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カーボンリムーバル総研⑦中国におけるDAC技術開発動向

今回はこれまでの欧米における動向から一転し、中国におけるDirect Air Capture(DAC)技術の開発動向をご紹介します。
中国は電気自動車や再生可能エネルギー等の気候変動関連技術開発に力を入れ、グローバル市場を席巻しました。他方、中国国内での新たな技術開発の動向は核融合等を除くとなかなか国際的なニュースに取り上げられず、DAC技術についても中国の動向は伝わってきませんでした。
今回はそんな中国における最新のDACの研究開発事情について、弊社が採択されたアクセラレータープログラム「東京コンソーシアムグリーンスタートアップ支援」で伴走いただいているデロイトトーマツベンチャーサポート株式会社の宮澤様、近藤様達のお力もお借りしながら調査し、記事にまとめました。

1.脱炭素の動向
:世界最大のエネルギー消費国かつ二酸化炭素の排出国である中国は、脱炭素推進の国際動向に足並みを揃える形で段階的に気候変動対策を制定しグローバルガバナンスに参加しています。2020年9月、習近平総書記は、第75回国連総会にて2030年までにカーボンピークアウト、2060年までに実質的なカーボンニュートラルを実現するという「ダブルカーボン」目標を表明しました。

カーボンニュートラル目標の背景の下、中国21世紀アジェンダ管理センターの研究によると、2030年にはCCUS技術による二酸化炭素削減需要は約1億トン/年(0.58~1.47億トン/年)、2060年には約23.5億トン/年(21.1~25.3億トン/年)に達すると予測されています。DAC・BECCSも、2030年時点で120万トン/年、2060年時点で年6.5億トン(5~8億トン/年)の二酸化炭素回収が予測されており、ネガティブエミッション技術にも期待が高まっています。

実際、2024年現在までに、中国で計画・実証されているCCUSプロジェクトは126件に上ります。この間、CCUS技術は電力、石油・ガス、化学工業、鉄鋼などの主要な業界で100万トン級のモデルプロジェクトを実施しただけでなく、ガラスなどニッチな業界でも小型プロジェクトが開始しています。その一方、中国のCCUSの各段階の技術発展はアンバランスで、パイプライン輸送、石油回収強化など基幹技術の面ではグローバルで先行する欧米との間に依然として大きな差が存在し、下の表のようにDACも開発が遅れている技術の一つとなっています。

DAC技術開発状況(23年時点)

CO2回収技術の進捗比較(中国二氧化碳 捕集利用与封存(CCUS) 年度报告(2023)より)

2.中国:DACの位置づけ・課題

政府は「ダブルカーボン」目標の達成に向け、補完的にネガティブエミッション技術であるDACを推進することを発表しました。2060年時点で、DAC・BECCSによる年間5億~8億トン規模回収が期待されているものの、DAC先進国であるアメリカ・ヨーロッパに比べると開発状況は遅れています。

中国の脱炭素需要と政府目標 (中国二氧化碳 捕集利用与封存(CCUS) 年度报告(2023)より)

DACの開発が比較的遅れている要因として主な要因は以下の3点とされています。

  1. BECCS研究への焦点:上記の通り中国のネガティブエミッション技術として、BECCS・DACが注目されていますが、DACの運用には高いコストと大量のエネルギーが必要です。現在のDACシステムの建設と運用コストは200ドル/トンから600ドル/トン程度と非常に高く、反対にBECCSは、既存の石炭火力発電所に対し設置・開発が容易でコスト負担もDACと比べ低いことから、研究の多くは、DACではなくBECCSに焦点が当たっています。

  2. 技術の成熟度とスケールアップの難しさ:DACは実験室レベルでは一定の進展を見せていますが、商業化や大規模な展開には多くの不確実性が伴います。現在、稼働しているデモプロジェクトは少数かつ小規模であり、大規模な応用シナリオはまだ形成されていません。

  3. 社会経済的受容性の問題: DACには大規模なインフラ整備と運用の調整が必要ですが、中国の地域省同士の連携は弱く開発が遅れています。特に、二酸化炭素貯留地帯は内モンゴルや内陸に密集している状況と反対に、二酸化炭素の主な排出源は上海などの工業が発展した沿岸部に密集していることから、地域省連携の二酸化炭素輸送バリューチェーンの構築が目下の課題となり、開発コストの高いDACが進展していません。

3,DACの開発状況

上記の通りまだ開発状況が遅れているように見えるDACですが、大学での研究を中心に、スタートアップを含めDAC開発に成功しているところもあり、以下ご紹介します。

  • Linhe Climate Technology:2021年ハーバード大学で個体力学博士を取得し、現在陝西省エネルギー化学研究所の学部長を務める陳熙(Chen Xi)によって設立されたスタートアップです。Linhe Climate Technology は、独自開発の可変湿度炭素回収材料MSCCMによる低湿度での二酸化炭素吸収・高湿度の二酸化炭素の脱着を可能にする空気直接捕捉技術(MSDAC)を開発しました。また、捕捉した二酸化炭素の濃度を調整しビニールハウスに供給することで農作物の光合成効率の向上にも取り組んでいます。現在は上記技術を用いて農業工業化の実証プロジェクトを中国農業科学院・トリナソーラーとも協力し実証中です。24年5月には、「アジア初のDACコアテクノロジー」としてTencentから1億元(日本円では約20億円)の調達に成功しています。

  • Carbon Box:24年7月、上海交通大学と中国エネルギー工程集団が共同で単一で二酸化炭素回収100トン規模のモジュール「Carbon Box」の実証に成功しました。具体的な回収方法は明らかになっておりませんが、高速吸着を備えた完全自己開発の高性能捕捉装置を使用し、空気中または濃度の異なる排出源から二酸化炭素を99%高濃度で直接捕集することに成功したとしています。40フィートの小型コンテナサイズで、汎用的な設置が見込まれるほか、カーボンクレジットへの活用も期待されています。

  • 浙江大学:浙江大学と後述する清華大学ではDACの実証に向け大学で基礎研究が進んでいます。浙江大学では二酸化炭素回収30kg規模の小型DACモジュールのプロトタイプを開発し、回収した二酸化炭素を農業用温室ハウスで実証的に利用する試みが行われています。

  • 清華大学:DACの高性能吸着剤や吸収材料を開発し、大規模な実証に向けて研究が進んでいます。

  • 中国石油天然気股份有限公司:詳しい情報は明らかになっておりませんが、蒸気補助温度真空スイング吸着(S-TVSA)技術を主とする100トン級のDACモジュールを開発中とされています。

  • 華能集団:2024年12月時点で完成の公表はありませんが、産業用のDACモジュールの建設を計画しているとされています。

CarbonBoxのコンテナDAC装置(出典: Xinhua Net News

【結論】
以上、中国のカーボンニュートラル政策に向けたDACの位置づけ・開発状況についてご紹介しました。現状、中国のDAC開発は北米やヨーロッパと比べると遅れています。
ただ、現在はグローバル市場で中国が大きなプレゼンスのある電気自動車や再生可能エネルギーについても開発に取り組み始めたのは後発ながら、大きな市場と莫大な研究開発予算を用いて先行する欧米や日本を追い越していったことを踏まえると、数年で市場のメインプレーヤーとなる可能性も高いと考えるべきでしょう。中国ではCCUSなど炭素回収・利用は大規模な実証プロジェクトも進んでいますし、DAC開発もさらなる進展を迎えると思います。Planet Saversとしても今後の動きを注目していきます。

【参考文献】