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夏、始まってない?
nousが始動してはや数日がたったが、
おかげさまで、「夏影」のMVが1000回再生を突破した。
これは簡単なことではなくて、みてくれる人あってのこと。
大変ありがたい話だ。
社会人として時間がないなりに懸命に仕込んでいた甲斐を、
少しばかり感じている。
これからは少しずつ、コンテンツを深く知りたい人向けに、
ビハインド・ザ・シーンの話をしていこうと思う。
それでもし、気になるようであればもう1度、2度みてもらえたら、
このnoteの理解もより深まると思う。(教材みたいでキモい。)
せっかくなので、第一弾はMV制作の背景や意図について、
書いてみようかと思う。
(最近舞台裏とか、「実はあの時・・」みたいな苦労話系のコンテンツが多いが、それをやりたいわけではなく、ただ「作り手としての考え」を伝えたいだけだ。悪しからず。)
MVのことを忘れてしまった人のために、
まずはみんなでMVでも見てみよう。
まず、このMVをつくるにあたって、3つの指針を考えていた。
①nousのアティチュードを示す
②「夏影」の世界観を反映させる
③ありがちな登場人物で、ありふれていない展開をつくる。
まず、①に関して。
nousのコンセプトは誰かにとっての「居場所をつくり、文化をつくる」こと。どちらかといえば、自分ってなぜか周りと歩調が合わないな、理解してくれる人がいないな、勘違いされている気がするな、懸命に毎日生きているはずなのにな、という人たちにとってのひとつの居場所であり、文化になりたい。そういった気持ちでこのプロジェクトを立ち上げている。
②に関して。
音楽というのは、芸術ではあるもののある種のメディア的性質も持っているので、基本的には届いた瞬間に受け手のものになってしまうと思っている。
しかしながら、というよりはもちろんアウトプットしたものには作り手の意図がこもっている。(べきである、本来は。)だから、このMVには「こう思わせたい」という企図はないが、「こういう気持ちでつくった」という意志はある。
この曲のテーマは「孤独とどう向き合うか」ということだ。
人間は極端にわければ、「ひとりでいる」か「誰かといる」かの2つの状態を繰り返している。
自分自身は今まで、誰かといることを苦しいと思うことが多かったから、ひとりでいることに頼っていた人生だった。その選択をまったく否定するつもりはないのだが、最近になってようやく「誰かといるのもいいもんだな」と思えるようになってきた。すると不思議なもので、同時に「ひとりでいないと得られないもの」があることにも気づくのだ。こうやって、孤独と共存の使い分け方を覚えていくのだな、と思った。
ひとりでいることにしか存在意義を見出せなかった時間が終わり、
誰かといることの豊かさを知る。
そうすることで、逆説的に孤独になることの素晴らしさも再認識するのだ。
そういう世界を、この曲を通して描きたかった。だからこそ、MVにも同様の世界観を反映させたい、と願っていた。
そして最後に③。
みなさんは、MVというものをどう捉えるだろうか。
わたしはひとつの作品だと、捉えている。つまりはMVにはMVのコンセプトがあって、それが落とし込まれた一つの芸術だと思っている。その唯一の条件として、決められた楽曲を使うことがある、そういった気持ちだ。
近年のMVを見ていると「安易なボーイミーツガール(もしくはそれが終わる瞬間)」を描いた作品があまりに多い、というか鉄板化しているイメージがある。僕はこれも全く否定するつもりはなく、別の世界線のモノと認識しているが、それは少し日常や、楽曲への解像度が低くないだろうか?と感じてしまう。この作家は、作品ではなくお仕事としてMVをとらえているのだな、と。
どうしても男女が同じ画角上に映ると、ボーイミーツガール的展開になるのは致し方のないことだと思う。ただどちらかというと、私が男性・女性隔てなくMVに出てもらうことの理由には「どこにいる・どんなひとにでも当てはまる」ということを示したい、という意味合いの方が大きい。
だから今回は明確に「反ボーイミーツガール」を提示しようと決めた。
・理解されていない、と感じる人が「居場所」を感じられる作品
・消極的な「孤独」から逃れ、本当の孤独の素晴らしさに気づく瞬間
・反ボーイミーツガールとしての男女像
この3つを描くべく、
「同じ街・同じ時間に偶然居合わせた、出会いそうで出会わない孤独な男女」というコンセプトを立てた。
どうであろうか?これが「こうつくりたい」と思った作り手の内訳だ。
しかしここから先「どう感じるか」はみなさんの自由だ。
全然そうは感じない、とか、自分の今の心境に合わせてこう思ったとか、
多様な感じ方が出てくる方が、作り手としては嬉しい。
ここまで読んでくれたわけだし、
せっかくだからみんなでMVもう一回みようよ。
ちなみに、ロケ地は大磯。この日は当時シーズン一番の暑さで、
ディレクター・演者4人でヘロヘロになりながら、撮ったのだった。
(おっと危ない、苦労話はここらへんに。)
最後に謝辞だけ、述べさせて欲しい。
まず、演者の山中くん、ひろのさん。素晴らしい演技をありがとう。
演技やカメラ前を生業にしている人と、1日がっつりと向き合えるいい経験をさせてもらった。万が一、同業の方が見ていたらMVなどぜひお声がけを。
また、ご一緒したいですね。
○山中啓伍
https://x.com/keigo__yama
○ひろの
https://www.instagram.com/hirono_26/
そして共同ディレクターのpei ishioka。
彼は、僕にとっての数少ない同志です。pei氏がいなければMVはおろか、今作はここまでのことはできていなかった。nousにはなくてはならない、クリエイティブディレクター的存在だ。私の曖昧な構想も、きちんと拾って落とし込んでくれた。感謝してもしきれない。バンドは楽器を鳴らすものだけが全てではない。彼のおかげでそう実感している。
pei ishioka
https://www.instagram.com/pei.ishioka/
そしてMVを見てくれているあなた。
このMVがあなたの新しい居場所になってくれていたら嬉しい。
そしてともに、自由で豊かな居場所を作っていこう。
そのきっかけとなる作品を、これからも世に落とし続けていく。
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