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タワマン文学を2年半書き続けた話

俺はネット上でタワマン文学を約2年書き続けた。記事の数は約87本。ひとつの記事につき約1万文字だったので、87万文字(原稿用紙で1,740枚)にもなる。

タワマン文学を読んだことがある人も多いだろう。「タワーマンション」を購入した「パワーカップル」が、様々な問題に遭遇して転落をし、「家計破綻」をし、「後悔」をする、という物語のことだ。
別名、転落ポルノとも呼ばれる。
個人的にはタワマンポルノと呼んでいる。実話風のドキュメンタリー方式で書かれているが、全て創作だ。登場人物はひとりも実在しない。

このタワマン文学の裏側を知る人は少ないだろう。もう辞めた仕事なのでその内情を紹介したいと思う。

タワマン文学を依頼されたきっかけ


俺に依頼があったのは3年前。出版社やウェブメディア、ネットニュースなどの運営会社から受注があり、軽い気持ちで書くことにした。依頼の内容は「タワマン文学を最低でも月に3本量産すること」だった。
なぜ出版社やウェブメディアがそんな記事を求めるのかは後述するが、とにかく大量に記事が欲しいようだった。数名のライターに発注していて、俺がその1人というわけだ。数名のライターが大量生産するので、パワーカップルが転落する物語が年間数百本、ウェブの世界に放たれることになる。

タワーマンションを購入して転落するパワーカップルなど、俺は個人的にひとりも知らない。数名のライターが書いた物語が全て事実だとしたら、数百世帯のタワーマンション購入者が自己破産したことになる。
首都圏のタワーマンションの分譲戸数は25万。もし転落カップルが500組いるとしたら、0.2%が自己破産した計算だ。とんでもない数字になってしまう。
審査が比較的緩いフラット35を借りた世帯でも、リスク管理債権は融資額に対して0.1%程度といわれる。自己破産に至る人はそれよりもはるかに低い。融資審査の厳しいネット専業銀行ではリスク管理債権は0.01%以下だ。

世の中に出回っているタワマン転落ポルノを全部合わせたら、数千記事、もしかしたら1万記事に及ぶだろう。分譲戸数に対してあまりにもありえない割合の世帯が自己破産していることになる。それほど荒唐無稽のポルノが、タワマン文学なのだ。

なぜタワマン文学の需要があるのか

タワマン文学をあらゆるウェブメディアが求めている。2025年1月現在でも続いている。なぜ、こんな荒唐無稽の煽り記事が欲しいのか。メディア運営者は読者に危機感を煽って何かを売りたいと考えているからなのか。

実はそうではない。ウェブメディアの煽り記事は何かの物販や勧誘には直接つながっていない。ウェブメディアが欲しいのは、PV(ページビュー)数とそれにともなうSEO(検索エンジン最適化)、その先の広告収入なのだ。

そのために煽りタイトルをつけた煽り記事を量産する必要がある。内容など実は何でもいい。いま煽られる人が多いのが、タワーマンションというわけだ。
タワーマンションは、都内の、特に湾岸エリアであれば軽く2億円はする。晴海フラッグのように海外の投資マネーが集中することで価格が上昇すると同時に、タワマン居住に強く憧れるパワーカップルという高所得世帯が実在する。タワーマンション=成功者だと考えている人も多いだろう。実際はそうではないのだが、世の中のイメージはそうだ。
ここに残念ながら全国から嫉妬の感情が向けられている。自分がコロナ禍で苦しい生活をしているのに、世帯年収が2,000万円の夫婦があんなタワーマンションなんて買いやがって、という嫉妬を脊椎反射的に持ってしまう。

「どうせ田舎者なんだろう」
「どうせ無理してマンションを買っているに決まっている」
「いつか自己破産するぞあいつら」
「タワマンが停電したら愉快だな」
「投資マネーが引き上げられたら価格が大暴落して人生詰むぞ」

など、とにかく悪口を言いたくて仕方ない人が多いわけだ。その心理をウェブメディアはよく知っている。解像度が低い転落の物語を創作して、過激なタイトルをつけて、タワーマンションを叩く。そうすることでPVが集中するという流れだ。求められているのは正確さでも解像度でもない。煽ること、そのもの。
SEO的には筆者の権威性が重要なのでライターには適当な肩書がつけられる。記事が大量にアップされ、大手メディアのドメインパワーも相まってGoogleでは常に上位に食い込んでいく。

大衆の嫉妬という感情が、発信力のある大手メディアの利益になる。読者の大衆はまさにポルノのように一瞬の痛快さとメシウマを味わうだけ。しかし読んで1分後には忘れてしまう。

驚くことを言うが、これを書いているライターに報酬はない。報酬がないので契約書もない。責任や著作権の所在も不明のままだ。なぜ無料でライターが執筆するのかというと、実名で書く人もいて自分のHPに多少流入がある、それだけのことだ。ウェブメディアのようにSEOへの影響はほとんどないし、当然利益に繋がることもない。俺の場合はライティングの筋トレとして執筆に励んでいた。2年半の経験でかなりのワルな知見を得た。
そのうちライターも書くのをやめて去っていく。また違うライターが現れ量産する。

PVとSEOによって大衆の思考は弄ばれている

吐き気がするような言葉だが、世の中には「SEOライティング」というものがある。ブログやウェブ記事などを書く時には、Googleの検索結果に影響を与えるような書き方をする技術のことだ。
「有益性」の高い(とされる)記事や、被リンクが多い記事、引用が多い記事、見出しがしっかり構成された記事、内容が一目で分かるタイトル、など多くのテクニックがあり、Googleのアルゴリズムに最適化させようと多くの発信者が必死になっている。

Xでも同じだ。XはGoogleほど精密ではないが、インプレッションを多く獲得する(つまりバズる)ためのテクニックは確立されている。Googleがコアアップデートを繰り返すように、Xのアルゴリズムも頻繁にアップデートがある。ある程度のアルゴリズムの考え方や方向性は公開されていて、それに合わせるようにポストの文体やエンゲージメント時のふるまいを実験的に変える必要がある。

2025年のいま、何を言うかという主題は割とどうでもよくて、各プラットフォームのアルゴリズムに最適化された文章を書かなければならない。そのことによって、読者はごく少数の発信者によって自分の思考が歪められ操作されている。まさに弄ばれていると言っても過言ではないだろう。

「これを言ったらお前ら喜ぶじゃん?」という煽りを、毎日何千、何万と受けている。内容なんてどうでもいい。発信者の利益に誘導するように、文体もキーワードもトレンドも意図的に変えられている。

これを行うのがライターであったり、生成AIに書かせて校正するライターであったりする。この煽り記事の分野では1年後には生身のライターは不要になるかもしれない。読者は生成AIによって勝手に煽られ、炎上に加担させられ、時間と感情を奪われる。読者に残るものは何もない。読者に求められているのは、一定時間、その記事を画面に表示させる行動だけだ。

「意味が分かる文章」には要注意

煽り記事を書くライターは、読者の感情を揺るがすことを目的としている。それが得意な人ばかりだ。当然、煽られる人のペルソナは分かっていて、その人たちが理解できるような文章と構成になっている。

1万文字の文章のうち、意味が分からない箇所はごく数行だろう。多くは一切分からないような部分はないはずだ。
「分かる」というのは「怒り」に結びつきやすい。分かってしまえば操作されてしまうのだから。Xでの炎上も発端は必ず「表面的に分かりやすい文章」だ。
炎上を意図的に演出する業者はすでに多く存在する。炎上させることで一部の人に経済的なメリットがあるからだ。

そうならないためにも、「この文章、妙にすんなり自分の中に入って来たぞ」という感覚に敏感になったほうがいい。それは自分の読解力が優秀なのではないし、そこに気づきがあるわけでもない。自分の思考をハックされかかっているということなんだよね。

「分からない」感覚を大切にしたほうがいい。



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アキラ師
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