。
そして、俺のために頑張ってくれと言い切れること。
アキラのために頑張るよ。
もしそれを男が言ったら、男のリーダーは怒るだろう。俺のためじゃねえ、自分のためにやれよ!って。それが男の論理だから。
風俗嬢のように女の濃縮果汁版は違う。
誰かのために頑張る。だからそれを認めて欲しい。誰かと比較しないでほしい。
あなたのために頑張るよ。男の役割は、そう言ってもらえるように挺身することなんだよ。
自分のためだけでは頑張れない。
誰かの偉そうな命令も絶対いや。
理不尽で不公平で損をするようなこともいや。
でも尊敬できるボスのためなら、不条理でやりたくないこともやれると思う。
そういう「情」の部分を理解できないやつは、どう頑張っても一生、夜の女からは支持されない。
少なくとも、女性に食わせてもらう商売をする場で、ボスにはなれない。
かなり誤解を招く記事だと思います。この記事を曲解してしまい、多くの実害を出してきたことも知っています。
「情の世界」だから、男に騙されても尽くすのが当たり前、だとか、
「情の世界」だから、ギャラ飲みだけで実質タダ働きさせられていい、だとか
「情の世界」だから、ボスを尊敬「しなければならない」、だとか。
冷酷なビジネス世界で、そんな間違った感傷を持ってしまった人たちが多くいたのは、この記事のせいだったかもしれません。
2010年代にアキラブログを熱心に読んでくれていたのは20歳前後の若い女性達であったため、恋愛の感性にまで間違った感傷を植え付けてしまったことを反省しています。
言いたいのはそういうことではないのです。
この記事は、女はバカでいろと言ってるわけでは絶対ないのです。女は依存しろと言ってるわけでもありません。誰かの間違いを無条件で受け入れなければならないと言っているわけでもありません。
夜の世界では、自立した女性達が、時に理屈に合わないことをあえて主体的に受け入れて、その理不尽さと自分の感情を手のひらで転がすように振る舞うことがあるのです。
それは「情」としか言えないような、不思議な感情で主体的に選択した行動です。
それは大人の行動でもありながら、大人がちょっと子供っぽさを選択するような感覚かもしれません。
当時の俺は、弱い人間で、トラブルを多く抱えていました。人生を何とかしなければならないと焦り、時に嘆き、突っ張って生きていました。そういう弱さと情けなさを含めて、「アキラ」というボスだったわけです。
きっと、尊敬というよりも必死に生きているみっともない姿に、意気に感じるものがあったのでしょう。
「アキラのために頑張るよ」と言ってくれる女性たちは、全員、根性のキマったリーダー格の女性ばかりでした。アキラに依存してそう言っている人は一人もいなかったはずです。アキラとの関係性に甘えを持ってそう言った人もいないと思います。
でもそういう意気に感じやすい彼女たちだから、ちょっと人生が狂っていればDVの被害者になったかもしれない。でも大人で自立しているのでそうはならない。そういう「危うさ」をここでは「女性性」と表現しています。
この情の真似事を女性自身が演じたり目指すことはできません。
情を男がコントロールすることもできません。
依存をしたりされたりということでもありません。
もちろん情だけでビジネスが回ってるはずもありません。
でも夜の世界には、なんとも言葉で表現するのが難しい、不思議な感傷が存在するのです。
夜だけではなく、大人の恋愛にもきっとこんな瞬間はあるのではないでしょうか。