これは、1988年とかの出来事
#ユーミン を聴いていると ふと思い出したんだ!
後輩は、ポンポンコツの国産軽バン( #ダイハツ #ハイゼットバン S38)を治して、何とか走るようにするつもりが 彼の腕が良いのか、何かの間違いか、これがすこぶる可愛いバンに姿を変えた。
お世辞じゃないけれど、当時のダイハツの #インダストリアルデザインナー の才能は物凄く優秀で、この国産軽バン はどこかVWにも似た、でも欧州でもドイツ色ばかりではなく、イタリアのあの #チンクェチェント や #シトロエン 2CV なども良く勉強されたのか。欧風日本蕎麦屋のカレーみたいな無国籍でキュートなバンになったて、蘇った。
その彼に誘われて、仕事前の早朝に波乗りを始めたのが、この夏の日課になった。場所は辻堂の海岸、真夏でも、ここは海の家もできず。海岸へ続く未舗装の道には、わりと自由に駐車もできたことから、なにかと縛りの厳しいと言うか、ぎくしゃくしている、僕らの地元、鎌倉の海には馴染めずに、僕らはこの辻堂の海に入っていた。まあ、鎌倉の海で、すこぶる有名だった男は、中学の同級生で同じクラスではあるのだけれど、あまりというか、かなり仲がよろしくなかったことも一因かもしれない。
辻堂の海は、すこぶる居心地がよく、早朝とはいえ、少なくないサーファーたちが、夜明けとともに集まってくる。よく見る顔も、初めて見る顔も、別に干渉もせず、悪戯に群れることもせずに、波があれば、それと戯れ、時に譲り合い、譲られあい、事故は無く、そして、それぞれが許す時間、そこに居合わせる。休日にも僕らはここに出かける。幸い、当時の僕らの休日は平日だったから、遠方から押し寄せる日曜の喧騒は知らないで済んだ。これも、この場所が何より快適な印象なのかもしれない。休日には、それぞれの彼女さん達も、もここに姿を見せた。波乗りをする彼女さんも居れば、ランチバスケットにサンドイッチを差し入れてくれる女の子も。僕の当時の彼女さんは、ビーチで水着にサングラスで僕らを眺めながら本を読んだり、ブギーボードで遊んだりしているタイプだった。夏のワンピースで彼氏さんを、膝を抱えて見つめてるみたいな、タイプでは無かった。 #ELLE のロゴが胸にプリントされた、濃紺と白のボーダーのワンピースの水着と、 #コパトーンの香り が記憶に残っている。
旅行屋になる直前の物語
後輩は今 そうしているだろうか?
当時の彼女は・・ うん
#マークリチャード のトライフィン もうずつと昔に手放したけれど、機会があれば、もう一度、海へ そんな気持ちにさせらた