323回 爪まで愛して


フットケア、というと何を思い浮かべられるだろうか。
ふくらはぎのマッサージ、ガサガサの踵の保湿、ウオノメの処理、外反母趾の矯正などなど。足にまつわる大事なケアは沢山ある。
ここではひとつ、足の爪に関する話題を取り上げてみる。

病院に入院している高齢の患者さんは、足の爪のトラブルに見舞われている人が多い。多いというより殆どの患者さんの足の爪は、なんらかのトラブルを抱えていると言ってもいい。
水虫、つまり白癬が爪にも及び白く濁ってボロボロの爪白癬になっていたり、U字を通り越してほぼ筒状にまで丸まった巻き爪や、なかには肥厚した挙句盛り上がってまるで巻貝が付着しているかのようになってしまった爪まである。これは「爪甲鉤彎症(そうこうこうわんしょう)」と言って、足の第1趾の爪に起こりやすい。
爪甲鉤彎症は、爪甲という所謂「爪」と呼ばれる部分が、外傷や抜爪などなんらかの原因で全部または一部が脱落した場合に起こりやすいと言われている。爪甲がなくなると、第1趾の先端が次第に盛り上がる。そしていざ爪甲が伸びてきたときに、隆起した第1趾先端部が爪甲が伸びるのを妨害するため、前に伸びるのではなく次々に上に重なって伸びて厚くなるのだ。
治療方法としては、第1趾の先端部の隆起している部分を、絆創膏などで下方に押し下げて牽引することなどが行われる。ただ見栄えを別にすると、痛みがなければ単に表面を削って平らにするだけでも問題はない。そのままだと靴下を履く時に引っ掛けて爪が取れるという大惨事を招くので、できるだけ平坦にはしておきたい。
この意図せぬ抜爪は結構頻繁に(というほどではないが)発生するので、悩ましいところである。最近はグラインダーを使って爪の表面を削るという知識を得たので、スタッフがそれでよく患者さんの爪のケアをしてくれてとてもありがたい。

そもそもなんで足にも爪があるのか。
それはつま先を保護したり、つま先の感覚を敏感にしたり、足趾(足の指)の力を強くしたりという役割以外に、体重を支えて立ったり歩いたりする際にバランスを取るという、運動器としての働きを担っているからなのだ。たかが足の爪と侮るなかれ、足の爪がなければ我々は上手く歩くことさえできないのである。
爪甲は軟部組織である爪床の上に乗っていて、爪の形成や維持に必要な水分や栄養は爪床から補給されている。一般に甘皮と呼ばれているのは爪上皮という部分で、雑菌などが体内に新入しないように蓋をする役割がある、そのためネイルアートなどでこの甘皮を全部取ってしまうと、感染のリスクが高くなる。この近くにある白っぽい部分が爪半月で、爪の生え際の皮膚に隠れている爪根から爪上皮までが、爪母という爪を作る部位になる。爪母にはケラチノサイトという角化細胞があり、ここで爪の主な成分であるハードケラチン(髪も同じ成分である)が作られ、つま先の方へ伸びていく。
実は爪は結構複雑な構造をしている。下から縦方向の腹爪、横方向の中間爪、一番上には縦方向の背爪の順に、繊維のような3層になっているため、柔軟性と耐久性を兼ね備えた見事な構造をしているのである。

足の爪がないと、つま先に力が入らず、足の指で地面をしっかり掴み、後ろに蹴って前に進むことができなくなる。バランスも安定しないため、転倒の危険も高い。
しかしその分、足の爪には全体重がかかる上に地面からも強い力が加わるので、負担が大きく、そのため特に第1趾の爪はトラブルに見舞われやすい。
よく見かける爪のトラブルといえば、巻き爪や陥入爪だろう。この二つは実は違うものなのだが、合併する場合も多い。

巻き爪はその名の通り、爪が先端にいくに従って内側に巻き込んでいく爪の変形である。
アルファベットのCの形から、ホッチキスの針のような形になったり、酷くなると殆どO型というか筒状になってしまうものまである。そうなると食い込んで痛そうなものだが、意外と変形だけで食い込まず痛くないことも多く、その場合は特に治療しなくてもよい。実際炎症が起こっていなければ疾患とはならないので、もし受診しても保険診療でなく自由診療となるので注意が必要だ。
炎症を起こして痛みがあれば、もちろん治療が必要である。そのままにしておくと、歩行困難になったり、余計な力がかかって膝や腰を痛めたり、高齢者では寝たきりになってしまう場合もあるから、早めの受診が望ましい。詳しくは書かないが、巻き爪の治療を標榜しているクリニックでは、色々な矯正器具を用いて治療を行ってくれる。
巻き爪の原因としては、足に合わない窮屈な靴を履き続けることも一因だが、よく言われているのは爪の切り方の問題である。爪の両端の角を大きく斜めに切り落とすバイアスカットという切り方を続けていると、爪が伸びた時に行き場がなくなり、次第に両側から爪が巻いてきてしまうのだ。
それを防ぐためには、爪をつま先と同じ長さで横に真っ直ぐ切って、両端を少しだけヤスリで削って角をなくす、スクエアカットという切り方を心がけることが大事である。足の爪の伸び方は手の爪が伸びる速度の半分程度なので、月に一度位の頻度で切るのが良い。そして爪を切るときは、爪の両脇の角質などをよく除去して、境目をはっきりさせて切ることだ。
入浴時には足の指も1本1本よく洗って、爪の状態をチェックすることを心がけたい。

陥入爪は、爪の端が皮膚に食い込んで炎症を起こしている状態で、原因は深爪である。
深爪によって皮膚の押さえがなくなると、軟部組織が盛り上がり、伸びてきた爪がそこに刺さって傷になる。また深爪によって爪の角が棘のように残る爪棘という部分ができると、それが軟部組織に突き刺さる場合もある。何度も深爪を繰り返していると、いつまでも傷が治らず難治性の陥入爪となってしまう。
爪と皮膚が接触しているのが原因なので、コットンパッキング法という小さく丸めたコットンを爪と皮膚の間に挿入する方法や、医療用の細いチューブを挿入するガター法で、炎症が治るのを待つ。それでも繰り返される場合は手術を行う場合もあるが、爪甲の幅を永久的に狭くするような手術は2次的なトラブルを招く恐れがあるとして、最近ではあまり行われないようだ。

初期の段階で適切な治療を行えば、陥入爪も巻き爪も治る。
その前にまずは正しい爪の切り方である。スクエアカット、覚えましたね? 爪切りの道具も深爪しないように、刃にカーブが付いていない平型のものを選ぼう。
爪が割れたり凸凹になったりするのは、乾燥が原因であることが多い。入浴でしっかり足の指を洗った後は、ハンドクリームやネイルオイルで足の爪もケアしたい。

足の爪のトラブルは一時的なものではなく、長年の生活習慣から蓄積されて起こる。
日本人はフットケアの意識が低いと言われてきたが、そもそも昔ながらの履き物である下駄や草履では、このようなトラブルは少なかったのではないか。下駄も草履もしっかり足の指で鼻緒を挟んで歩くため、昔の人の足の爪には均等に力がかかり健康だったに違いない。
それが西洋化して靴を履くようになってから、まだせいぜい150年程度である。我々の足は靴を履いた状態での歩行に慣れていないのだ。
今一度正しいフットケアを行いつつ、大地を踏み締めてしっかりと歩くように心がけていきたい。


登場した治療法:手術
→今から4半世紀程前のこと。医師になったばかりの私は救急センターで研修をしていた。巻き爪と陥入爪で悩んでいたところ、形成外科のドクターが手術してあげるよと言ってくれたので、渡りに船とばかりに施術してもらった。後で知ったが、この爪母まで含めて爪甲を切って細くする楔状切除法という手術は、痛いことで一二を争う有名なものであったらしい。麻酔が切れて抜糸をするまでの1週間、痛みには強い私だったが、悶絶した。拷問に爪を使うわけがよくわかった。
今回のBGM:「フォリオス」武満徹作曲・荘村清志演奏
→1974年に武満徹がギタリスト荘村清志のために書いたギター独奏曲。因みにクラシックギターは爪で弾くので、爪の手入れは欠かせないそうだ。もちろん手の爪だが。


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