BELLA NOTTEの鐘 #Xmasアドカレnote2019 (21日目)
昔から、「ベラノッテ」が好きだった。
この時期になると、母がよくCDをかけて、気分よく歌っていたのをよく聞いた。
だから、自然と、私もその曲を口ずさむようになる。
ふんふんと気分よく鼻歌で歌っていたら、暇そうなので強制連行した男友達、八坂がカップを持ってニヤリと笑う。
「何。こんなので酔ったのか? 酒豪のお前が?」
「うっさい。クリスマスイブに彼女いないやつに文句を言われる筋合いはない」
私も、片手に同じマグカップ。
シナモンの効いたホットワイン。いや、ドイツ祭だからグリューワインといった方が正しいか。
寒い夜、しかもクリスマスイブに飲むにふさわしい飲み物ではないか。
スパイスによって赤ワインの渋みが消え、柔らかな甘さと温められて濃厚になったワインの香りが口の中に広がる。
そうそう、これこれ。これが飲みたかったの。
一応言っておくが、私は酒豪じゃない。ただ単に、顔に出にくい体質なだけ。
けど、八坂のようによく一緒に飲みに行くやつからすると、私は「酒豪」の部類に入るのだそうだ。
いや、酒豪ってあれでしょ、一升瓶とか飲む人のことでしょ。
「気分は酔ってるかもねー。だって、私には縁のないクリスマス気分ですから」
昔から女っ気のない私は、年齢相応に彼氏歴はない。
というわけで、うっとりするようなクリスマスとも無縁だ。ちなみにこれからも無縁だと思っている。
だから、彼女は気づかない。
隣で、八坂が少し不機嫌そうな顔をしていることに。
八坂は突然、一気にグリューワインを飲み干した。
「えっ、なに、どうしたの、急に?」
「お前が色気のないことを言うからさ。一応、隣に男がいるんだから、せっかくだし「クリスマス気分もどき」でも体験してみようぜ」
「へっ? えっ、おいこらちょっと! 私、まだ飲んでるんですけど!?」
訳が分からぬまま、私の手首が八坂に握られ、引っ張られる。
「さっさと飲みきれ酒豪」
「ひどい!」
反論しながらも私は、そこそこアルコールの強いグリューワインを一気に飲み干した。
飲み干した後の喉が、お腹が、ジワリと熱い。
その様子を見て、八坂は笑う。
小意地の悪い、ガキ大将が浮かべる様な子供っぽい笑み。
「ほら、行くぞ、男女」
「一言多いぞ、馬鹿」
さすがに一気に飲み干したら、お酒慣れしている私でもクラリとほろ酔う。
私は手を引かれるがまま、そこかしこがクリスマスの装飾で輝く街を歩き出す。
・ ・ ・
どこからか、オルゴールの、音がする。
柔らかく周囲に流れ出る音楽は、私の好きな「ベラノッテ」。
どこから聞こえてくるんだろう。
不思議に思って首を回すと、世界が回る。どうやら、私は酔っているらしかった。
「……ねえ八坂。どこ行くのさ」
「もう少し歩く」
「……あ、雪」
ふわり。
空に雲はないはずなのに、雪の欠片だけが私の頬をくすぐる。
しゃくりと地面の雪を踏んで音を立てる、私のブーツ。
八坂に引っ張られるがまま、私はいつの間にか、所々に蝋燭の点る煉瓦の街を歩いていた。
まるで、日本じゃないみたい。
ぼーっとした頭で考えていると、すれ違った人は外国人だった。
まぁ、酔っているんだから、少し思考が、こんがらがってもしょうがない。
「クリスマスイブだもんね。天気雨ってのは聞いたことあるけど、天気雪っていうのは初めて見たわ、私」
空を見上げながら言うと、意外にも真面目な声で八坂は言葉を返してくる。
「そう。クリスマスの、午前零時だけは何が起こってもいいんだ」
八坂が、私の言葉に同意を示す。
その言葉の意味はよく分からないけれど、普段なら即座に突っ込むところなのに、私は酔っているせいか、なるほどと納得する。
八坂は、私の顔を見ず、前を見たまま言葉を続けた。
「クリスマスイブの夜は星が出ている方がいい。けど、雪も降っていたら綺麗だ。そう思ったんだろ? お前」
「――うん。そう思ってたの」
皆から「男女(おとこおんな)」と呼ばれる私が、実は相当なロマンチストであることを、八坂だけは見抜いている。
だから、今日も一緒に連れてきたのだ。
ロマンチックで綺麗なクリスマスイブを、二人で過ごしたくて――。
「まったく、酔わなきゃ素直にならないんだな、お前は」
やっと、八坂がこっちを向いた。
特段、美男子というわけじゃないけど、精悍さと子供っぽさが同居するそこそこ整った顔立ちが。
どこか嬉しそうなその顔に、私の胸は不覚にも小さく高鳴った。
「ね、ねぇ、そろそろ教えてよ。どこに行くのか」
「そろそろ着く」
彼の足は、私の速度に合わせて進んでいく。
しばらく歩いて、たどり着いたのは、広場。
「わあ……」
私は、八坂の手を放して駆け出していた。
それはまるで、ヨーロッパの街中のよう。
窓に明かりがともる煉瓦造りの家々に、砂糖のように柔らかな雪が降り積もって、ケーキみたいに可愛らしい石造りの噴水。
広場のあちこちには蝋燭が灯り、暖かく柔らかな光であたり一面を照らしている。
そして、頭上に広がる、星と雪。
当たり前の自然では決して見ることのできない、満天の星空と天使の羽のような雪の共演。
どこかでオルゴールは流れ続けている。ベラノッテ。
その歌詞を、ゆったりとした足取りで私に追いついた八坂の声が紡ぐ。
「〈空をごらん、星が君たちを見ているよ、ああ、なんて美しい夜、ベラノッテ〉……なーんてな」
「な、なんで、こんなに綺麗なの……?」
夢にまで見たヨーロッパの街並み、穏やかに灯る蝋燭、絵に描いたように美しい星空、舞い落ちる雪の結晶。
ロマンチックなんてレベルではない。
そして、私はもう酔ってもいない。
これは、紛れもない現実だ。
思わず涙が出るほどに美しい、夜。
いつの間にか隣に立っていた、八坂が優しく教えてくれる。
「言っただろ? クリスマスの午前零時は、何が起こってもおかしくないんだ。どんな奇跡が起こるかは、さすがに俺も知らなかったけど……お前の望んだものが現れてくれてよかった」
ありったけの優しい想いが籠った八坂のその言葉に、私は。
――私は。
私は、彼を抱きしめていた。
彼の体温を感じながら、溢れて止まらない彼への想いに涙を流しながら、歌を口にする。
「〈この奇跡の夜は本当だよ、ああ、なんて美しい夜、ベラノッテ〉」
「それって、愛の告白?」
「く、空気読んでよ、馬鹿」
意地悪な八坂の言葉に、私は思わず、いつも通りに噛みついてしまう。
色気のない私。
でも、そんな私がひた隠しにしていた「夢」を、ずっと前から見抜いていた彼。
――そして、こんな奇跡の夜に、自分の気持ちに嘘なんてつけないじゃないか。
八坂は、抱き着いた私の体を、もっと大きな腕で抱きしめる。
彼のポケットから流れる、オルゴールのベラノッテ。
――それはきっと、彼から私へのプレゼント。
美しい夜の奇跡を生み出した、私と彼を結ぶ音の箱。
午前零時の鐘が、はるか遠くから聞こえてくる。
「……メリークリスマス、最高のサンタクロースだったよ、八坂」
「メリークリスマス、結音(ゆいね)。――お前の隣を、これからも一緒に歩いてやるよ」
・ ・ ・
皆さん、クリスマスまであとわずか。わくわくしてますか?
ルミさんの素敵な企画にお誘いされ、こんな素敵な企画に参加しないなんて、私、年が越せません。
ということで、1日目から続いている素敵なnoteの中でも、ちょっと甘いお菓子を用意してみました。
いかがでしたでしょうか。さすがに他のサンタクロースの皆さんとは比べ物になりませんね。
けどクリスマスケーキのシュトレンのように味わい深い企画に参加できたのは本当に幸せです。
さて、明日のサンタクロースは……?
女性の内面、その脆さと美しさを書けるのはこの人トップレベルじゃないかな、と確信しているあのお方です。
さぁ、どんな方か、わかるかな?