日本の要人警護の死角
安倍晋三元首相の悲劇的な事件を受けて要人警護のあり方が問われている。
一般国民から見ても杜撰だった警備の在り方を受けて、警察庁は「検証・見直しチーム」を設けて対策を打ち出すことになった。
しかし、政府の安全保障と危機管理に専門家として関わり、テロ対策については『アメリカの対テロ部隊』と『銃撃テロ対策ハンドブック』を翻訳出版した立場で言うと、日本の専門家が日本的な発想でいる限り、要人警護のレベルは国際水準にはならず、死角を残したままになることを指摘しておきたい。
要人警護を担当する日本警察のセキュリティポリス(SP)と米国のシークレットサービス(SS)の決定的な違いは、特殊部隊としての訓練による反射神経の差だと言いたい。反射神経が鍛えられていれば、1発目の銃声と同時に安倍元首相に飛びつき、突き飛ばし、覆い被さっていたはずだ。
あまり語られることはないが米国大統領を警護しているSSには特殊部隊がある。身辺警護要員と連携して、より強力な脅威を排除する任務だ。
米国のSSの身辺警護要員は全員が特殊部隊としての訓練を受けており、ローテーション的に特殊部隊に配属される。
残念なことに、日本のSPにはそうした特殊部隊の訓練が欠けている。特殊部隊SATの経験者がいたとしても、米国の特殊部隊が受ける訓練とは反射神経を鍛える面で大きな差がある。
例えばFBI(連邦捜査局)のHRT(人質救出チーム)が受ける訓練など、日本では警察上層部ばかりでなく政治家も、事故が起きたときの責任問題を案じて絶対と言ってよいほど許可しないレベルのものだ。
まずHRTの隊員は、人質役の同僚の顔写真を頭に叩き込まされる。テロリストや容疑者の身元が不明な場合でも、人質の写真は手に入るからだ。そして、屋内にフラッシュバン(閃光音響弾)を投げ込むと同時に突入し、記憶している人質の顔以外の人影に対しては躊躇なく頭部に向けて発砲する。訓練では、テロリストや容疑者は等身大に作られたベニヤ板だが、人質役は同僚である。まかり間違えれば同僚を殺傷するかも知れない危険な訓練だ。HRTの隊員の家族が悲鳴を上げ、訓練の在り方を変えるよう求めたとされるほどだ。
日本にも実弾を使って訓練している組織がある。陸上自衛隊の特殊作戦群だ。私がある群長から受けた説明では、並ばせた隊員の間に等身大のテロリストの標的を立て、その前を小走りで駆け抜ける隊員に指揮官が射撃する部位を「頭」「胸」というように指示する。隊員たちはそれをサブマシンガンや拳銃で正確に撃ち抜いていくのだが、これまた、一瞬の気の緩みで同僚を死傷させかねない訓練である。
HRTにしろSSにしろ、そして特殊作戦群にしろ、こうした訓練を通して、いやがうえにも反射神経は鍛えられ、研ぎ澄まされていく。これが隊員自身の安全を守ることにもつながる。
日本の要人警護も、SPは必ずSATから選抜し、さらに米国SSや特戦群との訓練を継続的に行う必要がある。日本の警察には自衛隊を敬遠する傾向があるが、HRTは米陸軍のデルタフォースや海軍のシールズと日常的に共同訓練している。要人警護より自分たちのメンツや縄張り意識を優先するようなことがあってはならない。
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