尽くす人(2018年)
ある日のことをスケッチしただけの文章です。特に意味はありません。
「あなたは愛に生きる人よ。人に尽くす人。でも失くしていつも泣いている人。」
かつて付き合っていた女性に、最近言われたこと。
いまはもうとっくに30代半ばになっているその女性とは、当時、毎日のように口論をしていた。お互いに不満があったのだろう。口論の口調も激しかった。俺も死ねくらいは何度も言われていた。しかし次の朝になるとまた連絡をし、何事もなかったかのように話をしたり会ったりする。その時だけ笑顔で会話をし、午後にはまたひどいことを言ったり言われたりして口論になる。
何年もその繰り返し。
お互い自分の人生が修羅場だったので、この恋愛に依存していたのだと思う。あまり良くない恋愛の仕方だった。俺も貢献したり、尽くしたり、愛情をかけたりする余裕もなく、いつも怒っていた。それでも離れることさえできず毎日のように一緒にいた。
付き合って4年以上が過ぎてから、俺は彼女との付き合いを自然消滅させてしまい、違う女性と付き合うことになった。今思っても失礼な交際の仕方をしていたと思う。
別れたあと、何年も経ってから偶然再会したことがあった。やはりお互い愛想がいいのでつい意気投合してしまい、また連絡を交わす日々が続いたけれど、すぐに大ゲンカし再び疎遠になった。お互い愛想がいいので気を許しやすい。そこが良くない。結局は本質的に相容れない性格なのだろう。
彼女はその後すぐに結婚をしたと聞いた。
最近、俺も人生にも健康にも大きな変化が起きてしまい途方に暮れているときにまた電話が来た。
何の用件か見当もつかないし、正直また喧嘩になるとか耐えられる健康状態ではなかったので着信を無視していた。しかし何度もかかってくる。仕方なく掛け直してみた。
用件は特になく気まぐれで電話したようだった。しかしベッドの中で電話をしている俺の様子に彼女は驚いた様子だった。
「少し会える?」近所のファミレスに呼び出された。
髪もセットする気力ないし無理だよ・・・と言ったのだが、自宅に行くとまたおかしなことが始まるよと言う。だから寝ぐせつけたままでいいから来てよと言われて、俺はとぼとぼ歩いて行った。
ファミレスは混んでいた。俺は眩暈と頭痛を堪えながら、近況を話した。
そして言われたのが
「あなたは愛に生きる人よ。人に尽くす人。でも失くしていつも泣いている人。」
俺が知っている激しい気性の彼女とは違うのは、家庭を持ったかなのだろうか。しかし気を許してはいけない。必ず喧嘩になってしまう。
うん、ありがとうとだけ言った。
「好きな人にとことん尽くすのは昔から知ってるよ。あなたは昔から自分がどんなに苦しくても頼らせてくれる人。お金が全然ないのにどこかからかき集めてきて、ごはん食べさせてくれるような人。わたしの記憶ではね。」
喧嘩ばかりしていたような気がするけど、付き合っていた当時を思い出してそう話してくれた。
そんなことしていたっけ。君には何もしてあげられなかった気がするよ。
「きっと今、わたしがお金に困ってると言ったら、ATMから必要なだけ下ろしてきて渡すでしょ?それが嘘だと分かっていたとしても。それが昔の彼女だとしても。」
俺は黙っていた。
「それが自分の彼女だったら?自分がごはん食べられなくなっても、全部あげるんでしょ。」
そうかもしれない。
「それがどんなにすごいことなのか、理解できるのはわたしもこの年になってからだよ。」
何も答えられなかった。
「死んじゃだめだよ。」
会計で俺が二人分払っていると、彼女はそう言う。
俺は返事をしなかった。
「喧嘩にならない程度にあなたに時々連絡をする。いいね?」
ありがとう。
心で感謝しながら、それでも俺は黙っていた。