197回 サマータイム・ブルース


アッパッパ、と言われてすぐわかる人は、年々少なくなっていると思われる。なにせ自分が子供の頃でも、親がそういうのを聞いて、なんかダサいなと感じていたくらいなのだから。
アッパッパというのはつまり、今で言うところのサマードレスである。

日本の夏は暑い。
単に気温が高いだけでなく、湿度の高さが半端ではない。
今から半世紀程前の東京の夏は、まだ暑いと言っても30℃がせいぜいだった。その頃は当然エアコンなどはなく、団扇と扇風機で暑さをしのぐ。そうは言っても暑い。きっちりした服など着てはいられない。
そこで体を締め付けることのない半袖の木綿のワンピースであるアッパッパが、年代を問わず昭和の中頃まで愛されていたのだ。

このアッパッパ、実は日本の風俗史上画期的なものなのである。
大正時代はまだ和装と洋装が混在していた時代であり、洋装と言えどもあまり一般的に着られていたとは言えなかった。それが1923年の関東大震災後、「簡単服」とも呼ばれたこのアッパッパが急速に普及する。
それには大正初期から洋装化を推進してきた婦人乃友社の力が大きかった。
同社は震災後の社会変化をとらえて、女性の服装改善を唱え、1枚1円の簡単服を製造販売した。これが日本で初めての婦人用既製服と言われている。
一重の木綿で出来た襟無し半袖のゆるやかなワンピースは、高温多湿の日本の夏にぴったりであった。おりしも1929年(昭和4年)の東京は猛暑であったため、この清涼着と名付けられた服は、瞬く間に大人気となった。
当時まだ多くの女性の普段着は和装であった中で、これが日本における女性の洋装化の第一歩となった。

婦人乃友社の創立者は、日本初の女性ジャーナリストであり、自由学園の創設者としても知られる、羽仁もと子である。
青森で生まれ、上京後教職に就いていたもと子だったが、書くことをあきらめきれず報知新聞の校正係に応募し、その正確な校正が編集長に認められ正式な校正係として採用される。彼女がことあるごとに執筆していた記事は社主の称賛を得て、もと子は念願の記者となることができた。
報知新聞の政治記者であった羽仁吉一と結婚後、現在も続く雑誌「婦人乃友」の前身である「家庭乃友」を創刊、その後版元から独立して「婦人乃友」を出版すると同時に婦人乃友社を創立する。
もと子はキリスト教精神に則り、当時の封建的な社会の中で孤立していた女性たちの連帯を願っていた。そのもと子の思想に賛同した女性たちによって「全国友の会」が作られ、現在に至るまで活動を行なっている。
あくまでも家庭生活を出発点としているこの思想は、多様化した現在の個人の在り方にそぐわない面もあるとは思うが、女性の精神のみならず、清涼着によって体も開放=解放したもと子の理念は、女性解放の第一歩としてその名を歴史に刻んでいる。

アッパッパという言葉は、大坂名物「くいだおれ」の創業者である山田六郎が考案したという説が有力だ。
20歳の時に大阪の繊維問屋に丁稚として入った六郎は、早くから洋服の時代を予測していたという。彼は独立してから「アッという間に着れて、スカートがパッと広がる」という夏用の木綿のワンピースを売り出して、大ヒットする。
これが1920~1930年代の頃というから、上記の婦人乃友社が売り出したのとほぼ同時期である。アッパッパという言葉自体が大坂起源であることは間違いなさそうだが、当時同時多発的に婦人服の洋装化が起きたということは、大変興味深い。

ところでアッパッパと並んで夏服として有名なのが、ムームーだ。プルメリアやハイビスカスといった花やホヌと呼ばれる海亀など、トロピカルな柄とカラフルな色が特徴である。
ムームーは元からハワイの女性たちが着ていた服ではない。そもそも昔のハワイの女性は、上半身裸だった。それが19世紀にキリスト教と共に西洋人が入ってくるようになると、身体を隠すという概念が浸透し始める。
同時に宣教師の妻たちが着ていた西洋のドレスを、ハワイの王族の女性が着たがったため、体重が100kg以上ある彼女たちの体型に合わせて、ゆったりしたデザインのドレスが仕立てられた。
この裾を引きずるほど丈が長いドレスは「ホロク Holoku」と呼ばれるが、これの裾や袖を短く切り胸元も開いた形に変化したものが、ハワイ語で「短く切る」という意味の「mu’umu’u」になったそうだ。
ムームーは本来簡易服ではない、立派なハワイの正装である。しかし日本においては夏の涼しく楽な服として浸透していると言えるだろう。

ノースリーブのサマードレスといえば、避暑地の午後的なイメージでお洒落で気取った印象を与えるが、アッパッパやムームーはその語感からしても、より親しみやすく庶民的だ。
家の中ではちょっとくらい開放的でだらしない格好でもいいではないか。
まだまだ暑さが続くであろうこの夏、アッパッパやムームーで風通しよく涼しく過ごそう。
くれぐれも熱中症には気をつけながら。


登場した花:ハイビスカス
→90年代のギャルに大人気だったハイビスカス。ALBA ROSAというブランドのアイコンとして有名になったが、あまりにもギャル系ブランドというイメージが染み付いてしまったので、2005年に全店舗を一斉閉鎖してしまったそうだ。その後は路線を変更し、現在はオリジナル商品は販売していないとのこと。
今回のBGM:「Summertime」by ジョージ・ガーシュウィン作曲 ジョン・コルトレーン演奏
→オペラ「ポーギーとベス」の中で歌われるアリア。スタンダートナンバーとして数々のカヴァーがあるが、コルトレーンも「My Favorite Things」というアルバムの中で吹いている。


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