思い切り
退職後、有休消化中にて20日目。
夜間のオンコールが無いせいで何十年ぶりかでよく眠れる。
色んな夢を見るし、起きていれば起きていたで昔のことを思い出す。
その時代には毎日忙しくて気にも留めなかったことばかり。
しかし、特に出会っては別れて行った患者さんたちのことを思い出しては、いちいち悔いているという方向に傾いている。
どうにもならないことばかりだったと言うのに、何でも自分のせいだと考えるのは、医療従事者の方々に多く見られる傾向だ。
もっと出来ることがあったんじゃないか?と。
そんなある日、デスクでうたた寝をしてしまった。
夢の中で、しかし、あたかも起きている時のようにハッキリと玄関のチャイムが聴こえた。ピンポーン!と澄んだ高い音がする。
近くのソファーに寝転んで携帯ゲームをしていたKちゃんが、飛び起きて走っていく。「はー--い!」
何故だか、そう思ったが身体が動かない。夢の中なのか?それとも、あまりに鮮明に周りを見聞き出来るので、これは金縛りなのか?
「はーい!」と言いつつボタンを押し、カメラを覗き込むKちゃん。外に居る相手の声がマイクを通してボソボソ聴こえるのだけど、何を言っているのか分からない。
とデスクの前に座ったままの私が少し切迫した声をあげている。ああ、自分が見えるということは、やっぱり夢なんだな?と思う。
「墜落した飛行機の機長さんだって。わざわざ遺族にお詫びして回っているんだってさ。ちょっと話、聞いて来るね!」
色々なことがおかしいでしょ?!
開けちゃダメ!
誰も飛行機になんか乗っていないし、遺族も何も二人暮らしじゃないか。
それに、墜落した飛行機の機長さんが、ここに来れるわけないじゃん。
すると今度はインターフォン越しのその人の声が部屋中に響き渡る。
「それでは、いったいどうやって探せば良いんでしょ?もう30年以上こうして訪ねて回っているのですが。」と。
聴こえているかな?お願い、聴こえて。
すると、夢の中(?)のKちゃんもインターフォンに向かって「そうそう。」と言うので、どうやら私の声はちゃんと出ているらしい。
続けてKちゃんが「そうそう。あなたのせいじゃないですよ。」と言うので夢の中ですら引いた。
あなたのせいじゃないって・・・・、そこまで言い切って良いのか?!分からないじゃないか!と驚いたのだ。
どんな自信なんだ、それ。あなたってば、いつもそう。
正直言うと、死人が訪ねてくる事よりそっちの方が怖い。
外にいる声の主は「・・・。」としばらく黙っている様子だったが立ち去っていく足音が聞こえる。マンションの階段をずるずるずると足なのか肉なのか、何かを引きずりながら降りて行くのが分かる。
とても焦げ臭い。何やらガソリンが漏れているかのような臭いも漂っている。
頭に浮かんでいるこの光景には耐えがたいものがあったが、とにかく去ってくれるのだから安心して目覚めることが出来ると、夢の中でそう思う。
その時、Kちゃんが玄関をガっ!と開けるのが分かって恐怖におののいた。ホッとしていて油断していた。彼女は、開けてしまった。
しかし開けるのと同時に彼女の怒号が聴こえる。
「階段!降りてんじゃないよ!あがるんだよ!」と。
???
今度は玄関を閉めて、こちらへ走って来たKちゃん。
私が突っ伏して寝ている(はずの)デスクの真横のベランダをガラリ!と開けて「見て。大分昇れたよ。」と指をさす。
だいぶん のぼれたよ?とは?
ベランダから上空の斜め上30メートルほど先の空中に、黒焦げの人影が見える。
「でも、まだ半端な高さだねえ。Ohzaちゃんも言ってあげてよ。細かいこと気にしないでさ!」
え?じゃ、じゃあ・・。
「だから!余計な言葉をつけないで!心から言ってあげて!」
うーん、仕方ない。
たちまち遥か上空の雲間から無数の光が差し、その光の一束をその人が握る。あたかも誰かに引っ張られるかのようにスルスルと昇り、瞬く間に見えなくなった。
飛び起きた。
やっぱり夢だったんだ。
数秒差でソファーの上のKちゃんも飛び起きてスマホをゴト!と落としていた。
ただ、あたり一面異常に焦げ臭い。
私たちは、しばし互いに見つめ合ったが、その後バタバタと換気した。
訊きたいことは沢山あったが、何だか訊くのが怖い気がして、とりあえずニュースに目を落とす。
沖縄の民家の庭に、滅多にお目にかかれない幻の鳥、ヤイロチョウが怪我をして迷い込み、保護されたそうだ。
東南アジアで冬を過ごし、繁殖のため初夏の西日本に渡るはずの野鳥。
台風は色々なものに影響を与え、色々なものを運んで来るのかも知れない。
それはそうと。
悔いることは、もうやめよう。