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激動の昭和史 沖縄決戦
近所の映画館、戦争映画特集第二弾は岡本喜八監督『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971)。
昭和19(1944)年8月、陸軍士官学校の校長牛島中将(小林桂樹)が沖縄防衛の第32軍司令官に任命される。レイテ島の陥落等で風雲急を告げる戦況のなか、大本営はフィリピン→台湾・硫黄島を防衛ラインとしつつも、同時に沖縄での地上戦を覚悟していた。
第32軍の参謀長・長少将(丹波哲郎)は「5個師団を派遣せよ」と、沖縄重視を主張していた。いったん4個師団プラスアルファを増強した大本営はしかし、フィリピン戦線の悪化でそのうち1個師団を抜き出す。激怒する長参謀長、そして32軍の高級参謀・八原大佐(仲代達矢)。
八原大佐は橋頭堡作戦を考えていた。米軍の上陸地点を中西部の3箇所と想定、それぞれに1個師団を配置し、うち1箇所に上陸したら当該の防衛部隊が持久戦をする間に他2師団が直ちに集結、一挙に殲滅せむとするものだ。
※米軍の沖縄上陸計画
だが大本営は航空戦を企図。島内各所に飛行場を設け、ここを拠点に敵艦隊を撃破せむと。
ろくに飛行機もないくせに。案の定、設営した飛行場は米軍機によってことごとく破壊される。
泉沖縄県知事(浜村純)はそんな不協和音を知ってか知らずか、東京出張にかこつけて逃亡。後任には大阪から中島知事(神山繁)が任命される。
昭和20年3月の慶良間諸島への攻撃を皮切りに、4月、米軍は沖縄本島上陸作戦を開始する。両軍の兵力比較は、
「海が敵艦船で真っ黒です!」
「どのくらいの割合か」
「艦船7、海面3であります!」
斯くして鉄の暴風、艦砲射撃で山の形が変わったと言われる沖縄戦が始まった。
映画『沖縄決戦』は、日本軍による避難住民の追い出しや自決命令を含め、ほとんど史実である。ある洞穴では一挙に2,000名もの県民が自決を強要され、亡くなった。一家に1つの手榴弾、布団を被り抱き合ってピンを抜く。親が子の首を鎌で斬り、そして自裁する。
史実であること以上に岡本喜八監督の本作は・・・疲れる。
ほとんどが激しい戦闘シーンだし、カット割も頻繁。それも1つのカットの終わりが、「ドカーン!」じゃなくて「ドカ」で切れる。この繰り返し。
これが2時間50分続く。
アヴァンギャルドな作り。岡本監督は実際に出征しており、だからこそ作品はいずれもファルス(笑劇)的。『日本のいちばん長い日』等、一部の例外を除いては。
そうでなければ撮って ー つまり生きて ー は来られなかったのだろう。
本作も、最初の参謀本部や台湾での軍会議など静的謹厳的な部分 → 戦闘シーンの動的と住民の自決 → 戦場をひとり歩む小さな女の子 → 鉄血勤王隊や女子学生ら、県民有志の奉公と末路 → 向かってくる米軍の戦車・その砲口の真ん前で手踊り(沖縄舞踊)するオバァ・・・と、悲惨を通り越して、もはやファルス。
中島知事は県民の、北部への避難を軍に頼む。しかし米軍に嘉手納を抑えられ、島内は南北に分断されている。
沖縄本島は存外大きく、那覇から嘉手納までは割と近いが読谷まででもかなりあり、それで島の半分以下。辺野古とか言ったら地の果てだ。
砲撃激しいから山中を行かねばならん、もちろん徒歩で。首里に司令部が〝転進〝していた時点で、県民のうち北部へ逃げられたのは約5万。30万人が南部に残された。
そこへ司令部があったもんだから、県民15万人が亡くなった。
自分の、亡くなった義母は鹿児島出身で、生前こう言っていた。「沖縄には足を向けて寝られない」と。彼女はもちろん戦中派で、本土防衛の捨て石とされた沖縄県民への贖罪意識があったからだろう。
そして自分が初めて沖縄に行ったのは20年ほど前。飛行機が那覇空港に着陸する際、臨時アナウンスがあった。
「ただいま米軍の艦船が那覇港前を横切っていますから、着陸までしばらくお待ちください」
機は小一時間、上空を旋回していた。
ようよう着陸したら、那覇空港は米軍機だらけ。そして自衛隊機。
「さては、はあ、こりゃ軍用飛行場を民間も使わせて貰っている形だな」と思った。
近くには、行けども行けども切れることのない、巨大な嘉手納基地があるにも関わらず。
こんな薄っすい体験だが、それでも沖縄県民の、基地や平和に対する思いが少し分かるような気がした。
だって「鉄の暴風」だぜ?
映画にはめちゃくちゃ名優が出ている、小林桂樹に丹波哲郎、仲代さんに東野英治郎、大空真弓に酒井和歌子、池部良に加山雄三・・・
でもイチオシは野戦病院(と言ってもただの洞窟)の軍医役・岸田森。ニヒルというか達観しているというか、世を捨てた感じがすこぶる良かった。
映画評論家の春日太一は、第32軍のトップ3人、小林桂樹と丹波さんと仲代さん(の役)を
「クズである」
と断じた。
えっ、あの程度で?
小林桂樹も丹波哲郎も責任とって自刃するじゃん。仲代さんもするのかと思いきや米軍兵士の格好して逃げちゃうけど、彼が正しく戦略を上申したのに、ことごとく却下したのは上の者。
責任はないわな。
春日太一は、さすが1977年生まれである。ご両親もおそらく戦争を知らず、私どものように昭和一桁の親から、戦争のリアルなんか聞いたことがないのだろう。
当時の指導者って、レベル違いで下衆野郎だったんだぜ。
◆『沖縄決戦』予告編