世界は分裂しているのではなく、社会の二極化が鮮明になっている
奇しくも、緊急一時帰国後の「隔離14日間」が終わる日は、ベトナムへ向けて出発した約1年前。
国内ではリモートワークによる孤独やメンタルとの闘い、自粛によるストレスなどを口にする人々がいる中、私は「逆カルチャーショック」との闘いだった。
そして、その感情をコントロールする為、日本、ベトナム、フランス、スペイン、イギリス、アメリカ、インドに住む友人達とオンラインで近況報告をしながら、それぞれの健康と安全を願う。
ふと思う。今、世界は分裂しているのではなく、(ようやく)社会の二極化が鮮明になっているのだ、と。
「感染者」として数に入れられ、病院に入院できるのであれば、まだそれは恵まれていることなのかもしれない。日本では「陽性だったら病院搬送」は当たり前かもしれないが(今後軽症者が病院以外へと搬送されていく)、アメリカやヨーロッパは陽性の2割程のみが病院搬送と言われており、アメリカでは保険が無いからとウイルス感染を疑われながらも医療拒否された若者が死亡するケースがあった。
アメリカのデリバリー業界はこぞって「配る人々」を雇用しているけれど、今の状況での「命がけの」仕事内容だということは忘れないでほしい。
もともと、アメリカの10人に3人は「その日暮らし」の人々だと言われている。サンフランシスコやボストン、ニューヨーク等の大都市にもホームレスの人々が大勢おり、正直、地下鉄や駅周辺の治安は良くなかった。麻薬に手を出しているのか、突然寄声を発する人々。NYでの感染者数が毎日ニュースで公表され、それを日本でも連日目にするのは、それだけの権力と大都市の「声」があるからだ。
Youtubeで、家の中の徹底的な「消毒方法」を紹介している人がいて、「デリバリー商品は、必ず外に置いておいてもらうようにして。門の中にも入ってもらわないように。」と言っていたけれど、その商品を配る人々も同じ人間だ。なんだか、みんなでコロナと闘うという姿勢よりも、格差社会を見た気がした。
ベトナム航空で働いていた子が、空港での勤務中に「待ち時間が長い」「入国できない」と乗客に罵声をあびせられ、就航後のスペイン滞在中に受けたマスクをしているアジア人に対する差別。メンタルが弱く、ストレスを抱えると、どうしても目に見える対象に怒りをぶつけてしまう。
(私自身はベトナムで人種や性別、趣向による差別を受けたことが一切無かった。お店の人々も、家族の一員としてよく呼んでくれた。道行く人々にも助けられた。当然、私は運が良かっただけかもしれない。でもその運も、自分が引き寄せていた、人々に恵まれたんだと思いたい。)
フランスの友人と連絡して、もうリモートワークをして1ヶ月目、「どうリモートワークをするか」ではなく、社内にも家族にも感染者がいて、もはやワークどころではない、と。そして、どれだけ大切な、身近な人々が大変な状況であっても「会えないのが一番辛い」と。
「どうか、希望を失わないでほしい。苦しいけれど、あなたの心まで死なせないで。」そう伝えた私は、この言葉が合っていたのか、わからない。
「声無き」人々を助けたいと、ベトナム語を学んで現地に赴いたのに、気づけば毎日メコンデルタの人々に助けられ、勇気と笑顔をもらい続けていた。「予測不可能」な時代を生きる知恵と活力は、全て彼ら、彼女らが既に持っているものだった。
今は、ベトナム語をより学んで、日本にも届ける必要があると思っている。マスメディアにも「あなたは間違っている。それは、こういう理由で現場と違う。」「最新の情報ではない。」と言える彼ら、彼女らの強さを。
国の政治や社会に対して、私達は「言動の自由」があるので、好き勝手言えるのかもしれないけれど、今はとにかく、私達が選んだ政府を信頼するとき。そして、行き場の無い気持ちや批判を表現したいのはわかるが、オンラインで感情論を述べるのではなく、自分の半径3メートル以内の人々と、子供への教育や対策、企業の従業員への指導方法、家庭内での過ごし方等、共有し助け合うとき。
これは、物事を合理的に考え、「強く見せること」だけが得意になってしまった私の弱さを、最初から見破り、たくさんの愛情を注いで私を育ててくれたメコンデルタの人々が教えてくれたこと。