古典的ミラー対称性初歩初歩の初歩

みなさんこんにちは、ずんだもん博士なのだ。みなさんは、最近忘れっぽいなぁと思ったことはありませんか?僕は最近、冷蔵庫を開けては閉める操作を5回ほど繰り返したことがあります。

さて僕が現役博士課程だったときはバリバリ使ってたようなことが、今は思い出すのがやっとってこともあり、今回はそれを忘れないようにメモしておきたいなぁという趣旨の記事です。

古典的ミラー対称性といっても、基本的にはPicard-Fuchs方程式を解くだけなので、そんなにハードなことはしないです。でも、現れる係数にはハードな解釈をせざるを得ないです。

超幾何級数とか保形形式とかに興味がある人にはちょっと面白いことかもしれないです。最近ネット上では多重ゼータとか超幾何級数がアツいので、何かそこらへん興味ニキたちに刺激になればうれしいなと思って書きました。


Picard-Fuchs方程式を解く

いきなりですが次のような微分方程式を考えましょう:

$$
\begin{align*}
\left(\left(z\frac{d}{dz}\right)^4+5\left(5z\frac{d}{dz}-1\right)\left(5z\frac{d}{dz}-2\right)\left(5z\frac{d}{dz}-3\right)\left(5z\frac{d}{dz}-4\right)z\right)y(z)=0
\end{align*}
$$

これを(quintic mirrorのHodge構造の変形に関する)Picard-Fuchs方程式といいます。なんでこんなものを考えるのかはいったん置いておいて、解いてみましょう。キレイな形してるので、良い解き方があるかと思うかもですが、なかなか難しいっていうのと、ワケあって強引とも思える次のような方法をとります。つまり

$$
y_0(z):=\sum_{n=0}^\infty a_nz^n
$$

とおいて、係数$${a_n}$$を決定しましょうということです。すごく都合がいいことに、

$$
\left(z\frac{d}{dz}\right)z^n=nz^n
$$

なので、微分方程式に代入してもそんなに大変じゃないです。まず$${n\geq 0}$$の項を個別に計算すると

$$
\begin{align*}
0&=\left(\left(z\frac{d}{dz}\right)^4+5\left(5z\frac{d}{dz}-1\right)\left(5z\frac{d}{dz}-2\right)\left(5z\frac{d}{dz}-3\right)\left(5z\frac{d}{dz}-4\right)z\right)z^n\\
&=n^4z^n+5z^{n+1}(5n+4)(5n+3)(5n+2)(5n+1)\\
&=n^4z^n+5(5n+4)(5n+3)(5n+2)(5n+1)z^{n+1}
\end{align*}
$$

となっておりますので、これの和をとれば

$$
\begin{align*}
0&=\sum_{n=0}^\infty a_n\{n^4z^n+5(5n+4)(5n+3)(5n+2)(5n+1)z^{n+1}\}\\
&=\sum_{n=1}^\infty\{n^4a_n+5(5n-1)(5n-2)(5n-3)(5n-4)a_{n-1}\}z^n
\end{align*}
$$

ゆえに係数比較にて

$$
n^4a_n+5(5n-1)(5n-2)(5n-3)(5n-4)a_{n-1}=0
$$

という漸化式を得ます。解を求めれば

$$
\begin{align*}
a_n&=-\frac{5(5n-1)(5n-2)(5n-3)(5n-4)}{n^4}a_{n-1}\\
&=-\frac{5n(5n-1)(5n-2)(5n-3)(5n-4)}{n^5}a_{n-1}\\
&=\frac{5n(5n-1)(5n-2)(5n-3)(5n-4)(5n-5)(5n-6)(5n-7)(5n-8)(5n-9)}{n^5(n-1)^5}a_{n-2}\\
&=\cdots\\
&=(-1)^n\frac{(5n)!}{(n!)^5}a_0
\end{align*}
$$

ゆえに冒頭の微分方程式の解として$${y_0(z)=a_0\sum_{n=0}^\infty(5n)!/(n!)^5(-z)^n}$$が得られます。定数倍は特に問題にならないので、$${a_0=1}$$としましょう:

$$
y_0(z)=\sum_{n=0}^\infty\frac{(5n)!}{(n!)^5}(-z)^n
$$

異常にキレイな解になって満足感が高いですな。一般化された超幾何級数で書けそうな気もするんですが、ちょっと違いそうです。でも、なにか関係を感じますな。

さて、もう一つの解を求めるために、ちょっと不思議なことをします。物理屋特有の裏ワザかもしれません。まず、今得られた解$${y_0(z)}$$の中にある$${n}$$を$${n+\epsilon}$$に置き換えちゃいます:

$$
y(z,\epsilon):=(-z)^\epsilon+\sum_{n=1}^\infty \frac{\prod_{j=1}^{5n}(j+5\epsilon)}{\{\prod_{k=1}^n(k+\epsilon)\}^5}(-z)^{n+\epsilon}
$$

ただし、$${\epsilon>0}$$は十分小さな実数だと思いましょう。階乗記号はもはや使えないので、$${\prod}$$で書きなおしておきました。ここで最大の黒魔術を発動します。$${\epsilon}$$で微分します:

$$
\begin{align*}
\frac{dy(z,\epsilon)}{d\epsilon}=&\log(-z)\left\{1+\sum_{n=1}^\infty \frac{\prod_{j=1}^{5n}(j+5\epsilon)}{\{\prod_{k=1}^n(k+\epsilon)\}^5}(-z)^{n+\epsilon}\right\}\\
&+\sum_{n=1}^\infty \left[\frac{d}{d\epsilon}\frac{\prod_{j=1}^{5n}(j+5\epsilon)}{\{\prod_{k=1}^n(k+\epsilon)\}^5}\right](-z)^{n+\epsilon}
\end{align*}
$$

第二項がちょっと面倒なので、

$$
a_n(\epsilon):=\frac{\prod_{j=1}^{5n}(j+5\epsilon)}{\{\prod_{k=1}^n(k+\epsilon)\}^5}
$$

とおいて、対数微分を行いましょう:

$$
\begin{align*}
\frac{a_n'}{a_n}&=\sum_{j=1}^{5n}\frac{5}{j+5\epsilon}-\sum_{k=1}^n\frac{5}{k+\epsilon}
\end{align*}
$$

これで$${\epsilon}$$による微分のめどがつきました。最後に、$${\epsilon=0}$$を代入します。なお理由は謎です(勉強不足)。まずは係数の微分係数を求めましょう:

$$
\begin{align*}
\frac{a_n'(\epsilon=0)}{a_n(\epsilon=0)}&=\sum_{j=1}^{5n}\frac{5}{j}-\sum_{k=1}^n\frac{5}{k}\\
&=5\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j\\
\therefore a'_n(\epsilon=0)&=5\frac{(5n)!}{(n!)^5}\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j
\end{align*}
$$

結局、$${y(z,\epsilon)}$$を$${\epsilon}$$で微分し、$${\epsilon=0}$$を代入したものを$${y_1(z)}$$と置きましょう:

$$
y_1(z):=\log(-z)y_0(z)+5\sum_{n=1}^\infty \frac{(5n)!}{(n!)^5}\left[\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j\right](-z)^{n}
$$

さっきよりは若干汚い関数が得られました。もはや不思議なことですが、これも冒頭の微分方程式の解となっています。得られた解をまとめましょう:

$$
\begin{align*}
y_0(z)&=\sum_{n=0}^\infty\frac{(5n)!}{(n!)^5}(-z)^n\\
y_1(z)&=\log(-z)y_0(z)+5\sum_{n=1}^\infty \frac{(5n)!}{(n!)^5}\left[\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j\right](-z)^{n}
\end{align*}
$$

これらを得るのが、この節の目標でした。

ミラー対称性

いきなりですが、

$$
q(z):=\exp(y_1(z)/y_0(z))=-z\exp\left(\frac5{y_0(z)}\sum_{n=1}^\infty \frac{(5n)!}{(n!)^5}\left[\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j\right](-z)^{n}\right)
$$

という変数変換を考えましょう。何が何やらだと思いますが、次のような関数を$${q}$$でテイラー展開することを考えたいのです:

$$
Y:=\frac5{(1+5^5z)y_0(z)^2}\left(\frac{q}{z}\frac{dz}{dq}\right)^3
$$

見るからに大変そうですが、1次の項ぐらいまでは頑張ってみましょうか。$${(1+x)^a=1+ax+\cdots}$$などの近似によって、あてずっぽうに(コラ)計算してゆきましょう。まず

$$
\begin{align*}
y_0(z)&=1-120z+\cdots\\
y_1(z)&=\log(-z)y_0(z)-770z+\cdots\\
\therefore\;\;q(z)&=-z(1-770z+\cdots)
\end{align*}
$$

なので

$$
\begin{align*}
\frac{dq}{dz}=&-1+1540z+\cdots\\
\therefore\;\;\frac{dz}{dq}=&\frac{1}{dq/dz}=(-1+1540z+\cdots)^{-1}\\=&-1-1540z+\cdots
\end{align*}
$$

したがって

$$
\begin{align*}
Y&=\frac5{(1+5^5z)y_0(z)^2}\left(\frac{q}{z}\frac{dz}{dq}\right)^3\\
&=\frac{5}{(1+5^5z)(1-240z+\cdots)}\left\{(1-770z+\cdots)(1+1540z+\cdots)\right\}^3\\
&=5(1-5^5z+\cdots)(1+240z+\cdots)(1-2310z+\cdots)(1+4620z+\cdots)\\
&=5+5\times(-5^5+240-2310+4620)z+\cdots\\
&=5-2875z+\cdots\\
&=5+2875q+\cdots
\end{align*}
$$

ふう…一時はどうなることかと思いましたが、どうやらうまくいったようです。2875という数字は何かというと、複素射影空間$${\mathbb{C}P^4}$$に含まれる一般的な5次代数多様体$${V=\{f(z)=0\}}$$に含まれる、ある種の1次有理曲線の個数…的なものです。微分方程式を解いてごにょごにょ展開していったら、なぜか曲線の個数が求まっていた…(ポルナレフ)というお話です。

物理的な裏話

ここまでをおさらいすると、微分方程式

$$
\begin{align*}
\left(\left(z\frac{d}{dz}\right)^4+5\left(5z\frac{d}{dz}-1\right)\left(5z\frac{d}{dz}-2\right)\left(5z\frac{d}{dz}-3\right)\left(5z\frac{d}{dz}-4\right)z\right)y(z)=0
\end{align*}
$$

を解いて、

$$
\begin{align*}
y_0(z)&=\sum_{n=0}^\infty\frac{(5n)!}{(n!)^5}(-z)^n\\
y_1(z)&=\log(-z)y_0(z)+5\sum_{n=1}^\infty \frac{(5n)!}{(n!)^5}\left[\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j\right](-z)^{n}
\end{align*}
$$

を得ました。実は先ほど計算していた

$$
Y:=\frac5{(1+5^5z)y_0(z)^2}\left(\frac{q}{z}\frac{dz}{dq}\right)^3
$$

という関数は、B-Modelという方法で計算した湯川結合というものです。この湯川結合は3種の素粒子の相互作用を記述する関数で、三点相関関数とよばれるものの一種です。相関関数といったら、統計力学を勉強した人は聞いたことがあるかもしれませんな。あるいはファインマンの経路積分を知っている人にはなじみが深いでしょう。Cox&Katzによれば、この湯川結合の引数には素粒子の「世代」つまりアップクオークとかダウンクオークとか、電子とかニュートリノとか、何を入れてもいいらしいです。すごいですね。こういうものが、B-Modelという側面では

$$
\frac{5}{(1+5^5z)y_0(z)^2}
$$

という関数で与えられます。これも微分方程式の解として得られるので、難しくないです。僕は物理をそこまで詳しくやっているわけではないので、これを数学的に定式化された別の方法で理解しています。非線形シグマモデルとか超共形場理論とかいろいろあるようですが、ちゃんとは理解してないです。。。どのみち出自は超弦理論です。

さて湯川結合をA-Modelという方法で計算すると

$$
Y=\sum_{d=0}^\infty{\rm GW}_{0,3,d}^V(H,H,H)q^d
$$

となっています。係数$${{\rm GW}_{0,3,d}^V(H,H,H)}$$はGromov-Witten不変量(GW不変量)と呼ばれ、非常に大雑把に言うと

$$
V:=\{[z]\in\mathbb{C}P^4\mid f(z)=0\}
$$

(ただし$${f(z)}$$は既約な5次斉次多項式)という多様体(図形)の一般的な3点を通る$${d}$$次曲線の個数を表しています。多様体$${V}$$は、超弦理論でいう10次元宇宙の中のすんごい小さな6次元分の空間を表しているらしいです。代数的にやってることとしては、例えば1次曲線なら

$$
\begin{align*}
f(a_0s+b_0t,\dots,a_4s+b_4t)=0
\end{align*}
$$

を満たす$${\mathbf{a},\mathbf{b}\in\mathbb{C}^5}$$を、比の違いを除いて求めている感じです。10個の変数がありますが、$${f(s\mathbf{a}+t\mathbf{b})=0}$$という条件と、3点を通るという条件などから、有限個の値に確定するのです。高校数学の感覚としては、平面上の3点を通る2次曲線が有限個に定まるという感覚と同じです。

このA-Model湯川結合というのが、変数変換を通してB-Modelで計算したものと一致するはずである、というのが物理的な要請です。実はこの5次代数多様体$${V\subset\mathbb{C}P^4}$$に対して、ミラー対と呼ばれる別の多様体$${V^\circ}$$が存在して、$${V}$$のケーラー構造というものを支配する空間の接空間$${H^1(V,\Omega_V^1)}$$と、$${V^\circ}$$の複素構造を支配する空間の接空間$${H^1(V^\circ,T_{V^\circ})}$$の間に対応があり、この対応こそがミラー写像

$$
q(z)=\exp(y_1(z)/y_0(z))=-z\exp\left(\frac5{y_0(z)}\sum_{n=1}^\infty \frac{(5n)!}{(n!)^5}\left[\sum_{j=n+1}^{5n}\frac1j\right](-z)^{n}\right)
$$

なのです。これは物理的な要請でそうなっているとも言えますし、数学的に厳密化されてもいます。とにかくA-Modelでは湯川結合を5次代数多様体に含まれる曲線の個数を数えないと計算できないのに対して、B-Modelでは誰でも解けるような微分方程式を解いて求めることができます。これがすごいのです。ただしその変換の際、「3点通る」ということのバイアスとして

$$
\left(\frac{q}{z}\frac{dz}{dq}\right)^3
$$

という係数がかかって

$$
\sum_{d=0}^\infty{\rm GW}_{0,3,d}^V(H,H,H)q^d=\frac5{(1+5^5z)y_0(z)^2}\left(\frac{q}{z}\frac{dz}{dq}\right)^3
$$

が成り立たないとおかしい!というのが古典的ミラー対称性の骨子です。物理的な直観で数学のことがわかってしまったという非常に稀有な例です。

Cox&Katzの「Mirror Symmetry and Algebraic Geometry」では、トーリック多様体というかなりの代数多様体をカバーできる領域で古典的ミラー対称性を拡張できるという結果が紹介されています。モリソンやギベンタールなどの結果ですな。トーリック多様体ならシステマチックにAモデルなりBモデルなりが計算できるので、まあ楽しいです。かくいう僕も、トーリック多様体上の超曲面のGW不変量を計算しまくって遊んでいました。

またやはり超幾何級数と関係がないというわけではなくて(そもそもギベンタールがやってる)、数論に関わる重要なモノにも影響が及んでいます。$${j}$$不変量という、楕円曲線をパラメトライズする量があるのですが、これを本当に楕円曲線のGW不変量の母関数として表示する結果があります(まあそもそも楕円曲線が低次元のカラビ・ヤウ多様体だという背景はあります)。また世の中には数論的ミラー対称性とかいうのもあります。話が脱線しますが、ウィッテンがラングランズ予想に興味を持っていたっぽいのはビビりますね。まだやってるのかどうか知らんですがね。でも、モンストラス・ムーンシャインなんかも似たような背景を持っているっぽいので、超弦理論には正しさを感じさせる何かある気がします。これは単なる僕の感想です。

今となってはミラー対称性は、一つの「方針」みたいなものになっている節があり、様々な場所にミラー対称性があります。クイバーを使ってみたり、トロピカル幾何学を使ってみたり、数論に応用したり。とにかく「ミラー対称性的な理論」があちらこちらで打ち立てられています。その中でもおそらく一番情報を含んでいるのは、昔からありますが、Kontsevichによる「ホモロジカルミラー対称性」予想でしょうね。先ほど多様体$${V}$$に対してミラー対$${V^\circ}$$がある、ということを述べました。古典的ミラー対称性では、Picard-Fuchs方程式を解いてGW不変量が求まりますよーぐらいしか言ってなかったのに対して、ホモロジカルミラー対称性は、$${V}$$が持つシンプレクティック幾何学的な情報と、$${V^\circ}$$が持っている複素幾何学的な情報はほぼ完全に一致する、ぐらいのことを言っているようです。基本的にはシンプレクティック幾何学のほうが難しいので、複素幾何学で得た結果をシンプレクティック幾何学に適用して「どや!すごいやろ!」ということが言いたいのです。とはいえ、正直言ってることが壮大すぎて、どう手を付ければ完全に解決するのか不明です。

ともあれ僕個人としては、ミラー対称性が代数多様体の有理点の個数とか数えられるようになったりしやせんだろうか、とか思ったりしたりしなかったりしますね。ゼータやL関数とかと結びついてさぁ、シムタニ・ワイルズのモジュラリティ定理に物理的なバックアップがあったら面白いだろう!少なくともアイゼンシュタイン級数を解にもつPicard-Fuchs型方程式を生み出すHodge構造の変形をもたらす多様体があれば、何か進む気がするけどなぁ。

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