シェアサイクルが国に提言したユーザー目線の自転車利用のあるべき姿とインフラ整備の方向性ー「日本シェアサイクル政策研究会による提言」より
2024年7月に日本シェアサイクル政策研究会が行った国土交通省への政策提言から日本の自転車政策を紹介しています。前半は自転車と公共交通の関係に対する提言でした。
そして、政策提言の2つ目はシェアサイクルを含むすべての自転車利用者を対象とした自転車関連事故の削減を目的とした交通安全啓発や自転車インフラに対する具体的な提言内容となっています。
自転車インフラに関する提言や政策研究はこれまでも様々な団体や組織から提言されていますが、特にシェアサイクルという自転車が老若男女問わず利用される自転車利用者、その多くのサイレント・マジョリティ(物言わぬ多数派)の声をひろいあげるような政策提言と言えます。
政策提言②自転車関連事故の削減を目的とした取り組みを促進すること
自転車関連事故の削減を目的とした取り組みを求める提言の冒頭は自転車をめぐる交通安全の現状から始まっています。
自転車のルール・マナーを問題視する記事は定期的に各種メディアの話題となります。もちろん交通違反はきちんと取り締られなければなりませんし、安全運転のための啓発などの取組みも重要です。しかし必要なのは誰もが自然とルールを守れる環境づくりにほかなりません。
しかし、筆者は日本の自転車をめぐる交通ルール・マナーの取組みをつくる側と日常の自転車利用者の立場とでは、大きなギャップが生まれていると感じています。そして自転車利用者にとっては違和感を感じるものではないかと考えています。
今回の提言では筆者が感じるこの自転車をめぐる交通安全のあり方を的確に表現していると感じています。その1つが近年努力義務化となったヘルメットを含む自転車利用者の安全性に対する取り組みについてのあり方を問うもの。2つ目がそもそもの自転車の走行空間・インフラについてです。
自転車利用時のヘルメット着用の努力義務化に対する違和感
多くの自転車利用者が感じているであろう自転車政策に対する違和感で近年始まったのがヘルメットの着用義務化です。政策提言ではこの違和感を率直に伝えています。提言書より引用いたします。
2023年に自転車利用者へもヘルメット着用の努力義務化は交通安全運動の近年では必ず掲げられるテーマとなりました。しかし、ヘルメット着用は転倒事故などの際の安全上軽視すべきものではありませんが、自転車関連事故そのものを抑制するものではないことは提言書のとおりです。
リスクマネジメントにおけるヒエラルキーコントロールから考える自転車関連事故削減ためのとるべき対策
車と自転車では物理的な差が大きく、事故の際にリスクが高いのは自転車利用者です。ここで、自転車利用者の安全を考える上でリスクマネジメントにおけるヒエラルキーコントロールの概念を取り上げたいと思います。
上記の考えは労働安全、特に看護業界で抗がん薬曝露対策として使われるケースが多く、ピラミッド状の階層別に対策方法を示すことで、曝露予防に対する効果の高低や実践の難度を示しています。
これを自転車利用者が走行時に事故対策として応用したのが上の図です。
ここで明らかなのが、ヘルメット着用という「個人防御」は最も効果の低いリスクマネジメントの手段であることです。逆に、自転車通行空間のインフラ整備の取り組みが自転車利用者の安全性を高める上で最も効果が高く、重要であることを示しています。
ニューヨークの街路を変革したジャネット=サディク・カーン氏が先導した自転車政策もいかに車を効率的に動く交通計画を立て、その上で道路空間の再配分を行い自転車走行空間を実装しました。フランスのパリも同様です。
行政として自転車利用者への安全啓発などもやるべき施策ではありますが、行政でしかできない(道路のインフラをつくる)取り組みに目を背けてはならないとおもいます。その姿勢がニューヨークの街路を変革したジャネット=サディク・カーン氏が「ストリートファイト」と表現したことです。今年の5月にジェネット氏の講演レポートを再掲します。
そして今回の提言2つ目は、まさにニューヨークやパリが実践した車の削減のための取り組みや自転車通行空間のインフラ整備の取り組みに対する提言となっています。
自転車はどこを走る?(安全で快適に)走ることができるのかー自転車インフラへの違和感
シェアサイクルなどの比較的低速で走ることが大半である多くの自転車利用者にとって、車道にペイントされただけの自転車通行空間は、若年層や子どもを乗せ親、お年寄りの方にととって走行する際に選択肢されない違和感しかない取り組みに写っていると思います。まずは提言書から引用いたします。
冒頭で述べた「誰もが自然とルールを守れる環境づくり」が、この提言書でも指摘されている自転車通行空間の整備になります。
提言書でも暫定整備である矢羽根によるペイントのみの自転車通行空間は、早期に目指すべき形態に整備する必要性を提言しています。暫定である矢羽根ペイントの通行空間は筆者も自転車走行時に自転車が普通に車道を走ることの難しさとストレスを日々実感します。
下記の研究結果でも交通量の多く危険な道路での矢羽根は事故率を高めてしまうとされています。
自転車が選ばれやすい環境づくりのためインクルージブな走行空間整備によって発展する日常の自転車文化と法律について
上記の提言にあるとおり、日本の自転車通行空間の整備は欧米諸都市と比べ大きく遅れをとっています。
この課題の対し、法制度が遅れていると思われるかもしれませんが、日本には自転車のための通行空間整備を法的に位置付けた法律「自転車道の整備等に関する法律」(2013(平成25)年4月1日施行)が定められています。
法制度が問題ではなく、整備手法がそのあるべき姿が日本では成熟していない実務上の課題が浮き彫りになってきます。
その答えとして、私たちが目指すべき自転車通行空間について、『世界に学ぶ自自転車都市のつくりかた』の著者である宮田浩介さんが昨年「自転車利用環境向上会議」の場でポスターセッション発表をされており、公開されているのでこちらにもアップいたします。
上に示されているイメージは遠い将来像ではありません。すでにオランダでは当たり前の風景となっています。この未来をいかに実現できるか、実現できた都市が日本の都市競争でも1つ抜きんでる要素になる可能性は十分にあります。(筆者は福岡市がそうであってほしいという思いです)
人中心に考えられた道路の姿が示す最適な人の移動空間とモビリティの関係からみる自転車の通行空間が必要な理由
上に紹介した道路の風景は日本では考えられない風景に映ると思います。2車線は1車線が自転車レーンとなり、車の車道は1車線しかありません。
このように車道を削減し、自転車通行空間や公共交通の専用レーンとすることは欧米では実現しているのですが、日本では車道を削減すれば渋滞を引き起こす恐れから実現はむつかしくなってしまします。
福岡市が2024年6月にバスもしくは路面電車LRTの導入のためのシミュレーション結果の報告資料においても、「自動車交通」への影響が実現の際の課題として発表されています。
しかし、下記のニューヨーク市のジャケット氏が率いるNACTO(全米都市交通担当官協会)の資料にあるとおり、1車線の空間で移送できる人の数は人が密集し集まる都市空間においては、自動車が最も効率が悪いことを示しています。
渋滞が発生しても、その渋滞で動けないのは自家用車の車列であって、より多くの人を輸送できるバスなどの公共交通レーンや自転車の専用レーンがあれば、人の移動においては大きな影響はないというのが、上の図が示してくれています。この考えは日本ではまだ理解が進んでいない内容になります。そのため、バス専用レーンすら整備ができない検討方向である中で、自転車のための通行空間は整備されることは遠い未来になっています。
提言ではこの点を強調しており、自転車通行空間の整備は自転車利用者を増やすことにつながり、それは自動車利用を低減させ最終的には円滑な自動車交通につながると記しています。今回の日本シェアサイクル政策研究会の提言は、単なるシェアサイクル事業者が利用増のためのロビー活動ではなく、すべての自転車利用者、公共交通利用者、いま自動車を使わざる得ない状態にある人などあらゆる人の生活を改善したいという思いを感じる政策提言書と感じました。
自転車に興味のない人たちが普通に感じる自転車インフラや政策に対する率直な違和感を伝えることの重要さ
今回の政策提言は言いたかったことが全部書いてある、そんな政策提言書でした。そしてこの政策提言をした日本シェアサイクル政策研究会の事務局は福岡市に本社を置く株式会社チャリチャリです。福岡市はこの提言をぜひ取り込み、野心的で新しい交通戦略を描いてほしいと切に願います。