〜100年前の旅人を紡ぐ〜旅と想像/創造 東京都庭園美術館の「乙女建築」
以前、ベトナムのホーチミン市美術館で見つけた「乙女建築」について紹介して以来、ずっと行きたかった東京都庭園美術館。この「乙女建築」という名の由来となったのが、真夜中ドラマ『名建築で昼食を』。このドラマは、毎回東京にある名建築を建築模型士・千明(田口トモロヲ)とカフェ開店を夢見る藤(池田エライザ)が訪れ、その場所の建築デザインや歴史を紐解き、名建築の中にあるレストランでランチを食べるシリーズ。いつも通り、千明から「今日は皇族のお屋敷でランチしませんか?」というお誘いをうけ、2人はある場所へ向かう。
「皇族のお屋敷」の正体は、旧朝香宮邸宅。ここが、後に東京都庭園美術館となる場所。この場所で、「旅」がテーマの展示会が開催されるということで、帰国中に訪問。
『朝香宮夫妻の欧州航路(グランドツアー)』
今からちょうど100年前。1922年に朝香宮夫妻が伏見丸で渡った欧州航路(グランドツアー)。東南アジア諸国の港からスエズ運河を経て、そして地中海へ。この朝香宮夫妻が経験した旅がきっかけとなって、ここ、東京都庭園美術館本館が築かれた。周りは、広大な庭と日本庭園に囲まれている。
「本展はこうした(旅とはいかなるものなのか、という)問いの行方を、他者の旅を手がかりに、再考するための"旅のアンソロジー"です。」
応接室、大客室、大食堂、書庫、書斎、ベランダ、新館のギャラリー・・・と、道のりに進んでいく。写真撮影は、大客室のみ可能だった。
東京都庭園美術館を象徴する、大客室から見える香水塔はフランス人のHenri Rapin氏が1932年にデザインし、国立セーヴル製陶所で製作され、フランス海軍より朝香宮家に寄贈されたもの。
香水塔だけではなく、1階の主要部分はほとんどHenri Rapin氏が設計されている。『名建築で昼食を』の千明が、ここを訪れた際に「(背景の木々の緑を含めた)この色彩こそ、アール・デコの真骨頂だよ」と言っていた。
夫婦で理想の家を建てて、一緒に住んでから5か月。妃殿下はその後以前からの持病により亡くなった。
でも、なんだか本望だったのではないかな、と少し思う。旅をして、絵画を愛し、愛する人と、理想の家を建て、最期もその空間で、愛する人に看取られながら、迎える瞬間。その瞬間瞬間で、今の自分が求めるものを、全て探究し、実現させてきていた方だったのではないかと思う。
そして、展示は個人コレクターや現代アーティストたちによる作品へと移っていく。日々旅にして旅が住処(Day After Day is a Journey)、旅は日常の中に、そこに行く/行かない旅、アール・デコの旅風景カッサンドル。
『40年後の欧州航路』
なかでも興味深かったのは、世界的なファッションデザイナーである高田賢三氏の『40年後の欧州航路』:世界中の民族服から発想されたKENZO創作。高田氏は、夫妻がグランドツアーへ出た42年後の1964年11月にカンボジア号で欧州航路(横浜港からフランス)を旅している。結局、当初半年の予定だった旅だが、その後フランスに留まっている。高田氏は、また旅路でベトナムやペルーなどの民族衣装に影響を受けた。高田氏は、「この船旅は、後に私がパリで認められるモチーフを生み出すための重要な下地になる」と言っていたのだそうだ。
1964年といえば、東京オリンピック、観光目的の海外渡航の自由化(それまでは政府が認めた公務、移住、ビジネス、留学に限定)が始まった年だった。1971年頃から、長引くベトナム戦争をきっかけとしたヒッピームーブメントが起こり、フォークロア(民族服)への注目が集まった。それまで絶対的だった欧米を中心とした価値観に対し、若者たちが注目したのが民族服。
高田氏は、それぞれの民族服からインスピレーションを受け、構造、裁断法、色や柄を再発見し、異質な諸要素を巧みに組み合わせたのだ。
「文化」はいつだって、複合的で多面的だ。あらゆる人々が、あらゆる国々に影響を受け、それらを融合することで古いものに新しい価値を見出していく。そして、ベトナムのアオザイやインドのサリー、タイのシワーライ、それぞれの山岳民族の衣装ほど、ファッション界で美しくて繊細なものは無いのではないかと思う。
旅の図書館
そして、旅路の中で、旅の図書館からのオススメの本がいくつか紹介されていて、実際に展示されていた。
登山家で写真家の石川直樹氏『極北へ』(他『全ての装備を知恵に置き換えること』『地上に星座をつくる』等)
シシュマレフ、地図に載っていない小さな村、村長や市長あてに手紙を送る
半年後、当時の村長から返信が来る1972年のこと
ユーコン川、デナリ登山、チョモランマ登山
七大陸最高峰登頂の最少年記録を更新、夏の北極圏
『全ての装備を知恵に置き換えること』もそうだけれど、石川氏の文章は、独特の心地よさがあって、とてもシンプルで親しみやすい。石川氏は本の中には、写真家の星野道夫氏(北極でクマに襲われ死亡)(『旅をする木』)についても何度か言及されていた。
旅の図書館が選ぶ!!旅のおススメの一冊抜粋。
『世界をたべよう!旅ごはん』杉浦さやか
『フランスの最も美しい村 全踏破の旅』
『The Songlines』竹沢うるま
『深夜特急』沢木耕太郎
そうだ、あの馴染み深い(?)『深夜特急』の表紙を飾ったのは、カッサンドルのノール・エクスプレス。
フランスで制作されたのは1927年。それ以来、中村俊一郎は、カッサンドルのイメージが引用された時刻表、交通案内図、旅行パンフレットなどをつくる。
新館のギャラリーには、日本全国を歩き、各地の土を集めている方の旅が紹介されていた。
旅をテーマにした今回の企画展。100年前の旅路、海外旅行の自由化、『深夜特急』の本などを思い返していて、ひとつ思うことがあった。私たちの旅のスタイルは、それぞれ違うように、「あの頃」と呼ぶ日と同じ旅は無いものなのだということ。これだけ、『深夜特急』が語り継がれているのは、あの旅は、誰のもとにももう戻ってこないから、のような気がするのだ。今を生きる私たちが、あの頃の旅を繰り返そうとしても、きっと、「便利な世の中」に埋もれてしまうのだろう。朝香宮夫妻がグランドツアーへ出かけたとき、高田賢三氏が世界の民族衣装に魅了されていた旅路、それらが「語り継がれている」のは、人々が愛する人へ送った手紙が文章や芸術作品として残っているだけだから、なのかもしれない。だから、美しいのかもしれない。
以上。きっと誰かの旅が、私の旅になるように、私の旅も、どこかの誰かの旅のきっかけになる。と信じる。その旅は、どこかに行く旅である必要は無いし、本を読んだり、作品を見たり、はたまた、いつもとは違う道で帰宅したり、そんな日常の中に冒険心の火種を見つけながら、自分の旅というものを人生を通して見つけていくのも、また人生の愉しみのひとつなのかもしれない。