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短編小説 「蒼と、空」
こんな場所があっただろうか、とそう思わせる場所が僕の視界の先にふと現れた。
小さな白い花、
背の低い木につかまる黄色い花、
若い綺麗な緑たち。
そこは喫茶店へ向かう、ごくありふれた道の途中の、空き地。
建物と電柱のあいだから注ぐ陽がじんわり滲んで、フェードがかかっている。
ただの、空き地。
頭の片隅にもなくいままでこの場所に気づかなったのは、僕が、そう無意識に判別していたからだろう。
その鈍かった神経は、風が背中を通っただけなのに、ぞくぞくと、背筋に血液が循環していることを認識するほど、尖っている。たった今全身の感覚器官が呼び覚まされ、皮膚がびりびりと電気が走るのは、紛れもなく、この鼻をつく焦げた匂いと黒いものが僕を待っていたからだ。
__そうだ、ここは東京都で、練馬区、だった。
朝のぼやけた記憶が蘇る。
ただの空き地。
心の奥で、なにかががらがらと音をたてて崩れていく。
そこに広がる風景は、むしろ焼け跡よりも、のびのびとそこにいる草木たちのほうが不自然に映って、一気に“世界たち”に変わる。
僕は何となくそちらにカメラを向けて、覗いてみた。やっぱり、“世界たち”だった。
小さいがあって、大きいがあって、甘いがあって、苦いがあって、影があって、光があって、
だから綺麗があって、綺麗じゃないがそこにはあった。
僕がここの空き地に気づいたのも、“世界たち”だからなのか。じゃあ今日僕がパフェを食べるのも、“世界たち”だからなのだろうか。
不変の“世界たち”というものが存在するならば、どこかで、パフェを食べる僕とは正反対のことが起こってしまうのか。
この世界のバランスはこうして保たれ、整理され、世界として成立しているのか。
黄色と黒のテープで風景との間に線を引いた小屋は、あまりにも僕をばかにさせた。
蒼と、午後の香りと、好きな街並み。
せまってくる。
喫茶店の前。カランカラン、と風で揺れるベルが鳴って。
PM3:21。
わけがわからなくなって ただ店の前に立っていることなど、“世界たち”にとっては、どうでもいいことかもしれないけれど。
僕は今日、パフェを食べることができなかった。
完
「蒼と、空」
後編