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カーボンリムーバル総研⑥米国大統領選結果を受けたエネルギー政策とDACへの影響の考察
例年世界各地から注目を浴びる米国の大統領選挙ですが、本年11月5日に行われた同選挙では、ご存知の通り、共和党のトランプ前大統領が民主党のハリス副大統領を破って勝利し、4年ぶりの政権奪還を実現しました。今回の記事はこの選挙結果を受けて、想定されるエネルギー業界、特にDACへの影響を分析しています。
尚、本記事はあくまで信頼出来る複数の情報ソースを参考にした考察を掲載したものに過ぎず、特定の政治家、政党等への支持を表明する等、政治的なメッセージを一切含まないものであることを、予めお伝え致します。
1.選挙結果のおさらい
今更言うまでもありませんが、今般、元大統領ドナルド・トランプ氏が共和党候補として勝利し、第47代大統領に返り咲くこととなりました。トランプ氏は、保守地盤での安定した支持に支えられるとともに、スイングステートと呼ばれる激戦州全てを制したことにより、ハリス氏に大差をつけて勝利しました。
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なお大統領選と共に投票が行われたアメリカの連邦議会選においても、上院・下院ともに共和党が過半数を獲得する結果でした。上院については、共和党が6年ぶりに過半数を獲得し(共和党53議席、民主党47議席)、同党が上院で立法プロセスの主導権を握る見通しです。下院でも、共和党が引き続き多数派を維持したものの(共和党220議席、民主党215議席)、過半数(218議席)をわずかに上回る状況となり、共和党にとっては立法プロセスに際して票数が過半数を割らないように同党内の意見が割れないよう注意する必要があると見られます。*1
上記の通り、共和党がホワイトハウスと議会の上下両院を掌握することなり、同党のトランプ次期大統領は、経済、エネルギー、移民等の重要課題で、自らの政策を立法化する大きな権限を得ることになります。
*1 https://www.politico.com/2024-election/results/
2.エネルギー政策への影響
この結果を受けて、メディアでは今後の米国の経済、外交、安全保障等、各分野に於ける影響を推察し、様々な憶測が飛び交っております。この記事ではエネルギー分野に注目し、特に弊社Planet Saversが手掛ける脱炭素・DACの分野に対して想定される影響について、現在出回っている情報ソースを踏まえて、整理してみました。
1) エネルギー政策と脱炭素に関する大きな方向性
トランプ氏は前回政権獲得時と同様に、今回就任後もパリ協定から再度離脱する公算が大きいとされています。また、同氏がEPA(環境保護庁)やDOE(エネルギー省)といった政府主要機関をコントロールする結果、米国内の各種環境規制が緩和され、化石燃料の生産を増やす方向になるとも見られています。
既に影響はトランプ氏によるこれら省庁の人事にも見られており、次期EPA長官に脱炭素に対して懐疑的な元下院議員のリー・ゼルディン氏*2、次期DOE長官に石油、天然ガス採掘関連企業トップのクリス・ライト氏を指名しており、「脱・脱炭素」を推進する体制を整えているとも言えます。
同氏はまた輸入関税率の増加も示唆しており(中国に対する関税60%, その他国に対しては10~20%)、太陽光等輸入に依存するエネルギー分野にはマイナスの影響が出ると見られています。*3
更に、洋上風力に対してもトランプ氏の選挙キャンペーン中にネガティブな発言があり、同氏就任後は連邦水域に対する大統領権限を発動し、洋上風力の新規リース海域設定のモラトリアムを発動するとも見られています。*4
一方、共和党・民主党の両党に支持されている(これを”Bipartisan”とも言います)セクターについては、大きなリスクは無いとされています。具体的にはCarbon Capture(CO2回収)、バイオ燃料、水素、水力発電、地熱発電、原子力といった分野です。*5 Carbon Captureについては詳細は後述します。
今後特に注目されるのが、バイデン政権時の目玉政策として2022年に制定されたインフレ削減法(IRA)がトランプ氏就任によりどのような影響を受けるかという点です。IRAはクリーンエネルギー・脱炭素事業に対する税額控除や補助金を認めたもので、バイデン政権は、同法律がこれまで約2,650億ドルのクリーンエネルギー分野の投資誘発と33万件の新規雇用創出に寄与したことを最近公表しました。*6
▶IRAを説明したカーボンリムーバル総研アメリカ編:https://note.com/planetsavers/n/n8efbd75baef1
それにも関わらず、トランプ氏は自らが行った選挙キャンペーンに於いて、IRAが”詐欺”(”Green New Scam”)であるとして、次期大統領に当選した暁にはIRA執行に割り当てられた政府予算のうち未使用のものを廃止すると宣言しています。*7 BloombergNEFによれば、仮に大統領がIRAによる税額控除を全面的に廃止した最悪ケースを想定した場合、2025~2035年の間に新設される再エネ(太陽光、風力、蓄電池)の容量が17%も減ってしまう(1,118GW→927GW)と試算しています。*8
一方、多くの専門家の見立ては、IRAの全面的な廃止は考えにくいという点で共通しています。*9 IRAがもたらした新規のクリーンエネルギー投資や雇用創出のメリットの多くが共和党の支持基盤のある州(テキサス州等)にもたらされているためです。*10 但し、トランプ氏は既に歳出削減や規制緩和を主な役割とする政府効率化省(DOGE:Department of Government Efficiency)の創設を発表していることもあり、一定のIRA向け予算の削減は想定されると予想されています。*11
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*2 https://www.nbcnews.com/politics/donald-trump/trump-taps-lee-zeldin-lead-environmental-protection-agency-rcna179658
*3 BloombergNEF “BNEF’s Guide to the US Election” November 11, 2024
*4 https://www.reuters.com/business/energy/trump-return-will-slow-not-stop-us-clean-energy-boom-2024-11-06/
*5 BloombergNEF “BNEF’s Guide to the US Election” November 11, 2024
*6 https://faportal.deloitte.jp/institute/report/articles/001169.html
*7 https://www.politico.com/news/2024/09/05/trump-inflation-reduction-act-00177493
8 BloombergNEF “Trump Aims to Repeal Climate Law. Green Power Build Will Sustain” October 31, 2024
*9 Linklaters Webinar “US election outcome and the impact on the global energy transition”等複数ソース
*10 https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/10/319fbf001459b8e3.html
*11 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO84932570Q4A121C2EA1000/
2) DAC分野への影響
続けて、トランプ氏就任がDACに対して与え得る影響についても見ていきます。
一部の専門家の中には、IRA予算が一定程度削減されるとの前述の考えのもと、エネルギー省(DOE)によるDAC Hubやデモプロジェクト実施に対する補助金支援が新トランプ政権下で抑制されるのではないか、との悲観的な見方もあります。*12
一方、DACについては、トランプ氏の前政権時(2017~2021年)に政策的な支援が既になされていた実績もあり、トランプ氏が大統領となってもネガティブなインパクトを受けないのではないかという見方が多いように見受けられます。尚、トランプ前政権の時期に法案可決されたクリーンエネルギーへの政策支援を謳ったEnergy Act of 2020という法律には、DACも支援対象として明記されており*13、こうしたことからトランプ就任後もDACへの政策サポートは継続されると考えられます。
また、過去の記事でも触れた、セクション45Qの税額控除政策(回収したCO2の量に応じて事業者に税額控除クレジットを付与する制度)ですが、同政策はIRA制定に伴って税額控除適用対象が拡大されたことが注目されているものの、制度としては2008年から存在しており、トランプが以前政権を担っていた2018年にも適用対象範囲をDACにも拡大する形で改正された経緯もあり*14、新トランプ政権でも引き続き同制度は維持されるとの見方もあります。Carbon Removal AllianceのGiana Amador氏によれば、米国に於けるCarbon Removal (炭素除去技術)の分野はこれまで歴史的に共和党・民主党双方の支持を受けてきた経緯があると指摘しております。具体的には、セクション45QやDOEによるDAC HubプログラムやR&D補助金等の何れも両党のサポートを得た上で議会の承認を受けたとのことで、次期政権に於いても引き続きCarbon Removalは支持を受け続けるであろうと見ています。*15
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更に、米国石油大手Occidental社のVicki Hollub社長は大統領選後のメディアインタビューで、「DACはトランプ氏にとって重要なアジェンダである米国のエネルギー安全保障に寄与する為、トランプ氏就任はDACにとってポジティブなインパクトがあると思う」とすら述べています。*16 Occidental社に限らず、ExxonMobil社、Phillips 66社等の大手石油・ガス企業も自らがDACや脱炭素関連事業を手掛けていることから、IRA関連政策の継続を望んでおり、これら企業はトランプ氏に対してIRA維持に向けたロビーイングを進めているとされています。*17
加えて、一次情報として、Planet Saversの池上は今年4回アメリカを訪れていますが、これまで会ったClimate Tech投資家のスタートアップ関係者も、政策関係者も、多くはDACに関するトランプ氏就任の影響を楽観視しています。上述の通り共和党と関係の深い石油ガス業界が既にDACに大きく投資していますし、第一期のトランプ政権でもCCUSやDACについて支援する動きが見られたことを踏まえたものです。
*12 BloombergNEF, Brenna Casey, “Trump Might Leave Industrial Carbon Capture in the Lurch”, Dec 2nd 2024
*13 https://www.hklaw.com/en/insights/publications/2021/01/energy-policy-act-signals-inclusive-innovation-focused-future-for-doe
*14 https://www.globalccsinstitute.com/wp-content/uploads/2020/04/45Q_Brief_in_template_LLB.pdf
*15 The Carbon Curve podcast, Episode 47 “Can policy play a catalytic role in advancing MRV?” quote from Giana Amador from Carbon Removal Alliance
*16 https://www.upstreamonline.com/finance/occidental-foresees-donald-trump-support-of-us-direct-air-capture-plans/2-1-1739212
*17 https://carbonherald.com/oil-industry-wants-inflation-reduction-act-kept-intact-if-trump-wins/
3.総括
以上、非常にハイレベルではありますが、現段階で想定されるトランプ新政権の脱炭素・DAC分野への影響について整理しました。
Carbon Captureに対しては、上記の通りこれまで米国議会に於ける二大政党の支持を受けてきた経緯もあり、また、石油・ガス企業もDAC事業を手掛けていることから、大きな見立てとしてはトランプ新政権が誕生したとしてもネガティブな影響は受けないのではないかと考えられます。これまで触れてきた通り、米国はIRAやDOEによる各種支援策により、他の国に比してもDACへの重点的な資金支援がなされていることもあり、当社としてはこの勢いが今後も続くのではないかと期待しています。
事実、米国は2035年までに合計95百万トンのCO2回収容量を誇るとの予測もあり*18、現状CCUS(Carbon Capture Utilization and Sequestration)の分野で明らかに世界を牽引している存在です。
他方で、気候変動対策が後手に回る可能性のある政策も取られうることには大きな懸念を有しています。
一つ重要なのは、誰が大統領になろうと、どのような政策パッケージが主流になろうと、気候変動が世界的な課題である事実は変わらず、脱炭素を実現する様々な技術的ソリューションが不可欠であることに変わりはないということです。逆に今の不透明な時代であるからこそ、民間企業の自助努力によるボランタリーな市場形成、技術開発が益々重要になると言っても過言ではないと思います。
我々Planet Saversは日本初のDACスタートアップとして、引き続き「1ギガトンのCO₂を回収し、次世代に美しい地球を残す」ビジョンを実現すべく全力で邁進します。
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*18 BloombergNEF, Brenna Casey, “Trump Might Leave Industrial Carbon Capture in the Lurch”, Dec 2nd 2024