戦闘機の実際の飛び方は
台湾有事が注目を集めているが、思い出されるのは昨年(2020年)11月13日付毎日新聞の朝刊だ。米国大統領選挙を受けて「ポスト・トランプの時代」という企画記事を掲載した。その第一弾は、「米国と世界 地図にない最前線 福建省、台北まで260キロ 中国、山中に軍用空港」。一面トップで大々的に報じられた。
地図に載っていない中国軍の秘密基地を取り上げたもので、軍事専門家の一員としても読んでみたくなる記事だが、首をかしげたくなる個所が散見された。例えば以下の部分。
「米大統領選の開票作業が進んでいた4日、台湾海峡に面する中国福建省の寧徳市霞浦県(県は町村に相当)から、この日も中国軍機が飛び立った。(中略)台湾メディアによると、この軍用空港は2010年前後に建造。台北まで約260キロ、沖縄県尖閣諸島まで約360キロの距離にあり、専門家は『戦闘機ならば台北まで数分、尖閣は十数分で到達する』と分析する」
似たような報道は2012年にもあった。テレビ朝日の番組で航空自衛隊OBのコメンテーターが『中国本土から尖閣諸島まで、マッハなら1分』と発言したのである。
この「専門家」や航空自衛隊OBが戦闘機の運用を知らないのか、それとも毎日新聞とテレビ朝日に検証能力がなかったのかわからないが、「数分」「十数分」というのは嘘である。
マッハとは音速、つまり音が伝わる速さのことで、同じ空気中でも温度、気圧、水蒸気の多少などで大きく変わる。マッハ1を秒速340メートル(1気圧・摂氏15度)=時速1224キロで計算することが多く、実際に旅客機などが飛ぶ高度8000〜1万メートルで計算すると時速1080キロになる。これは毎分18キロの距離を飛ぶということで、福建省の基地から尖閣諸島まで20分ほどかかる。
むろん、実際の作戦では音速で飛ぶことはない。攻撃に使われる戦闘爆撃機は、レーダーに探知されないよう『hi-hi-lo(ハイ・ハイ・ロー)』『hi-lo-lo(ハイ・ロー・ロー)』などと高度を変えて飛ぶのは常識だし、一直線ではなくジグザグに飛んだり、大きく迂回ルートをとることもある。しかもミサイルや爆弾を翼や胴体の外側に装着すれば空気抵抗が大きくなり、なお低速になる。高速で飛べば燃料消費量がそれなりに大きくなるから、これも避けようとするだろう。
そうなると、爆装した戦闘爆撃機が福建省沿岸部から尖閣諸島に達するまでには、誰にもジャマされないとしても、50分から1時間ほどかかることになる。
それに、他国を攻める航空作戦では、爆弾や空対地ミサイルを積む戦闘爆撃機に加えて、戦闘爆撃機を護衛する制空戦闘機も一緒に出し、部隊全体を効率よく動かすための早期警戒管制機と空中給油機も必要だ。ストライク・パッケージである。投入される部隊も、同時に数個編隊以上になるだろう。中国は、これを支えるだけの早期警戒管制機と空中給油機を備えるに到っていない。
現実には、これを米軍機と航空自衛隊機、米海軍と海上自衛隊の艦艇が迎え撃つわけで、尖閣諸島を中国空軍がいきなり襲うといった作戦は成り立たない。
超音速飛行能力を持つ中国戦闘機がわずか数分で尖閣上空に到達するというような、中国の威嚇のお先棒を担ぐような報道は、そろそろお終いにしてもらいたいものだ。