とにかく美しい! 真実までの導線~ワールドエンド・シンドローム ネタバレ感想~
こんばんは、わたしです。
2023年8月にクリアしたゲーム『ワールドエンド・シンドローム』のネタバレ感想を記します。
ネタバレを知ることで楽しみが大きく損なわれるゲームですので、未プレイの方やプレイ中の方はネタバレなし感想のみを閲覧することを推奨します。
公式サイトはこちら。
ネタバレなし感想はこちら。
~~未プレイの人はここまで~~
はじめに
ネタバレなし感想でも語った通り、本作は非常に良質なミステリーアドベンチャーゲームであった。
特筆すべきは大小さまざまな謎を明らかにしていく過程そのものであり、常にプレイヤーの興味を引きつつ、最大の謎は最後の最後まで取っておくというコントロールが抜群に上手いタイトルである。
おかげで濃密なゲーム体験を得ることができ、コンパクトながらも満足度の高い時間を過ごすことができた。
本エントリーでは、ネタバレ感想としてこの『謎』について触れていきたい。
ばらまかれた謎~真実への目くらまし~
ミステリーアドベンチャーである本作では、大小さまざまな謎がばらまかれている。しかし驚くべきことに、それらの謎は物語終盤の最大の謎をカモフラージュするために働いていたものがほとんどである。
代表的なものを以下に記していきたい。
黄泉人の正体
本作のメインともいえる謎。
本編を読み進めるにあたり、ある程度の段階で山城先生が黄泉人であることが示される。また、彼女を然るべきところへ還すところまでが本編の内容である。
ところが山城先生を送り出した後、第二の黄泉人の存在が明かされ完結編へと向かう――というのが本作の構成である。
山城先生に関する一連の事件が解決したところで、面白かったけどまだ何か引っかかるな……と思わせておいて真相へと誘導する、この一連の導線は読んでいて非常に心地よかった。
月丘ひかる
ローカルラジオ番組で意味深な語りを行う、正体不明の人気DJ。彼女の何かを知っていそうな発言は前半の最大の関心事のひとつであり、同時に物語をミステリアスな色で飾る舞台装置であった。
結果的に月丘ひかるは舞美がバイトでやっている覆面DJに過ぎず、意味深なセリフもただのそれっぽい台本であったことが彼女のルートで明かされた。
ある程度丁寧に読み進めていれば察しはつくものの(舞美のスケジュール、スタジオでの玲衣の反応など)、物語の雰囲気に呑まれたプレイヤーにとっては大きなミスリードになっていたと言えるだろう。
ちなみに筆者は初めて出会った東城日沙子が月丘ひかる同様ささやくような喋り方のキャラクターだったため、途中で『もしかして……?』と思うに至っていた。ありがとうサージュコンチェルト。
女子学生連続行方不明事件
魅果町周辺で相次いで女子学生が行方不明になっている事件。小説・ワールドエンドの存在や『黄泉人は人を害するようになる』という前提から、プレイヤーも含めてすっかり黄泉人によるものだと思い込まされていたこの事件。
結局これは人の手による事件であり、黄泉人とは(ある一点を除いて)まったく関係ない事件であった。本作の中心に近いところにありながら、この事件もまた真実への目くらましとして作用していたことになる。実に見事だった。
沙也と玲衣の関係
この謎は、序盤に通る彼女らのルートでそれとなくほのめかされていたものの、物語全体ではさして大きな役割を持たず、彼女たち自身も血縁関係を知らないまま終わっている。
強いて言うなら雪乃とのやり取りでプレイヤーだけがその確信を得るのだが、それ以上の言及はなかった。
自身の能力や立場にコンプレックスを抱いている神代壬生の心情につなげる構想があったのかもしれないが、あまり活かしきれていなかったように思う。
覆面の人々
ヤバい人とそうではない人が混在していた。
似たような姿になられるとこちらとしては区別がつかず、見事に混乱させられた。
核心に迫る鍵
目くらましのような謎が多くある一方で、物語の真の姿に迫るための鍵は比較的シンプルである。また、それらは本編内で触れられているものの完結せず、伝承や事件といったキャッチ―な謎というよりは些細な違和感としてプレイヤーに刻まれるように書き分けがされている。
主人公の素性
主人公が自分の素性をごまかしているのは、合宿中の山城先生との会話などで早い段階からほのめかされていた。彼が過去に死亡事故を起こしていることから本名を名乗っていないことについては納得がいっていたし、その時点では『やっぱりか』と思う程度でたいして気に留めていなかった。
また、ここはプレイヤーにより捉え方が異なるかもしれないが、雪乃がシャープペンの名前を見るイベントに関しては『ペンに触られるのをめちゃくちゃ嫌がっているし、死んだ姉の形見かもしれない』くらいに捉えて全く気にしていなかった。この点は、筆者の捉え方が呑気すぎた気がしてならない。
ちなみに『主人公が黄泉人かもしれない』という仮説については、さすがにここまで引っ張ってそれはないだろう、と思いあまり信じていなかった。そもそも9月まで生き残っているルートもあるし。
主人公の雪乃に対する態度
主人公は舞美の計らいにより、物語冒頭で出会ったフリーライター・雪乃と成り行き上同居することになる。雪乃は若いとはいえ年上の女性で、高校生の主人公から見れば立派な大人である。
ところが主人公は雪乃に対してため口で会話をしているのだ。
主人公がそういうキャラクターなのかな、と思ってよく読んでみると、彼は雪乃以外の大人に対してはきちんと敬語で話していることが判る。
雪乃自身がため口については気にしていないことから、仮にも同居人だし距離感近いのかな……ということで一度は納得しかけた。
ところが、もうひとつおかしなイベントが起こる。ヒロイン共通で用意されている、夢の中の水着イベントである。
各ヒロインの水着イベントを夢に見た後の主人公は、ほかのヒロインに関して『こういう夢を見たと知られないようにしよう』といった趣旨のコメントをするのだが、雪乃だけは違う。彼は雪乃の夢に関して『忘れよう』と漏らすのである。
雪乃は気さくな美人であり、主人公も決して嫌っていないことから、この反応は明らかにおかしい。また、雪乃ルート自体も唯一恋仲に発展せず、ただ町を出る彼女との別れを惜しむ……というやや異質な内容である。
雪乃ルートクリア直後は、成人女性と高校生の恋愛がまずいのかな、くらいに捉えており、その後の未海ルートの怒涛の謎解きが強烈だったこともあって、完結編に向かって雪乃が騒ぎ出すまではすっかりこのことを忘れていた。
結果的に雪乃が主人公にとって、愛してはいるが恋愛対象になりえない人物=事故死した姉であったことから、これまでのおかしな態度やシャープペンの件までひっくるめて、きれいに腑に落ちたのである。
ここの種明かしは本当に見事だった。
主人公(パートボイス)~ADVの『当たり前』に隠された仕掛け~
本作の主人公は、主要イベントの最中で唯一パートボイスである。
この仕様自体はアドベンチャーゲーム(特に恋愛もの)では一般的なものであり、この手のジャンルに慣れたプレイヤーほど疑念を抱くことはないだろう。
ただ、筆者は酒井広大氏のファンでもあったため、『この声もっと聞きたいなあ、もったいないなあ』と思いつつプレイしていた。しかしながら、それでも恋愛ジャンルだし仕方ないかと捉えて、このボイス仕様の意味をまったく考えていなかった。
ところがこのボイス仕様も立派なトリックのひとつであったことに気づかされた時点で、筆者はVitaを投げだして頭を抱えそうになった(未遂です)。
実際のところ、主人公が声つきで喋るのは冒頭の町に入るまでのシーンと、完結編で主人公が自分の正体を明かした後のみである。
すなわち、プレイヤーがつけた偽りの名前で生活している間、彼は声を発していないのだ(ちなみにプレイヤーが彼の本名を名付けることもできるのはご愛嬌)。
彼が彼の声で喋るのは、本来の姿である音無空として振舞っているときのみなのである。
また、空がボイスありで登場するパートでは、プレイヤーはただストーリーを読み進めることしかできない。すなわち選択肢で彼の行動を指示するといったことができないようになっている。
当初から主人公には外見含めた明確なキャラクター像が用意されており『主人公はプレイヤーの分身ではない』ということは示され続けているのだが、空に対するプレイヤーの介入をシステム的にも拒否する形で、より明確に空とプレイヤーを分離していると言える。
ただ、実際にそうだと示されるまでは、プレイヤーはあくまで自分の名付けた主人公に寄り添い、彼といろいろなことを共有しているような気分になるように誘導されている。
こと恋愛アドベンチャーにおいて主人公のボイスがつけられないのは没入感を狙っての仕掛けであると聞いたことがあるが、その罠に見事にはまった形となった。筆者は空の視点に没入し、彼のことを秘密は持ちつつも自分に近しい存在であると感じるようになっていたのである。
ただ実際の空は自身に関する秘密をプレイヤーにも隠し続けた。このことから彼と我々には明確な壁があり、プレイヤーはあくまで空に名前を授け、彼が新しい姿を演じる手伝いをしたに過ぎないのではないかと考える(ただし、空にこちらを騙すような意図はない。彼が言いたくないことを言わなかっただけである)。
ちなみに、完結編のエンドロールでも『主人公』表記だったのは少し残念に思う。本名で書いてほしかった。
謎で謎を覆い隠すストーリーテリング
このように、本作は核心を大小さまざまな謎で覆い隠し、プレイヤーの関心を巧みに逸らしつつ徐々に真実に近づけていく、という構成をとっている。
真相に近づくポイントは引っかかりを残すように描写されるのだが、それを一時的に押し流すくらいの怒涛の展開や、魅力的な謎、人間関係など、娯楽ミステリー作品として非常に素晴らしい出来栄えである。
今作のキーである黄泉人や怪事件の存在すらも、本当の秘密=第二の黄泉人の正体を隠すための目くらましとして使用した大胆な構成は、本当に見事であった。
それらもひとえに、伝承の息づくミステリアスな舞台と手に汗握るサスペンス描写、大小さまざまな秘密を抱えた登場人物たちがかみ合った結果であろう。
さいごに
システム的に難があったり、やや駆け足気味であったりと、ゲームとして見ると決して満点ではないこの作品だが、謎の見せ方については個人的には満点に近い作品だった。
できれば、いつかこのように美しいつくりの物語を書いてみたいと思う。
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