退屈さを毎日続けられるのが幸福なひと
いいことなのか悪いことかと言われると分からないが、長年、社会の最底辺に張り付いて仕事をしてきた。
社会の最底辺の女性たちと、お世辞にも褒められるようなことではない仕事を生業にしている。同じように底辺に近い男性たちを客にして。
要するにポルノの仕事だ。
長年この業界にいるからこそ断言するのは、この世界にいる女性は決して幸福ではないということ。
生まれと育ちが俺のように不幸そのもの人間の方が多いが、中には何不自由なく育ってきた女性も少なくない。金銭的に裕福で、虐待もなく、立派な職業に就いている両親がいて。でも恵まれた家庭に生まれていても、きっとそれで幸福だとは言えないのかもしれない。
とにかく共通するのは不幸だということだ。
もちろんお金は同世代の女性の何倍も持っている。でもあるのはお金だけで人間関係、特に恋愛関係と親子関係は惨めそのものだ。人との関わり方が上手じゃない。他人を怒らせたり舌打ちをされたりするのはいつものこと。
自分の身体とファンタジーを求める男の客からはチヤホヤされるだろうが、それだけのことだ。仕事を離れると誰からも尊重も期待もされない惨めな女性でしかない。
彼女たちは惨めさのあまり、他人に甘えようとしたり、些細なことですぐに苛立ったりする。だから余計、人が離れていく。
「わたしのせいじゃない、みんな自分を大切にしてくれない」といつも思ってい生きている。でも、それでも大切にされることはない。
見た目が気持ち悪いせいなのかと考える女性もいる。だから外見に異常な費用をかける。ダイエットも過激であばら骨が浮き出ている。やればやるほど地雷感が増していき、肝心の仕事でも客から避けられるようになる。
どこかで知り合った小金持ちの中年男と妾ごっこも始める。妻や恋人と違い、ストレスのかかる役割がない。いつもチヤホヤされ愛されている気分になる。でもそれも飽きられるまでの短い間の話だ。すぐに用済みになって捨てられてしまう。妻や彼女はそんなにすぐに捨てられないのに、自分だけはなぜ捨てられてしまうのかとまた憤る。
そんな女性たちの群れをもう30年も見続けている。
最近、彼女たちの不幸を象徴する共通点はないものかと考えてみた。いったい何が足りないのか、なぜ不幸なのか、なぜ人から蔑まれてしまうのか。
まあ考えてもよく分からないのだが、一つ思い当たるとしたら・・・
習慣の価値を知らない、ということだろう。
例えば彼女たちの恋愛には、習慣が何一つない。
朝起きた時にLINEで「おはよう」と言うこと。寝るまえに「おやすみ」と声をかけること。忙しい時でも世の中の幸福な人たちは、家族や恋人に毎日毎日挨拶を繰り返しているはずだ。それも毎日規則正しく同じ時間に、同じ方法で。
そういうことが彼女たちには出来ない。
デートをするのでも同じだ。会うたびに同じことをするのが、彼女たちには信じられない。
こんな俺だって10代のときから、学校が終わると毎日同じ場所で待ち合わせて彼女を駅まで送っていき、また明日ねと言うその繰り返しをしていた。新宿で働き始めた10代の終わりも、毎晩同じ場所で彼女と待ち合わせ、同じ店で何かを食べて、同じ道を通って同じ時間に部屋に帰っていた。代わり映えがしない毎日を、素敵な女と過ごす。
楽しいかと言われると、もちろん楽しかった。何も起こらない毎日の平凡な繰り返しが楽しかった。今でも同じだ。誰かと会うたびに同じ行動を取ることが俺は好きだ。同じ店に何度行っても飽きない。
日本全国どこに行っても、泊まるホテルが決まっている。さびれた東北の田舎町の駅前のビジネスホテルに泊まるとき、部屋の指定までする。一人で食事する店も決まっている。メニューも同じだ。
コミュニケーションも毎日同じ。話題はその都度変わるが、朝から夜寝るまで、毎日同じ時間に同じコミュニケーションを発している。
ポルノ業界で働く彼女たちはそういうことをむしろ軽蔑すらしている。つまらないと言うのだ。
でも俺からしたら、いつも思い付きと気まぐれでコミュニケーションをする人間が好きではない。少なくともそういう人間と家族にはなれないと思う。退屈なことを、退屈なまま、いつまでも延々と繰り返していくのが家族だし、幸せなのだと思っている。
だから、ポルノ業界の彼女たちに、俺は毎朝「おはよう」とメッセージを送り続けてきた。ガラケーが普及した1998年頃からは全員にメールを送り続けた。メールだけではなく、毎日同じことを繰り返すようにしてきた。同じ時間に出勤し、同じ動作をし、同じことを言い、同じ退勤をする。
でもね、出来ない。
不幸な女達には出来ない。飽きてしまうしそういうことを軽蔑している。
恋愛は人生はイベントではなく、習慣で作られるものなんだけどな。
何度言っても、イベントのような男を好きになり、茶番のような恋愛をする。俺からしたら、ごっこ遊びだ。ごっこ遊びはまたすぐに飽きる。だから周りの人に大切にされない。蔑まれたり軽く扱われて年だけ取っていく。
毎朝の「おはよう」は幸福への最初の一歩だよ。