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【連載】52Hz 第3回『ローマ人の物語』

仇敵カルタゴを滅ぼした後、ローマ軍は全てを焼き払った。
その光景を見て司令官は涙した。
いつかローマもこのような運命をたどるのだろう、と

『ローマ人の物語』

このシリーズは本連載でとりあげるべきか、ギリギリまで迷った。しかしまぁ、長大なシリーズで、新刊が待ち遠しいと思って読んでいたものだから、取り上げることにしたのだ。

この本は、古代ローマ帝国の起りから滅亡までを描いた、超長編歴史小説である。全くの創作というわけではなく、基本的な事実関係は抑えつつ、当時の為政者の気持ちだとか、戦場の状況だとか、そういうものは創作しているという感じだ。

どうやら自分は荒れている時代が好きらしく、未だに軍学校で勉強するらしいスピキオ・アフリカヌスVSハンニバルの第二次ポエニ戦争、その決戦ともいえるザマの会戦の部分と、内乱の一世紀と呼ばれる時代、そして帝国となって繁栄の限りを尽くしたローマがその帝政のあり方を根本的に変化させたディオクレティアヌス帝の時代あたりが好きだった。特に、ザマの会戦の部分は、ローマを蹂躙しつくしたハンニバルが新世代ともいえるスピキオ・アフリカヌスに負けるという、少年漫画のような展開で、あまりの面白さに息を止めて読んでいたような気がする。
ありきたりだが、国家興亡の歴史が好きになったのは、この小説の影響が大きいと思う。

ワールド:Nero‘s Room

『ローマ人の物語』を読んで以来、一度くらいローマにいってみたいと思いつつも、今や海外渡航が難しい時代。そして、そういう時こそメタバースだ。確かどこかの旅行代理店もバーチャル旅行とかいってたし、本連載の特徴とも合致しているし、ベタだがやってみよう。メタバース海外旅行を。


そういうわけで、悪逆非道の皇帝と名高いネロ帝の部屋をモチーフに作成された(らしい)ワールドにきている。


ワールド自体は一部屋で小さく、別にどこかの遺跡を完全再現したというものでもないらしい。もしかしたら「ネロ」とはいいつつ、実在の皇帝ではなくそれをモチーフにしたキャラクターの方の部屋、というイメージなのかもしれない。だが、メタバースではそれは些細な問題だ。


メタバースのいいところは、想像力さえあれば時代を超越できることだ。実際のネロ帝の部屋がどうなっていたかは、詳しくはわからない。だが、現代まで伝えられたわずかな情報と作者の想像力によって、このネロ帝の部屋は生み出されている。


しかしまぁ、想像力だけではどうにもならない部分もまだ多い。流石にピカピカに磨き上げられた大理石に比べればどれだけ綺麗なテクスチャとマテリアルもそれには劣るし、部屋一つだけでは当時の西欧世界の覇者たるローマの威容を感じ取ることは難しい。


それでも、自分がまるで皇帝になったかのような気持ちにはなるもので、手を開いて立つポーズ、いわゆる「支配者のポーズ」をとってみたりしてしまった。妙な高揚感にやられてしまったらしい。ネロ帝は自己顕示欲の強い皇帝だったそうだし、流石に伝えられるネロ帝のように悪逆皇帝にはなりたくないので、ポーズをとって自分とネロ帝を重ね合わせるのはこれ以上は控えよう。


ネロ帝こそ良く伝えられてはないが、帝政初期のローマは繁栄の道を突き進んでいた時代だった。全盛期は五賢帝の時代だとしても、その頂点に昇るまでの、「上」に向かって走っていた時期だったはずだ。もしそんな時代に生きることが出来たら、どんな感じだったんだろうか。部屋は想像できても、流石にそういう感覚は想像できなかった。

『ローマ人の物語』

ローマ人の物語は、ローマ帝国の興亡を描いている。つまり、滅びる時までを描いている。後半の巻はどんどんと没落していくローマ帝国を見ていくことになるから結構つらいものがあった。あれほど栄えたローマがこんなに…という寂寥感があった。

長く、何年も楽しみに読み続けたシリーズがハッピーエンドを迎えずに終わってしまうのはさみしいものだが、史実がそうなのだから仕方がない。

最後の巻を読み終えた時の、「あのローマがついに滅亡してしまったなぁ」「長かったこの本を楽しみにする生活も終わりか」「読み切ったぞ!」というしんみりした気持ちと解放感がないまぜになった感覚ははっきりと覚えていて、それが意外と心地よかったのも覚えている。これを味わえるのは、長編小説を読み切った特権だ。

そういえば、最近はそういう長編小説を読んでいないな。また新しく開拓してみようか。

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